黄泉の後継ぎ

隼ファルコン

第1話 瞋恚の炎を抱く者

 いつの日か世界は、の声に応え、よりいろどりつくろうだろう。いつの日か理は、時代のうねりに伴って、変化を遂げるだろう。それがいつ起こるのかなど、到底分からない。

 ただ一つ、いつの日か万象は黄泉よみへと堕ちることだろう。それが果たして救いとなるか、破滅となるか。それすらも人類には分からない。


「これが運命……」


 ただ一人少女は、時代の躍動やくどうを見過ごすことなく観測かんそくし続ける。その視線の先には、常に一人の男が映る。


 なぜならこの物語、この世界の命運を決めることができるのは彼だけなのだから。




「今日は二人ペアで行う形式の講義となる。皆、早急にペアを組むように。」

 

 教師の声に応えるように、この場にいる奴らはすぐさま仲のいい友達とペアを組んでいった。時には、仕方なく接点のない奴とペアになるような奴らもいる。だが、俺に手を差し伸べてくる奴は一人もいない。思い当たる事はいくらでもある。ゲームばっかしてて、しがなくネットでゲーム実況を投稿しているような日陰者には。

 俺は現実にいてはいけない存在。でも、それは大した問題じゃない。

 

 俺にとって、こんな面白みも感動もない世界はどうだっていい。ネットの世界で生きれればそれでいい。せっかくネットに楽しみを見出せたんだ。現実なんかで頑張りたくない。


「ああ、早く終わらないかな。」

 

 俺は、誰の視線も集まらないような机で一人ゲームをしていた。もちろん誰にもばれない。ただ、そのことに悲嘆ひたんを覚えるようなことはない。そんなこんなでゲームをしていると、いつの間にか講義は終わっていた。誰にも気づかれることなく、俺は1時間を過ごした。

 講義が終わると、当然のごとく皆が講義室から離れる。残る人もいるが、大体は外で会話したりするのだろう。

 尚も講義室に残っているのは俺だけだ。教授すらもだれもいない。鬱蒼うっそうとした教室だけが俺を照らしてくれているような気がした。


現実リアルにそんな期待してる時点で、お前らは負け組なんだよ、雑魚どもが。」


 俺はネットが好きだ。趣味嗜好たまたまはじめた配信業がそこそこ売れる程度には俺に合っている。対して現実では、俺は何かを成せたことなどない。ただ、現実について考える必要はもうない。なぜなら配信業でこつこつ知名度を稼いで、余裕で一人暮らしできるくらいには稼げているからだ。

 成功体験のせいなのか、はたまた現実がただ嫌いなのかは分からないが、俺はとにかくネットが好きだ。この行為を「逃げ」というやつもいるが、俺にとってはネットこそが家だ。逃亡する場ではなく帰る場所。


 未来に進むが故に今後起こるかもしれないこと。過去に何度も経験した辛さ。醜い現実なんて、初めから見なければいい。逃げる必要も、進む必要もない。


「…なんか眠くなってきた。」

 

 また脳内で卑屈な妄想をする癖が出てしまった。脳を回転させてしまったせいでまた眠くなってしまう。

 まぁだが、俺が寝たところで誰も気にしないだろう。そう考えながら、俺はそっと目をつむる。

 



「い……おい……おい!何寝てんだよ。講義はもう終わったぞ!」


 意識が朦朧もうろうとしている中、身体が左右に揺さぶられている感触がする。それと同時に、男の声が聞こえてくる。何度も聞いたことのある声だ。


「あぁ……なんだ火募ひつのりか。俺どんだけ寝てた?」


 こいつの名前は『嘉口火募かぐちひつのり』。大層な名前をしているが、何の変哲へんてつもない俺の数少ない友達だ。いや、俺と友達の時点で普通ではないか。それに、こいつはとてつもなく背が高い。190を超える身長を有しており、俺のような低身長では顔を覗くのすら困難だ。


「もー爆睡ばくすいだったぞ。ってか、俺が来た時から寝てたけど、いつから寝てたんだよ。まぁとりあえず、移動が無くて本当によかったなー。」


 とある大学のとある講義室。俺はどうやら居眠りをしていたようだ。まぁなんとなく察していた。思考を巡らし過ぎたのもあるだろうが、前日夜通しでSEKIROを初見全クリ耐久配信をやったせいだろう。苦行の連続で心身をすり減らしすぎた。

