第16話 ひばりのおもてなし
白目と黒目の区別がなく、外見もひばりたちとかけ離れているガガボのリアクションは、一見して良いか悪いかが分かりづらい。
「ど、どうしたガガボ。毒でも入っていたか?」
「衣のサクサク感とあふれる肉汁……いえ、とりあえず安全です。最低限の点は取れているかと」
「それじゃ何もわからんぞ。もうよい、自分で確かめるわ!」
しびれをきらしたエンリギーニが、ついに身を乗り出して唐揚げを口に運んだ。続けて林檎のミルクセーキも、ストローで一気飲みする。
「ふう」
「どう、エンリちゃん」
「しょっぱいのと甘いのは……癖になるの……」
ようやく人心地ついたように頬を緩めていたエンリギーニだが、ひばりの問いに慌てて表情を険しくした。
「……ま、まあな。確かに悪くはない。ヒトが作ったものにしては、及第点であろう」
「あ、よかった」
「ガガボはいかように思った?」
「まこと殿下のおっしゃる通りかと。飲み物は私には甘過ぎましたが、鶏をただ揚げたにしては健闘しておりましょう。もちろん
「それはいくらなんでも、比べる相手が酷であろう」
ひばりの食いしん坊センサーに、未知の単語がヒットした。
「なんですか、そのセッカリュウというのは」
「なんだおぬし、知らぬのか。雪華竜は雪華竜だ。北の極みに暮らす北限の竜だ」
「竜! それはすごそうですね。食べちゃうんですか」
なんでも非常に希少価値の高い肉で、生息地の住民と美食家の魔族の間で消費されるので、人類種族の市場にはほとんど出回らないのだという。
ソファの空いた席に腰をおろし、ひばりはすっかり聞く体勢になっていた。
「ジビエって感じですねえ」
「魔物料理は、肉を狩る力と正しく調理する知恵のある者にしか許されぬ特権なのだ。そこのガガボの故郷は、雪華竜の狩りで有名でな。よって強い戦士が生まれる。な?」
「なるほどー……」
素直に尊敬の眼差しをガガボに向けたら、彼は照れたように巨体で咳払いをした。
エンリギーニもだいぶリラックスしたようで、まだ山盛りの唐揚げやフライドポテトを、すみれの砂糖菓子をつまむがごとく口に運んでいる。
「ガガボさんも、竜の狩りをされていたんですか?」
「親の手伝い程度のことはしておりました。その後は魔族の諸侯に仕えて、故郷にはあまり帰っておりませんな」
「昔は雪華竜といえば保存食で、凍らせたまま削ってかじるものだったそうだ。そこから処理の仕方が確立されたら、まあ見違えたのだ」
「ぐ、具体的には、どう違うんでしょう」
「まず鶏や豚のような家畜とは、風味の深さが決定的に違う。肉質は繊維がしっかりしていて噛み応えがあるが、数ある魔物肉の中では抜群に柔らかくて食べやすいのだ。食べ方はローストや煮込みが多いな。氷海とラスカー山脈からの吹き下ろしに耐える鱗の下に、こう、特別な脂肪層があって、これを強火で焼き付けると甘みと旨みが……」
「くー、憎い食レポ……!」
聞いているだけで、お腹が減ってくるではないか。
身を乗り出し気味に話を聞いていたら、肩を叩かれた。金属バットに青葱やたこを載せた伊吹が立っていた。
「あ、伊吹……」
すっかり雑談体勢に入って、おもてなしの方がおろそかになってしまっていた。
「ごめんね、任せっきりになっちゃって」
「いいんだ盛り上がってるなら。これ、たこ焼きの具。あってるよね」
伊吹は咎めるでもなく、応接間の状況を見て目を細めた。
──よかった。なんだか少し嬉しそうに見えた。
「なんだ勇者イブキ。その赤くてブツブツしたのは。まさか貴様も魔物料理を?」
「そんなわけないでしょう、アースサイドに魔物はいないんだ。普通の海産物だよ。モーリタニア産のたこ。今からそこのホットプレートで、たこ焼きを作る」
「タコヤキ?」
「そう。ひばりが焼いてくれる」
なんと東京生まれ東京育ちの伊吹は、家でたこ焼きを焼いた経験がないのだという。「お好み焼きぐらいならあるけど……」とのことで、不肖ひばりが取り仕切ることになったのだ。
(まずはホットプレートを温めて、そこに油を薄く塗ります──)
小麦粉と卵をたっぷりの出汁で溶いた生地を、鉄板のくぼみに流し込み、そこに葱と揚げ玉と紅生姜、忘れてはいけない蒸しだこの足を、ポンポンと入れていく。
割り箸を削って作ったピックで溝を切り、あふれた生地や具を押し込みながらくるりと回すと、しだいに形が丸くたこ焼きの形に整っていく。
「面白いもんだね。本当に家でできるものなんだ」
「伊吹だって、慣れたらすぐできるよ。このへんはもう食べられるね」
焼き上がったたこ焼きに、専用ソースを刷毛で塗り、マヨネーズを素早くジグザクにかける。仕上げにかつおぶしと青のりを振れば、できあがりだ。
「──はいどうぞ、まずはエンリちゃんに」
一番隊を、主賓のエンリギーニに渡す。
彼女は金色の目をまん丸にして小皿を受け取り、薄く削ったかつおぶしが熱で踊る様をしげしげと見つめ、横からガガボの物言いたげな視線を感じると「やらぬ! これは私のだ!」と素早く口に放り込んだ。
「あ、熱いよエンリちゃん!」
「──んー、んー」
「もしかして喉詰まった!?」
一瞬緊迫した空気が漂ったが、ひばりが差し出した水を飲むと、すぐにけろりとした顔になった。
「ご無事ですか殿下!」
「ガガボ。これは鶏カラを超える味ぞ。特にソースが神がかっている!」
輝く顔で、二個目のたこ焼きを部下の鼻先につきつけた。
「……なんとお優しいご配慮。このガガボ感激の極み」
幸いにしてたこ焼きは好評で、魔族サイドのみならず、伊吹や別室で待機していたヒースやアロイスにもふるまって食べてもらった。
「たこ焼き? 知ってる知ってる。築地で行列してたの食べた」
「あれは揚げだこです。これはたこ焼きです」
「ゴルドバ殿。申し訳ないがそこのマヨネーズを取ってくれないか」
一部の人間は席が足りず立ち食いになってしまったが、今目の前にあるのは一つのホットプレートを囲んであれが焼けたソースはどこだと賑やかな光景で、これはもう立派な国際交流、楽しい『たこパ』じゃないかとひばりは思ったのである。
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