春と秋の歌姫たち
nishima-t
第1話
十二月も半ばになって、寒さは一段と厳しくなった。朝だというのに外が暗い。
福井県嶺北地方に雪が降るかもしれないという天気予報は当たりのようで、雪の放つ仄かな明かりがカーテン越しに部屋を照らしていた。窓には結露がびっしりだ。手の甲で水滴を拭うと、雪に光る屋根が水膜の張った窓に浮かんだ。屋根の向こうの
ゴリゴリと地面を揺らすような鈍い音が近づいてきて、窓下を除雪車が通り過ぎる。除雪車が通り過ぎると、大小さまざまな雪の塊が積み木を立てるようにして道路わきに残されていた。
寝起きのぼんやりとした頭で外を眺めていると、階下から「誰かあ……」という父の声がした。パタパタというスリッパの音と共に、「なんや、父ちゃん……ええ?」という母の驚く声も重なった。
何事だろうと下へ降りると、スコップ片手に玄関で
「どうしたんや、そんなところで座り込んで」
「なんかなあ、父ちゃん動けんくなったんやって」と、こちらを向いて母が応えた。化粧前だったようで中途半端に眉が薄い。
「どっか具合悪いんか?」
「父ちゃんな、雪掻きしようと思ったらしいんやけど、スコップ持った途端に腰やられたんやって。ギックリ腰や。雪を掻いて腰やられるんやったら分かるけど、雪掻く前にギックリなんて父ちゃんらしいわ」
「冗談いいから救急車を早よ呼んで……ほんと、もう痛くて動けんのや」
「救急車なんて大げさやろ。ご近所さんに変に勘違いされても困るし。ちょっとでも我慢できるんやったら車出すから、なんとかしてガレージまで歩けんか」
「いや無理……お願い、頼むわ」
普段はボケて返す父も、今はそんな余裕もないらしい。かがんだ姿のまま体がピクリとも動かないようだ。しかめた顔がますます歪んで脂汗が額に滲む。父の介抱を俺に任し、母は居間へ電話を取りに行った。
救急車なんて祖父が倒れたとき以来だ。コールセンターに事情を説明し、十分ほどでサイレン音を消した救急車が到着して、父が担架で運ばれていく。
「
今日の夜は自炊、ということか。救急車の赤いランプを見送りながら、今日の飯と競技かるたの練習とギックリ腰、三つの課題を同時に悩むのだった。
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