 まぁ安心と信頼のフロムゲーというだけあって、俺のプレイヤースキルと集中力でも15時間もかかった。ネットの前評判通り、クソボスのオンパレードだった。

 ただそのおかげか、配信内容の反響はかなり良かった。ただ一部のアンチから「初見なんてどうせ嘘だろ。」なども言われたが、まぁ気にしてない。


「昨日の配信見たぞ?『SEKIROを初見プレイで全クリ耐久してみた』とかいうバカみたいな配信。翌日に講義あるのに耐久配信は阿呆あほだと思ったよ。」


「いやでも、一晩で終わらせれたぞ?それに、収益もかなりうまうまだった。まぁ、そのせいでさっきまで寝る羽目になったんだけどな。」


「それは別に良いことじゃないだろ。講義はちゃんと受けとけって。」


 火募ひつのりと他愛もない話をする。現実嫌いな俺だが、唯一現実に価値を見出せる事が一つある。それは友だ。俺には二人の友達がいる。どちらも俺の大切な存在だ。


 その内の一人がこいつ、嘉口火募かぐちひつのりだ。

 

 鋼戦とは、小学校からの仲だ。小中高大、ずっと俺の隣にいてくれる頼れるパートナーみたいな感じ。今よりはまともだとは言え、中々ひねくれていた小学生時代の俺にも分け隔てなく接してくれた良い奴。


「あ、そういやがお前のこと呼んでたぞ?なんか重要な用事があるとかないとか。」


「まじ?……うーん、ごめん。今日は無理って伝えといてくれ。俺今日配信予定なんだわ。それじゃ、またな。」


 俺は友にそう言い残すと、颯爽さっそうとこの場から去る。友は俺の行動に動揺どうようしているが、俺は講義が終わった瞬間帰る生粋きっすいの帰宅部だからな。何も問題はない。


「……あいつ…あれで超有名ゲーム実況者なのおかしいだろ。はぁ~世界って不公平だな。」


 明日のことなど考えず、ただ自由に駆け抜ける男を留めはしない。それが、彼の使命だ。




「さて……今日はどんな『迷路』になってるんだろうな」


 俺は大学から外に出た。周りには、俺と同様に講義を終えた生徒たちが帰路を歩いている。ただ異様なことに、例外なくすべての生徒が同じ道を歩んでいる。

 急いでいるのか分からないが、猛ダッシュで道を進むようなやつも、大勢でともに帰るようなやつも、確か駅の方角とは真逆の方向に家があるやつも、例外なく同じ道を歩いている。


 これは今日に限った話ではない。彼らは常にこの道を通って帰る。寄り道なんて一切なく、この道を通る。社会人も、老人、職問わずどんな人もだ。


「お前らはそれでいいのかよ。…不自由共め。」


 なぜ今の世界は、このように異様な景色となったのか。それは、未来永劫みらいえいごう語り継がれるであろうある事件が原因だ。今の世界は常に転々と変化する。5年前に起こった未曽有みぞうの大災害によって。


 5年前、日本に突如としてマグニチュード9.4相当の大地震が発生した。稀代きだいの大地震に人類は怯え、震え、今までに感じたことのない恐怖に打ちのめされた。当時の記憶を思い出しても、悲鳴という二文字しか思い浮かばないほどだ。

 ただ意外にも地震は長く続かなかった。大地震だというのに、死者ゼロ人、行方不明者ゼロ人と被害はないに等しかった。その事実に人々は安堵した。


 この時人類は知らなかった。この地震が、後に起こる世界の変化の前兆ぜんちょうだとは。


 地震がサインであったかのように、その日から世界は姿を変え続けた。小規模な軍隊など容易く壊滅させることができる未知の怪物。人類は、この怪物に根源的恐怖である「死」を感じた。あらゆる意味を込め、「枯骨獣ここつじゅう」と名付けた。枯骨獣ここつじゅうが持つ力は絶大で、並みの重火器では傷一つつかない。人類は生態系の頂点ではなくなったのだ。生存ではなく、防衛の術を考えなくてはならなくなったのだ。

 ただ人類に降りかかった厄災はこれで終わりではなかった。人類が積み上げてきた文明ものなど意に返さないように破壊はかいする大地のうごめき。その範囲は、常に拡大し続ける。それはある地点を中心とし、その周囲100㎞程度は立ち入ることすらできないほどだ。

