〈自宅警備〉というスキルでした
ヒコしろう
第1話 〈自宅警備〉というスキルでした
今回の人生で神様から私に与えて頂いたスキルは、〈自宅警備〉というスキルでした。
『今回』などと言う事は勿論『前回』が有った訳であり、私は前世の記憶を引き継いでこの世界にやって来たのだ。
まぁ、最近まですっかり忘れていた様で、先月スキルを授かる儀式の時に思い出した…という事であり、正直な私の感想としては、
『忘れたままでも良かったのに…』
というのが本音である。
私は昔、この世界ではない世界に生まれて、静かな田舎で両親の愛を受けて育ち、冒険者ギルドの職員としての人生を歩んでいた。
冒険者ギルドの職員と言っても田舎の初級ダンジョンと呼ばれる弱い魔物しか出ないダンジョンの管理がメインの寂れた冒険者ギルド支部の書類係と言ったところである。
わざわざ人里離れたスライム程度しか出ない初級ダンジョンに潜りに来る冒険者などもおらず、近隣の集落からたまに自分の畑を守る為に安全に強くなる目的で少年が来るぐらいで、近所の森よりも出てくる魔物が弱い安全な訓練施設の様なダンジョンの受付と、畑を荒らす少し厄介な魔物を兼業冒険者の農家の方々に相談して退治してもらうというのが主な業務という何とも和な冒険者ギルド勤務であった。
そんな穏やかな人生の記憶がよみがえった私には、今の人生の過酷さが理解出来て…辛い…
そうなのである…今回の人生は、血を分けた家族も知らずに町の片隅で同じように世間に弾かれた様な暮らしをしているお婆ちゃんに拾われて町の外れのスラムで暮らしているのである。
この世界…というか何処の世界でもスラムのような場所では私の様な捨て子の命など雪よりも儚く消えるのが普通であるが、私は幸運にも悪い大人に弄ばれたりする事も無く、優しいお婆ちゃんに拾われてそれなりに幸せを感じていた。
ただ、前世の記憶がよみがえった後は、前世と見比べてしまい少し辛い事が増えてしまったが…
しかし、それでもお婆ちゃんには感謝しかなく他のスラムの住人よりも安定した稼ぎがあるお婆ちゃんのお陰で食べ物に困る様な事は無くスラムの中だけで考えると十分幸せな部類である。
さて、私の育ての親であるククルお婆ちゃんであるが、元は薬師を目指すそこそこ裕福な商家の娘さんだったらしい。
しかしある日のこと、商会の会長であるお父さんが急に倒れてしまい、後を継いだ長男が経験不足な事もあり、まんまと商売仇に一杯食わされて商会は乗っ取られてしまい若かったお婆ちゃんは娼館へと借金のかたに売られてしまったのだ。
その後の詳しい話はあまりしたがらないお婆ちゃんだが、何かの拍子にたまにこぼれる話の端々を集めると冒険者だった男性に惚れられて身請けしてもらったのだそうだ。
だけどお婆ちゃんを身請けする為にその冒険者さんは全てを売り払いゼロからのスタートとなり、お婆ちゃんとの新生活の為に一か八かの勝負にでたらしく、運が悪かったのか…そのまま帰って来なかったのだそうだ。
「旦那様…せめて子供の一人でも作ってからでも良かったのに…」
と、私が寝静まった後で珍しく手に入ったお酒を飲んだ時に自分の左手の指輪に向かい呟いているのを聞いた事がある。
五歳の私には難しい話だと思ってだろうか?お婆ちゃんは私には愚痴の様な事は何一つ言わずに少しユルく見える左手の指輪に私が寝た後で軽く愚痴っていたのだ。
まぁ、お婆ちゃんの手を煩わせない様に寝たふりをしていただけの私は耳に神経を集中させてその愚痴からお婆ちゃんの過去を探るしかなかったのだが…
と、まぁ、そんは事がありながら昼でも薄暗いスラムの片隅でお婆ちゃんは薬草を摘みに行き、それを傷軟膏などに加工しては販売して私を育てくれて、そのお陰で私は貧しいなりにもスクスクと成長したのだった。
私は前世の記憶がよみがえる前から、
『スキルを賜ればお婆ちゃんに楽させてあげれるかも…』
と考えていた。
この世界ではスキルを与えられない者も結構いる…というか、スラムで暮らす人の中ではスキルなしの方が多くいる印象である。
だけど、スキルさえあれば安泰な人生を歩むチャンスが巡って来るという一種の博打の様なモノで、中でも魔法適性というスキルとは別に備わる能力を持つ者は特別扱いを受けるそうなのだ。
こちらの世界の魔法は前の世界とは違うのか、その能力が有れば上手や下手が有るのだが、全ての属性魔法を練習しだいで扱える可能性があり、それがあるだけで就職や縁談にも影響してくるらしいのだが、私としては別に魔法など使えなくて良いので、上手に書類を書き写せたり、聞いたり見た物を鮮明に記憶して思い出せるスキルを賜れば町のギルドや商会に就職出来ると考えて、
『将来お婆ちゃんとスラムを出て町で住めるかも!』
などと私はワクワクしながら下町の教会にお婆ちゃんと向かい〈祝福の儀〉というスキル鑑定の儀式をしてもらったのであるが…その時、
「ん?スキルは有るがワシの知らないスキルだ…えぇっと…〈自宅警備〉?…知らないなぁ…あぁ、あと、魔法適性は無いから…」
と、やる気のあまり感じられない神官の爺さんの適当な鑑定結果を聞き流しながら私は内側とも外側とも解らないところからドッと流れ込む様な湧きだす様な前世の記憶に呆然としていたのだった。
私のその姿を見たお婆ちゃんは、
「モリーや…スキルが有っただけでも良かったじゃないかい…」
と、ショックを受けていると思ったのか優しく私を気遣ってくれていたのだが、私は有用なスキルを賜れなかった事にショックを受けているのでは無くて前世と今世の記憶が溶け合い、ついでにこちらに生まれる前に面倒臭いお願いを神様にされてこの世界に来た事を思い出してしまい、
『何とも厄介な事になった…』
と、自分の人生を理解して固まっていたからである。
〈自宅警備〉スキル…私はこの比較的若い世界へと、この新しいスキルの実験の為に神様に送り込まれたのである。
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