第9話 三輪伊吹の秘密

「ゆう、しゃ……?」


 何やらこの迷宮のテイストにふさわしい、ファンタジーで『それっぽい』服を着ているなと思ったが、まさかそのまんまなのか。


「そう。別名救世主。俺たちのいる世界を、惑星の地球から取ってアースサイドと呼ぶなら、その世界は信仰する神の名を取って、ランズエンドって呼ばれてる」


 そこは次元も生態系もまるで異なり、ひばりたちの知る科学よりも、魔法が発達した世界だという。


「そこの人たちは自分たちで手に負えないような難事件が起きると、魔法でアースサイドの人間を召喚して、勇者とか聖女とか適当な称号を与えて解決してもらってきたんだ」

「なんて他力本願な……」

「それぐらい切羽詰まってたんだよ。俺の時は人類種族に対立する魔族が活性化して、魔王バラベスなんて親玉が生まれて大変だったんだ。俺以外にもそこのエルフ族とか、ギリムさんのドワーフ族とか、本当に沢山の人に協力してもらって、なんとか封印することができたんだ」

「ちなみにボス戦に参加した優秀な魔法使いは、僕です」


 アロイスが聞いてもいないのに、口を挟んできた。


「で、でも伊吹。百歩譲って、そういうことがあったとしてよ? その魔王なんとかを倒したのって、伊吹が高校生の頃でしょ? それからちゃんと戻ってきたし、東京の大学だって出てるって言ったよね」

「うん。それも本当。でも帰ってきてからの俺の所属は、自動的に騎士団預かりになったから」

「騎士団?」

「ランズエンド多国籍騎士団。『MKL』の正式名称だよ」


 伊吹いわく、召喚に巻き込まれた勇者や聖女と、ランズエンドの同盟国騎士および友好部族で組織する、混合部隊らしい。英語の『Multinational knights of the Landsend』を略して、『MKL』と呼んでいるそうだ。


「ランズエンドの召喚システムって、昔は今以上にいい加減でさ。何か起きるたびにあっちこっちの魔法使いがてんでばらばらに召喚したり、ことがすんだら放り出したりで、アフターフォローもなんにもなしだったんだ。これは色々まずいだろうってことで、いったんみんなで制度を整えたんだ」


 まず召喚は許可制にして、一元化する。その後も異世界に留まる留まらないにかかわらず、騎士団所属のエージェントとして、両界で通用する雇用契約を結ぶなどフォロー体制を敷いた。


 これを先導したのは三代目にあたる勇者だそうで、氏は帰還後も社会的成功をおさめていたが、後輩たちを救うべく私財を投じ、自分を召喚した王の援助も得て赤月財団を設立。アースサイドの公益に還元しつつ、ランズエンドの召喚制度を支えているという。


「大変ね……」

「俺の時も、なんとか一番まずい魔王は倒せたけど、そのまんま平和ってわけにはいかなかったんだよ。魔王軍の処遇をどうするかとか、敵対してた民族同士で争いにならないよう監視が必要だとか。今は正式に『MKL』の職員として、そのへんの戦後処理の手伝いをしてるんだ。それが今の俺の仕事」

「同僚はエルフやドワーフで?」

「一応直属の上司は、召喚経験者のアースサイドの人だよ。今は産休中だけど。あとヒースなんかは、ランズエンドで一番大きい国の王国騎士だ」

「勇者の武器って、みんな日本刀なの?」


 これは素朴な疑問だったが、


「……なんだろうね。本人のイメージの産物ってやつで……真面目に考えると中二病くさすぎるから勘弁してくれないかな」


 何故か顔を赤らめて言い訳をはじめた。


 しかし国際交流とフェアトレードとは、よく言ったものだ。嘘ではないが本当でもない。国というより異世界交流だったのだ。

 伊吹の給与明細に、出張手当と一緒に危険手当が入っているのは何故だろうと思っていたが、ようやく謎が解けた気がした。まさか化け物相手に、ポン刀振り回す代とは思わなかった。


「……拘束時間はブラックだけど、お金払いだけはいい会社なんだなって思ってたのに……」

「いやその解釈ぜんぜん間違ってないと思うよ」


 くそ。いいように考えすぎたか。


 ひばりはあたりを見回した。


「ここはもう、ランズエンドなの?」

「ちょっと違うかな。ここは『大迷宮カテドラル』って言って、半分ランズエンドで半分アースサイドの特殊な空間なんだ」


 なんでもビルの上階に対外的なオフィスはあるが、『MKL』の心臓部はここだという。訓練施設や、ランズエンドに置けない国際裁判所などもあるそうだ。

 ふだんは二つの世界のエージェントがそれぞれのルートで『大迷宮』に降りてきて仕事をし、本格的な出動要請を受ければ中心部にある『額縁』を通って各地の現場に向かうという。


「私が見たのは、大きな鏡がある部屋ぐらいだったけど」

「それが『額縁』だよ。何が見えた?」

「何って、鏡だから自分の顔ぐらいだったけど……」


 正直に答えたら、伊吹とアロイスが顔を見合わせた。


「いけないの?」

「いいんだよひばり。適性があったところで面倒なだけだ」


 微妙に言葉を濁されたが、本当ならあの鏡の中に、ランズエンドの景色が見えていなければならないらしい。それが異世界転移に耐える第一条件だそうで、つまりひばりは初手から失格というわけだ。


「ちょっとショックかも……」

「考え方の問題だよ」

「……でも、伊吹は行けて、私は行けないんでしょ」

「本当に悔しがる必要なんてないんだ。できればこっち関係のことは、一生伏せるかぼかしておきたかったぐらいなんだ、俺は」

「どうして?」

「だってやっぱり、おかしいだろ。普通じゃないものは、怖がられても仕方ない……」


 うつむく伊吹の、語尾が迷宮の中にかき消えた。

 もしかしたら今までにも似たような状況で、手ひどく怖がられてしまった経験があったのかもしれない。それがこの人の中で、癒えない傷となってしまっている。


「ひばりとつきあってると、俺が忘れてるものを思い出させてくれるっていうか、すごくあったかい気持ちになって、こういう仕事しててもアースサイドの人と同じ暮らしができるような気がしてたんだ」

「そうなんだ。私は伊吹が連れてくるお客様ってなんか変だなあって、いつも思ってたよ」

「う……できるかぎり常識は守ってもらってたつもりなんだけど……」


 伊吹はさらに肩を落とした。エルフのアロイスが、面目ないとばかりに両手を合わせる。そういう日本人らしい仕草からは、確かにがんばって郷に従おうという気持ちは感じられる。しかし、それ以前の問題があるのにこの二人は気づいていないのだろうか。


(本当に伊吹、異世界で勇者やってたんだな)


 何か今、初めて納得したかもしれない。普通が『あっち』仕様にチューニングされてしまっていて、感覚がこちらと微妙にずれているというか。

 それがひばりの夫なのだ。

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