 

 どちらか1つで世界の常識を変えてしまうような事象が、この時同時に起こったのだ。


 専門家が調査しても、その原因は一切解明されなかった。このような生物がどこから湧いて出てきたのかも分からない。なぜ地形が生物のように動くのかも分からない。全てが謎だった。


 何の前触れもなく起こった大地震に、生態系の大きな変化。生物の意思など一切返さないように動き続ける地形。この時人類は、災厄の時間が終わりではないのだと悟った。


 そこで日本政府は、1つの施策しさくを考えた。未知の怪物の生存区域分布比較的ひかくてき安全な地殻変動のない場。それらを考慮こうりょした「危険区域」と「安全区域」というものを用意する。

 境界線には柵をもうけ、一切の出入りを禁止する。外では、国の自衛隊が厳重に警備けいびする。

 このような策を講じたことで、未知の脅威きょういが市民を脅かすことは限りなく少なくなった。


 だから今の時代人々は、老若男女ろうにゃくなんにょ職を問わず、安全区域内のルートしか通らない。


「俺には1秒でも時間が必要なんだよ。」


 俺はそんな制度、そんな不自由は全て否定する。


「さて……帰宅RTAでもするか。」


 俺は安全区域とは逆の方向に身を投じる。国家が用意した規定など知った事ではない。俺は俺の自由に生きる。


 柵の外に出た俺は、監視の目を搔くぐるために、全速力で走り続ける。もう何度目か分からないほど外の世界を走ってきたが、未だ軍隊に見つかったこともないし、未知の怪物とやらを見たこともない。


 外の世界は高低差が激しい山のような地形で、例の怪物とか関係なく過酷かこくだ。そのうえ、地形は毎日変化する。ゲームで例えるなら、ランダムダンジョンのようなものだ。空気も冷たく、肌寒さを感じる。以前の情報も常識も一切役に立たない領域世界。だが俺は、長年の帰宅術により、素早く地形を移動する術を熟知じゅくちしている。

 俺にこの程度の障害しょうがいは通用しない。


「今日は比較的楽な方だな。」


 俺は世間が畏怖いふする空間を何事もなく走り続けた。まるでパルクールで遊ぶかのように。


「ってか、本当に怪物の姿見えないな。まさか……政府の陰謀だったりすんのかな?」

 

 10回以上はこの区域に入っているが、今のところ怪物を見たことはない。今までは、道筋は違えど同じ場所を通っているからだろうと考えていた。地形が変わっているだけで、俺が通っている道は変わらない。だから俺は、正直言って舐めていた。心の奥底では、身体を震え上がらせるほどのプレッシャーを感じていたのに。自分でも分からないほどの深い心の中で、いつ見つかるか分からない恐怖に襲われていたというのに。


 今初めて、俺は深淵しんえんの恐怖を理解した。


「…うそ…だろ?」


 異様な地形には、当然崖くらいはある。俺の眼の前には10数mの崖がある。だが帰宅部である俺にはこの程度は問題なかった。だが、問題はこの後だった。

 高所から飛び降りた俺の目の前には、2mを優に超える背丈を持った怪物が姿を見せていた。息を荒げ、目は充血していて赤黒い。


 こいつの正体を、俺は知っていた。国の調査によって判明した何種類かの怪物の全体図。そのうちの一つに大きく酷似していた。国の情報によると、下手に刺激さえしなければこちらに攻撃はしないとのことだった。

 だが、俺が見て思ったことは違う。深紅しんくの瞳が辺りを禍々まがまがしく照らし、鋭く巨大な牙は岩すらも砕けそうなほど。感情などなく、ただ殺戮さつりくのままに動くがらんどうの化け物。生物という枠組みすら超えた何か。俺にはそう見えた。

 

 熊のような見た目をしているが、世間一般的に凶暴きょうぼうと言われるヒグマなんかよりよほど大きく、鋭い爪を持っている。そんじょそこらの猛獣がかわいく見えるほどの化け物。既存の知識の範疇はんちゅうを超えた怪物。


 俺なんかが、到底かなうはずない。死、恐怖、憂い、そんなマイナスの感情しか思い浮かばない。


 そんな化け物は、俺に対して雄叫びを上げてこちらに向かってくる。

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