第4話 深夜のお客様が怪しいかもしれません①
「ただいま。ごめん急に。ええっと、こっちから順にアロイスさん、ヒースさん、ギリムさんね」
紹介する名前の響きでわかるように、伊吹が連れてくるお客様は、大抵が外国人だった。今回もそうらしい。
「どうも奥様。アロイス・ナンバーエイトです。本日も大変お美しい」
流ちょうな日本語とともに握手を求めてきたのは、線の細い金髪の白人だ。
虹彩がはっきりわかるほど薄いブルーの瞳に高い鼻梁、微笑みをたたえた口許の優雅なこと。クラシカルな美貌に反し服装はかなりカジュアルで、今日は黒のパーカーにスケーターパンツ、そしてニット帽を深めにかぶっていた。まるでお忍びで来日中のハリウッド俳優のようだ。
彼はひばりの手を取り、流れるようにその甲へ口づけしようとして、伊吹に光の速さでフードを引っ張られていた。
「アロイスは、前にも会ったことあるよね。一緒のチームで働いてる、俺の同僚」
「挨拶しただけなのに……」
「そのやり方古いから」
もう一人のヒースさんとやらは、アロイスに比べると筋肉質の軍人風だった。
「よろしく。ヒース・アルバントだ。私も彼らと共に働かせてもらっている」
年の頃は三十歳前後だろうか。栗色の髪を短く刈り込んだ、精かんな顔だちの男性だ。
デニムと黒いカットソーの上から襟付きのジャケットも着ており、当然のように握手を求めてくる。
(……刺青)
ただし握手した手や顔の一部に文様が刻まれており、タトゥー文化に慣れていないひばりとしては、ややぎょっとしてしまう。
そして最後の一人──ギリムという人は、かなり年上に見える。
「ギリムさん、あんまり女性と喋らないんだ。宗教上の理由だから気にしないで」
「そ、そうなんだ……よろしくお願いします」
「専門職で、すごく尊敬できる人なんだよ」
ひばりの胸ほどとひどく小柄ながら、体つきはがっしりしていて、酒でも飲んでいるかと思うほど赤ら顔の人だ。サンタクロースばりの、たっぷりしたヒゲをたくわえている。
開襟のアロハシャツにパナマ帽をひっかけた南国スタイルで、そして足下はなぜか雪駄履きだ。
ひばりを一瞥してにこりともしないのも、やはり宗教上のことなのだろうか。
「あの、それじゃあ皆さん中に。どうする伊吹、お座敷? それとも応接間の方が楽だったりする?」
「居間のテーブルでいいよ。ソファじゃ食べづらいと思うし」
伊吹と客人を一階の座敷に送り出し、作り置きしていた料理を酒や烏龍茶などと一緒に提供する。
夫は屈託なく客人たちと喋っている。
(うーん、多国籍)
こういう時ひばりの頭の中は、『国際化』『多様性』『インバウンド』といった言葉が、ぐるぐると順繰りに回っている。ひばりがいた京都も、観光国際都市だった。これしきでたじろいでいては、桜と紅葉の時期の京都市内を歩けないのだ。
台所で洗い物をしていると、その客人たちがヒートアップしている声が聞こえてくる。
「いいや、それは違うぞイブキ! そのやり方では、ランズエンドの諸侯は誰も納得しない」
「でもヒース、現実問題として俺たちが間に立たないと。魔族側は、大戦後の残党の活動には関知しないって言ってるんだ」
「いっそ国境線なんて取っ払いませんかね。たかだか千年ちょっと前にはなかったんですから。原初に還りましょう、原初に」
「長耳の感覚につきあっていたら滅亡するぞ!」
なんか盛り上がってるなあとひばりは思う。特にヒースは下戸らしいのに、一番声が大きい。議論の内容自体は、相変わらずさっぱりだが。
「──これ、どうすればいい?」
伊吹が使用済みの皿とビール缶を持って、台所に現れた。
「ありがと。そこのテーブルに置いておいて」
「ひばりの料理、大好評だよ。みんなおいしいって言ってる」
「本当? 外国の方のお口に合うか、かなり心配なんだけど」
