第3話(ボイスドラマ) 顧問のセンセはピチピチでナウなヤ~ングっ♡ 察せ。

「いやぁ~~~……暇ねぇ~~~……」

「ん~~~……ぉ~~~……」


 いつもの室内で、だらだらとするルナとカヲリ。


 そしてすみれが、黙々と読書にしつつ物思う。


(……こうして何をするでもなく、ただゆったりと過ごす時間も……なんだか、悪くないですね。まあ文芸同好会なので、元々何をするでもないですが……互いが過度かど干渉かんしょうするでもなく、かといって一人ぼっちの味気あじけなさもない。ただ穏やかで、安らかで……身も心も休まるような)


 普段とは違って静かな放課後に、くすっ、とすみれは清楚せいそに微笑んで……読んでいるのが官能小説だが、まあまあ、それはまあ、まあまあまあ。


読書日和どくしょびより、ということにしておきましょう。こんな日も、良いもので――)


 穏やかに過ぎていく、今という時間を――


 ―――バーンッと音を立てて勢いよく開かれた扉が、打ち破った。




「ミンナ元気してるぅ~~~!? あたしは今日もチョベリグだぞ~★ みんなもナウなヤングとして、元気印げんきじるしでがんばるんば~~~♪」


「「「……………」」」




 穏やかな雰囲気から一転、室内を冷凍庫みてぇな空気に叩き込んだのは、この学園の教員であり、〝文芸同好会〟の顧問こもんである女性。


 そんな顧問の女性に、快活かいかつなはずのルナが、おずおずと声を返す。


「あ、あの……何かもう、どこを指摘してきすればいいか分かんないくらい、死語しごが並びすぎて死体安置所したいあんちじょみたいになってるんで……気をつけてください、鬼河原おにがわらセンセ」


「あ、ああ、そうか、すまん……また間違えてしまったようだな、あたしというヤツは……」


 バツが悪そうに後頭部をかく、そんな素振りと口調こそが、彼女の


 姓は鬼河原おにがわら、名はれい。生まれは此方こなた近隣きんりんにして、の学園の卒業生たる一女いちじょでござい。


 イヨーッポポンッ(つづみの効果音)


 そんな堅苦しい女教師が、如何いかにして文芸同好会の顧問となったか、それは本人の口から語られる。


「いや、不甲斐ふがいないな……お前たち若者とじかせっする教師たる身。あたしの方から今時の若者を学ばせて欲しい、女子力というものを教えてくれ、と頼んでおきながら……こんなザマでは、申し訳も立たん……」


 もうこの時点で色々とアレだが、気落ちする女教師・黎に、ルナは励ますように声を上げた。


「……ううん、そんなコトない……そんなコトないよ! だってホント初めの頃は、一人称だって〝自分〟とか言ってたのに、今は〝あたし〟って改まってんじゃん! ちゃんとできるようになってきてるよ、鬼河原センセは! ね、カヲリ!」


「そ、そうッスよ! その昔この近隣きんりんのチンピラから暴走族まで木刀一本で駆逐くちくし、泣く子も黙る〝さい河原かわらの鬼殺し〟と恐れられ、つい数日前まで生徒に〝貴様ら〟とか呼びかけてた鬼河原先生にしてみりゃ……すげー成長っぷりッスよ!」


「……お、お前たち……!」


 ルナとカヲリの励ましに胸を打たれたのか、じーん、と感極まる黎の続く発言は。


「んも~~~っ★ 鬼河原なんて厳ついほうで呼ばないでってば~★ よわいだってそんなに離れてないんだから~……もっと気軽にレイちゃんって呼んで★」


「「………………」」


「すまん。今のは間違いだったのだろうと、さすがのわたしでもこの空気でさっした」


 こうべを垂れて素直に謝るこの女教師・黎は、礼を重んじる御仁ごじんなり。


 まあとにかく、と立ちっぱなしの顧問教師な彼女に、ルナは椅子に座るようすすめる。


「ま、まあまあ、えと……れいちゃん先生? せっかくお話するんなら、座ってしよ? 立ちっぱなしもなんだし、ほらほらっ」


「おお、そうだな。お言葉に甘えるぞ……江神えがみ


(いやそっちは苗字みょうじ呼びなんかーい! ってツッコみたいけど、どこらへんまでがセーフゾーンかよく分かんない人だから、言いにくいんだよなぁ……)


