2章

第11話 黄金週間

 五月三日。天気、晴れ。

 連休初日。伊吹も私のパートも休みだから、やっと約束していたもんじゃ焼きを食べにいった。衝撃だった。


 *


「ひばりはどれにする?」


 伊吹に聞かれ、ひばりはラミネート加工されたメニューを凝視した。


「うーんと……この牛すじもんじゃっていうのと、ピザもんじゃっていうのが気になる」

「じゃ、それにしよう。すみませーん」


 手を上げ店員を呼ぶ。

 鉄板がついたテーブルに、生地とタネが入った器を持ってきてもらい、各自焼いて食べるという形式は、お好み焼きと一緒のようだ。トッピングも明太子に餅に豚に海鮮と、お好み焼きで使われるものとそう違わないように見える。


「まあ、材料だけ見たらほぼ一緒だと思うよ」


 伊吹はそう言いながら、キャベツや牛すじがモリモリのボウルから、お玉で具だけを取り出して、鉄板で先に具を炒めはじめた。


「い、炒めるんだ」

「そう。だいたい炒まったら、丸い輪っかっぽく整えて、これがもんじゃの堤防ね」


 もう明らかにお好み焼きとは、違うルートを突き進んでいる。爆走だ。


(堤防とか何? なんでここで土木の用語が?)


 頭にハテナマークを飛ばすひばりをよそに、さらに伊吹はボウルに残っていた生地──たこ焼きなみに水が多くてしゃばしゃばの、しかもウスターソースが混じって茶色くなったそれを流し込んでしまった。


「あ、あ、あ」

「大丈夫。かなり水っぽいけど、キャベツがせき止めてくれるから」


 伊吹が堤防と言った意味が、やっとわかった。これがないと鉄板中に生地が広がってしまうのだ。

 堤防の中で生地がぐつぐつといい、少し固まりだしたら堤防を崩し、かえしでこまめに形を整え、端の方が焦げはじめたら食べ時らしい。


「はいどうぞ」


 小さなかえしを渡される。


(これが、もんじゃ焼き……)


 はっきり言って、見た目は薄茶色いし、具は全部混ざってしまっているし、食欲をそそる感じではない。しかし、周りの人たちはおいしそうに食べているし、さっきから焦げたソースの匂いが胃腸を刺激して、お腹が鳴りそうなぐらい空腹だった。

 恐る恐る端っこの方を、かえしでこそげて食べてみたら、鉄板に触れた部分がお焦げになっていて、これが意外にいけるのだ。

 ん? と思って一口食べたら、もう一口。なんだろう癖になる。

 甘みととろみが売りのお好み焼きソースとは違う、ウスターソースのシャープな辛さを最大限に活かした味と形状というか。とにかく出汁とか粉とか、そういう繊細なものを味わうものではない。もんじゃ焼き=お焦げ製造機なのだとひばりは理解した。炊き込みご飯や焼きそばの、ちょっと焦げた部分だけを思う存分食べたい欲求が、今猛烈に満たされている。

 まさしくジャンクフード・オブ・ジャンクフード。


「どう?」

「……ソースとかチーズのお焦げが絶妙においしい……けど、関西人としてやっぱり納得いかなーい!」

「あははは」


  *


 店を出たら、商店街のマスコット『月島忍者もんにゃん』の着ぐるみが来ていた。

これもゴールデンウィークだからだろうか。シンプルな可愛さにあやかって、お子様に交じって遠慮なくもふもふさせてもらう。

 帰りは商店街のスーパーにて買い出し。

 明日は異世界からお客様が来るから、おもてなしをがんばらないと。


【購入品】鰹一さく/豚バラブロック一キロ/ザラメ一袋/日本酒


    ***


 五月四日。天気、くもり。

 連休二日目。予定していた通り、伊吹がお客様を連れてきた。

 メンバーはエルフのアロイスさんと、現地人の騎士だというヒースさんと、あと伊吹の会社の偉い人。


 *


「これはこれはイブキの奥さん、薔薇の盛りに負けぬお美しさですね!」

「……あ、どうも。お久しぶりですアロイスさん……」

「久しいと思っていただけるだけで感激です。会えない時期も覚えていてくださったということでしょう」


 玄関で会うなりアクセル全開のエルフは、相変わらず口が軽くてよく喋った。


「申し訳ない、奥方。少しは沈黙を覚えろと言っているのだが」


 もう一人の客人、ヒース・アルバントは、今回犬を連れてきていた。

 がっしりとした軍人体形のヒースの横にいても貫禄負けしない、超大型犬である。立ち耳に垂れ尾の毛並みは輝かんばかりの白銀で、紋章入りの青いハーネスとリードを付けている。思わずひばりのテンションの方が上がってしまった。