何せ毎回来るのが突然だし、間に合わせの簡単なものになってしまうのだ。今日なんて出汁巻きとおにぎりと浅漬けである。
伊吹は小さく笑った。
「いいんだ。確かにみんなふだんは違うものを食べてるけど、だからこそひばりの料理を食べられるのが嬉しいんだよ」
「そういうもの……?」
「俺が職場で弁当食べてると、みんな冷やかすんだよ。むしろおにぎりとか、日本ぽいものを食べてみたいんじゃないかな」
さらりと言ってくれるが、職場でそんなさらし者のような目にあっていたのかと思うと、顔から火が出る思いだった。
「もう。つまり伊吹が悪いってことじゃない!」
「なんだよ。隠れて食べるとか嫌だろ」
「そうだけど、何言われながら食べてるの!」
恥ずかしさのあまり、伊吹の背中を『グー』で叩いてしまった。
あらためて居間の方を覗いてみたら、アロイスとヒースがキャベツの浅漬けをつつきながら議論を続けていた。すぐに激昂するヒースを、酩酊するアロイスがのらくらとかわしているだけにも見えるが。
ひばりと口もきかなかったギリムは、買い置きしていたビールを煽りながら、黙々とゆかりおにぎりを食べている。確かに、口に合わないというわけではないようだ。
「な?」
「ううむ……」
今後伊吹の弁当は、あまり変なものを入れないよう気をつけようと思った。サイズがちょうどいいと入れていたキャラもののカマボコとか、佃煮屋さんのイナゴとか。何せ職場の皆様の目もあるようなのだ。
*
「──いやあ奥様、実に見事なディナーでした!」
お開きの時間になり、玄関先に移動してもなお、アロイスは流ちょうに喋り続けていた。
「恐縮です、ナンバーエイトさん。大したお構いもできませんで……」
「アロイスと呼んでください、奥様。特筆すべきはあの絶品の出汁巻き! 老舗の割烹もかすむ味わいでしたよ。白百合もかくやの美しさに加え料理上手とは、いやはや実にイブキが羨ましい。あの時僕も京都に行っていればもしやと、己の選択が悔やまれてなりませんよ」
「おまえもう帰れよ。さっさと帰れ」
同僚のはずのアロイスに、伊吹があまり見たことのない冷淡さで『しっし』と手を振った。
「知っているよイブキ。そういうのを『けち』とか『いけず』って言うんだ」
「用は済んだはずだろ。部長に報告してくれよ」
「その通りだ。早くしろアロイス」
ヒースとギリムは先に表に出ており、ヒースの叱責が飛んでくる。アロイスは懲りずにひばりに向かって片目をつぶり、玄関を出たところで伊吹が素早く戸を閉めた。
「……調子にのりすぎだぞあいつ」
「なんか楽しそうな人だね」
そうとしか言えない。お世辞にも技術がいるというのが、ひばりの持論だ。酔っても素面でもよく回る舌は、素直に羨ましいと思ってしまった。
「そう言ってくれるとありがたいけど」
「とりあえず、お座敷片付けよ。伊吹も手伝ってよね」
「それはもちろん」
やらないと眠れないのだ。
一階の居間に戻って、食べ終えた料理の皿やグラスを台所に持っていく。
伊吹が皿を洗っている間、ひばりは座卓を布巾で拭くことにした。
「……あれ、これは……?」
「どうかした?」
「ねえ伊吹、これもしかしてアロイスさんのじゃないの?」
座布団の間に、銀色の指輪が落ちていたのだ。
サイズは男物で、デザインも女子向けではなくかなりハードだ。伊吹のものではないし、今日のメンバーではアロイスが、こういう指輪を両手に沢山つけていた気がする。
伊吹が手を濡らしたまま顔を出す。
「あ、それは……」
「アロイスさんだよね。ちょっと私、行ってくる!」
「ひばり!」
制止の声を聞き流し、ひばりは玄関のサンダルをつっかけ、家を飛び出した。
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