 微妙な表情をするルナには気付かず、黎は勧められた通り、椅子を引いて着座した――その瞬間。


「―――どっこいせ、っと。ふ~~~……」


「黎ちゃん先生センセッッッ!!!」


「うおっ。な、なんだどうした江神、急に大声を出して」


「〝どっこいせ〟はダメでしょ! 女子力が、死を! 死を迎えちゃうよ!?」


「えっ、言ってた? そ、そうか、完全に無意識だ……す、すまんな」


「ホント、気をつけてくださいよ……20代前半なんでしょ? まだまだ若いって、普段からジブンで言ってるじゃないですか……!」


「そっ……そうだとも! 20代前半の、まだまだピチピチでナウなヤングだともっ!」


「センセッッッッッ!!!」


 ルナに怒られ再びバツの悪そうな顔をする黎に、カヲリが作り置きしていた麦茶を一杯、マグカップにいれて差し出す。


「ま、まあまあ落ち着いて、お疲れなんスよね。一杯どーぞ、黎先生」


「お、おお。すまんな呂波ろなみ。いや、確かにのどかわいていてな。ふう……」


 可愛らしいピンクのマグカップの取っ手に指を入れ、黎が自身の口に運ぶ。


 リップも塗られていない黎の唇はそれでもつやっぽくうるおっていて、その奥から紡がれる美声びせいは―――。


「っ゛あ゛~~~っ……生き返るわ~~~」


「―――メメント・モリ死を想えっっっ!!!!」


「うおっ。どうした江神、あんまり大声を出しすぎると喉やられるぞ」


「〝生き返る〟どころか! それは復活の呪文じゃなく、死の呪文! わかってます!? 黎ちゃん先生の女子力、秒ごとに死んでってんですよ!?」


「んなっ……そ、それは困る! くっ、あたしは一体どうすれば良いんだ!?」


 頭を抱える黎だが、「はあ、はあ」と息切れするルナが、少し離れた場所に座るすみれが本を持っていないことに違和感を覚える。


「はあ、はあ……ん? あれ、すみれちゃん……さっきまで本読んでたのに、仕舞しまっちゃったの? 読み終わった?」


「ああ、いえ。先生がお見えなのに、失礼かなと思って。それだけですよ」


「おぉ……礼儀正しいし上品だわ、さっすがすみれちゃん、文学美少女……♡」


 変な感心をするルナは、すみれが普段から何を読んでいるのかを知らない。


 と、悩んでいた黎が、すみれに対しても声をかけた。


「お、美嶋みしま。古文と日本史の小テスト、良かったぞ。あたしも教科担当として鼻が高いよ」


「いえいえ、先生の教え方が良いからですよ。いつも丁寧で助かってます」


「そ、そうか? ハハ、照れるな……ああ、えーっと……その、なんだ」


 話題を探しているのか、黎が軽く後頭部を掻くと、後ろで結っている黒髪ポニーテールが一緒に揺れる。


 そしてすみれに対し、黎がおずおずと口にした話題とは。


「最近……学校、どうだ? 楽しいか? まあ何だ、何か悩みでもあったら、言いなさ――」


親父オヤジかっ!! 娘との話題に困ってる親父オヤジかっっっ!!!!」


「うおっ。どうした江神、発声トレーニングでもしているのか? そういう向上心、先生は好きだぞ。ちょっとうるさいけども」


「アタシの喉のコトなんて今どーでもいいんですよ! もう黎ちゃん先生の言動、古いとか超えて中年男性オッサンなんですよ! 女子力が死んでるっていうか腐ってハエがたかってますよホント!?」