「わー、ウルフドッグとかですか? 格好いい──」

「お久しぶりですヒバリさん。イルマ・ロンです」


 ひばりはかたまった。


(犬が喋った)


 繰り返す。犬が喋った。犬が喋った。かなりダンディなイケボで。


「え、えええ?」

「部長は人狼なんだよ」


 説明してくれた伊吹いわく、人狼という獣人の一種で、月の満ち欠けで人と獣の間を行き来する種族らしい。

 ちょうど一番狼度が高い時期に当たると、こうなるそうだ。


「新月に近い頃にも一度、お会いしたかと」

「ああ……」


言われてみれば、以前にこの毛色と同じ銀髪の紳士をおもてなししたような気がする。声もほとんど一緒だった。

 その時貰った名刺には、『MKL』のエージェント・チームをまとめるエグゼクティブ・マネージャーと書いてあった。正真正銘、本当に偉い人ではないか。


「失礼しました。伊吹がいつもお世話になっております。あの、上がる前におみ足を拭いてもかまいませんか」

「助かります。この姿では靴も靴下も履きづらいので」


 完全に犬の格好な部長の前脚と後ろ脚を、タオルで拭いて上がってもらった。


「それにしても皆さん、日本語お上手ですね」


 ひばりはお座敷の客人たちに、突き出しの鰹のたたきと冷酒を一緒に出しながら言った。

 前々から思っていた感想である。異世界の人と言いながら、どの人も流ちょうな日本語を喋るのはなぜだろうと。

 部長のイルマが、座布団にお座りの姿勢で答えた。


「我々にとっての共通語が、日本語にあたるからです」


 なんでも勇者や聖女の召喚が続き、彼らがランズエンドで功績をあげればあげるほど、出身地の言葉である日本語の重要度が上がり、敵対勢力である魔族も研究のため日本語を学び、気づけばその世界では一番通じる言葉になってしまったのだそうな。

 アロイスが、おちょこの冷酒片手に目を細めた。


「懐かしいな。昔はね、みな粋がってニホンゴを習得したものですよ。今は大陸共通語なんてお綺麗な呼び名になってますが」

「何年前の話だよ、それ」

「黙りなさい小童勇者」


 この頃になると、卓の雰囲気もだいぶくだけていた。


「私のような人狼も、あるいはエルフやドワーフも、自分たちのコミュニティにいる時はそのコミュニティなりの言語を使います。けれど『MKL』やメリアカン王国のような大きい枠組みの中にいる時は、日本語を使うのが一番間違いがないのですよ」

「英語みたいなものですか……」

「英語も使いますね。看板の字などは、そちらが好まれます」

「『MKL』も英語ですもんね」


 そうやって知らない国の事情に相づちを打っていたら、いきなりヒース・アルバントが立ち上がった。


「お手洗いですか? そこ、台所の横に行くとありますよ」

「……悪い知らせだ。紅姫こうひが癇癪を起こした」


 刺青の入ったこめかみを引きつらせながら、スマホを握りしめている。

 聞く伊吹たちも、それで様相が一気に変わった気がした。


「確かな情報ですね」

「騎士団と外交筋から同じ一報らしいので、間違いないです部長。魔族領に使いをやって、大事にする気満々のようで」


 イルマが犬の口でなにがしかを呟いた。うまく聞き取れなかったのは、それこそ人狼の言葉だったのかもしれない。とっさに現地の言葉で独り言を言うような事態が、起きたということだろうか。


「ともかくイブキ。おまえは一刻も早く紅姫のところへ行け。どうせ遅かれ早かれ呼び出しはかかる」

「わかった」

鬼姫おにひめめ。人類種族をなんだと思っている」


 ヒースも吐き捨てるように悪態をつき、伊吹をはじめアロイスやイルマも次々に立ち上がった。

 明らかな帰り支度の雰囲気に、慌てたのはひばりである。


「ど、どうしたの?」

「ごめんひばり。ちょっと本部に戻らないといけなくなった」

「今から?」


 そう言っている間にも部長の体にハーネスとリードが取り付けられ、アロイスは耳隠しの帽子をかぶる。


「申し訳ありませんヒバリさん。この埋め合わせはいずれ必ずさせてください」

「鰹のたたきが最高でしたー!」


 ばたばたと慌ただしく、居間のお座敷を後にした。

 そう、みんな行ってしまったのである。

 こちらはまだまだお出しするつもりの料理があって、鍋や冷蔵庫の中でスタンバイ中なのだ。


「ふ、ふ、ふざけんなー!」


  *


 結末はほんと最悪。

 この日記を書いている現在、伊吹はいまだ帰宅せず。


【残った料理】豚の角煮(鍋いっぱい)/炊き込みご飯(三合)/海老しんじょの吸い物(これはまだ具と合わせる前)


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