第15話 プリンセスにはツノがあるかもしれません
間違いの答えあわせは、その後に井戸から出てきた本物の登場で、すぐにできた。
見た目は五、六歳の女の子だった。毛むくじゃらに岩の肌どころか、すべすべとなめらかな白い肌の持ち主で、くるぶしまでくる長い髪は、プラチナのごとく銀色に輝いている。ガガボに比べるとつぼみのように小さな角が二本、髪の間から生えているが、それがなんだというのだ。密なまつげに縁取られた金の瞳や、血色のいいバラ色の唇の小生意気な感じも相まって、違和感もなく美点としてよく馴染んでいた。
(か、かわいい……!)
ひばりの目は、その子に釘付けとなった。
奇跡の美少女がガガボの手を借り、井戸から地面に降り立った。降臨という二文字がしっくり来た。ああ動いている。生きている。
(嘘。待って。可愛い。可愛すぎ。推せるわこれは。エンリちゃんて呼んでもいい?)
着ている深紅のドレスのひらひらといい、ひばりにロリータファッションやドール趣味はなかったが、この愛くるしさは何かを開眼させるものがある気がした。
思わず脱いだエプロンを握りしめ、どきどきと胸を高鳴らせるひばりに、紅姫エンリギーニは言った。
「ぶさいくな娘だな」
声まで澄んで愛らしかった。
しかし言っていることは全く可愛くなかった。
(──待って、私。また早とちりする気?)
一瞬言葉のパンチ力にノックアウトされそうになるが、今度こそ冷静に考えるのだ。息を吸って、吐いて、頭はすっきり。そうそれでいい。
「……そうですよね。同じ地球でも、ハリウッドとインド映画と日本映画じゃ、美醜の感覚がけっこう違うわけですし。異世界で、まして魔族の方から見たら、私なんてたぬきかイノシシみたいに見えてる可能性だってありますよね」
「そなたはのんき者の阿呆か? 魔族から見てもヒトから見ても、誰から見ても正真正銘のぶさいくだと言っておるのだ!」
「えっ、それって暴言ですか? 伊吹どうしよう、サンダル」
「セットでお洋服もお付けします」
「符丁で話すな!」
しかし今年六歳と聞くが、年のわりに難しい言葉を知っている子だった。
「なるほど。エンリちゃんはこんなに可愛いうえに賢いんですね、すごい」
「なんだその舐めた呼び名は」
「伊吹の真似です。だめですか? 仲良くなりたくて」
「エンリギーニ殿下。これはもはや人類種族による挑発であり、侮辱行為です。今すぐ戻って魔族諸侯にお伝えするべきでは」
「いや、待ってごめんなさい! 沢山お料理作ったんです!」
また来た早々、引き返されるのは勘弁してほしかった。
ひばりが悲鳴をあげて引き留めると、エンリギーニは思案げな顔をした。
「……ふん、まあよい。ここで焦らずとも、勇者イブキの拠点をこの目で十全に視察してからでも遅くはあるまい」
「そうです遅くないです」
「そういうわけだ、とくと案内せよ、勇者の嫁」
尊大に指示を出されても、見た目の愛くるしさに目が曇っているひばりは、それほど嫌な気にもならなかったのである。
庭から玄関へ向かいながら、横を歩く夫にこっそり聞いてみた。
「……これでよかった?」
「……いいんじゃないかな……たぶん」
アロイスなどは「何をおっしゃる、サイコーですよ」と言っていたが、涙目になるほど笑っていたのが謎だった。
*
「どうぞ、こちらにお座りください」
二人を案内したのは、いつも客人を通していた座敷ではなく、洋室の応接間だった。
はじめて日本に来るというエンリギーニたちに、いきなり畳で正座は厳しいだろうという配慮である。
八畳ほどの室内は、SNSで見たパーティー事例を参考に、カラフルなフラッグやバルーンで飾り付けてあった。
「これは……神獣……?」
「あー、それは風船です。通販でヘリウムガスのスプレー買って浮かせてます」
巨体を革張りのソファになんとか押し込んだガガボが、紐につながれ中空をふわふわしているユニコーンの風船を、いぶかしげに見つめている。
御年六歳の女児が主賓なら夢可愛い方向が良かろうと、星にハートにユニコーンと、メルヘンなモチーフの風船を沢山買ったのだ。
しかしひょっとしてあちらの世界では、ユニコーンは架空の生物ではなく本当にいるのだろうか。急に心配になってくる。禁忌に触れるとまではいかなくても、意味合いが違ってくる可能性はある。
当のエンリギーニは惚けた感じで、ファンシーに飾り付けられた部屋を見入っているので、そう悪い意味はなさそうだ。
途中でひばりの視線に気づいたようで、彼女は陶器のように白い顔を赤くした。
「か、勘違いするな。ちんけなウサギ小屋の小細工に、呆れて言葉もなかっただけだ」
「そうですね。確かにエンリちゃんが来るって、ちょっと張り切りすぎましたかね。どうぞ、チキンの揚げたてです」
テーブルの隙間に、とんと大皿いっぱいの鶏の唐揚げを置く。
予定よりも早く来てくれたおかげで、本当に熱々のものをお出しすることができたのはよかったと思う。
ちなみにこの唐揚げの他に用意したのは、フライドポテトと一口サイズのハンバーガー、そしてウェルカムドリンクの甘いジュースと、とにかく子供受けを全面に狙って押し出したものばかりだ。後でたこ焼きを焼く用の、ホットプレートも出してある。
(だってパーティーといえば、『たこパ』でしょ)
ひばりが子供の頃から知っているパーティーといえばこれであり、安直な考えかもしれないが、世界の違う魔王の娘が好むものの確証がない以上、王道で行くしかないと思ったのだ。
あとは──月島もんじゃと築地銀だ○が支配するこの地で、伊吹やアロイスたちに本場のたこ焼きを食べてもらいたいという、少々黒く不純な動機もあった。我ながら悪い奴かもしれない。
「お好きなものを召し上がれ」
「ふん。そなたがそこまで言うなら、つきあってやってもよいぞ」
エンリギーニが尊大に言って、一番手元にあったグラスに手を伸ばした。
ものはバニラアイスと林檎ジュースをミキサーにかけた、アップルミルクセーキだ。シナモンと生姜が効いたジンジャーマンクッキーが挿してあり、見た目も楽しげなウェルカムドリンクである。
「殿下、お待ちください! まずは私が先に毒味を」
しかし側近のガガボが、横からそのグラスを奪った。
繊細で夢可愛いグラスから、飾りのジンジャーマンクッキーをつまみあげ、頭からぼりぼりと咀嚼してしまう。
「おぬし……一番おいしいところから行きおったな……」
「問題ありません、殿下。林檎味の冷たい飲み物のようです」
「唐揚げとポテトも、冷めないうちにどうぞー」
ひばりが営業モードで勧めると、やはり今度もガガボの毒味が先のようだ。お預けをくらったエンリギーニがじりじりと見守る中、ガガボは可愛いピックの刺さった唐揚げを、ニワトリが丸ごと入りそうな口の中に入れた。
「ぬぬ……これは……」
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