「な、なんだと!? 九相図くそうずで言えば六番目くらいって、それはさすがにうら若い女としては捨て置けんぞ!?」


「ク、クソ……? よくわかんないけど、そうですよ、クソとか言われちゃってもおかしくないくらいヤバイですよ!」


(例えで真っ先に九相図が出ちゃう時点で、古風とかのレベルでもないですけど)


※〝九相図〟自体はかなりグロテスク系なので、苦手な方は調べないでくださいネ★


 さて、すみれが心の中でツッコんでいると、カヲリがルナに囁く。


「おいルナ、アレだろ、ほれ。呪術がめぐって戦うやつ(配慮)に出てくるアレ……」


「! 血濡けちずたんね……!」


(それは三番目……というか張相ちょうそうとか選ばない辺り、ルナさんの趣味もなかなかだよなぁ……まあエロ研究部とか言い出すくらいですし、今更かな……)


 すみれは心の中でツッコむ女。


 まあそれはそれとして、はっ、とルナがなぜか何かをひらめく。


「! けちず、けち……ケチ、エチ、エッチ……それ即ちエロ……!?」


「めっちゃ無理やりだな。だがそれがいい。で、ルナ、そのココロは……!?」


「決まってるでしょ、カヲリちゃん……黎ちゃん先生の息絶えた女子力を復活させるための呪文……イマドキの女子高生たるアタシ達で、エロ話ザオリクするのよ――!」


「エロ話のことザオリクって言うな。んで、な、なにィ―――ッ!? ルナこのヤロウッ……かっとびやがったな!? かっ〇び一斗かよオーイ!」


(かっ〇び一斗や第三野球部が自然と出てくる今時の女子高生とは一体……)


 すみれが心の中でツッコむ一方、ルナとカヲリは大盛り上がりである。


「やっぱ思春期特有の若いエネルギーったら、セイっしょ! エロっしょ! 考えてみれば生み出す行為じゃんっ……生命力が満ち溢れてるでしょコレ!」


「盛り上がってきたなオイっ……なら一発カマしてやろーぜ! エロの黄金体験ゴールド・エク〇ペリエンスで黎先生に生命エネルギー吹き込んでやろーぜ!」


「らしくなってきたじゃんっ……これぞエロ研究部の本領――」



「―――――オイ」


「「!!!?」」



 黎が発した地の底から響くような声に、びくっ、と身を震わせるルナとカヲリ。


 失敗した――当然だ、相手は教師。先ほどまでの言動はアレだが、根は(たぶん)真面目一徹。そんな人物の目の前で、エロトークなどほのめかせばどうなるか。


 威圧感さえ発する黎が机越しに、そのままの低い声で前のめりになって問う。


「最近の若い女子にしてみれば……そういった猥談わいだんを交わすのは、普通なのか?」


「……ひゃいっ!? わ、Yワイだん……? あっその、し、思春期なんで、そのぉ……今くらいなら、誰でも興味持つっていうか……だから、普通だとぉ……む、むしろ当たり前だと、思います……っていうかぁ……」


「……ほう、そうか、なるほどな。若者としては当然、か。……ふぅ~~~っ……」


 大きく息をついた黎が、座ったまま腕組みをし、椅子の背もたれに大きくもたれかかって――


 その体勢で視線だけルナとカヲリに向けて、一言。



「――――続けろ」


「できるかっっっ!!!」



「えっ。な、なんでだ江神。とりあえず普通に話してくれれば良いんだが……?」


「もうガチでそんな空気じゃなかったよ黎ちゃん先生! 怖いわ! 裁判さいばんか何かで詰められてるみたいな緊迫感きんぱくかんだったんですケド!?」


「裁判……第二審の始まりくらいの緊迫感か?」


「いえ知らんですけども! 何となく言っただけだし! んも~~~~ぉ!!」


「おお、ロングトーンがさまになっているな……先程さきほどからの成果が出ているな……!」


 もだえるルナに、妙な感心をする黎――てんやわんやの大騒ぎを繰り広げる、そんな彼女達を黙って見ていた、すみれが思うのは。


(どっちにせよ今日、結局なんにも活動してないな……)


 なんかもう黎ちゃん先生が全部持っていった。

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