第9話
クライスはそう言葉をかけると、軽々とエリスの体を抱きかかえたままその場から歩き始め、堂々と人込みをかき分けて進んでいく。
…すっかり人目を集める形になってしまったエリスはその顔を赤らめ、恥ずかしそうな口調でクライスに抗議を図る。
「ちょ、ちょっと待って!!めっちゃ見られてるんだけど!!は、恥ずかしいから下ろしてって!!頑張れば一人で移動できるから!!」
「いいから黙ってなって。治療室はこのすぐ隣だから、別に頑張ることもないよ」
「うぅぅ……」
周囲からの視線に耐え切れなかったのか、エリスは抱きかかえられたままその顔を両手で覆い、この状況を受け入れることにした様子。
そのままエリスは千切れそうなほど小さな声で、クライスに対してこう言葉を発した。
「あ、ありがとう……」
「…?」
「ほ、ほんとはうれしいって思ってる…。私ずっと、このパーティーから抜け出したいって思ってたから…。だから、こうやって少しの時間でもここから離れられて、しかもこうやって介抱までしてもらえて…」
真っ赤な顔を両手で覆って隠しながらも、目元と鼻だけをクライスのもとに向けながら、エリスはそう言葉を告げた。
そんな彼女の言葉を聞いて、クライスはどこかうれしそうな表情を浮かべながらこう言葉をつぶやいた。
「やばい、かわいすぎるんだけど」
「!!!!!!!」
その言葉を受け、それまで以上に意識を沸騰させたエリス。
彼女がそれから言葉を発することはなかった。
――――
「ついたよ、ここが治療室だ」
「うぅぅ……」
相変わらず絶命してしまいそうなほど顔を赤くしているエリスを伴い、クライスはそのまま会場の横に備え付けられている治療室を訪れた。
中には傷の手当てに使うガーゼや緊急用の薬、一時的に横になるためのベッドも備え付けられている。
…しかしそこに一つだけ、必ずなくてはならないものが不足していた。
「人が誰もいないな…」
「え?」
「もしかしたら、ここに居る人たちまで社交界の準備や調整に駆り出されてるのかもしれないな。それくらいこのパーティーは大々的に行われているから…」
「えええ??」
やや驚きの声を上げるエリスだったものの、クライスは特に焦るような様子も見せず、冷静な雰囲気でそのまま言葉を続ける。
「仕方ない、とりあえず僕が手当てをしてあげよう。ひとまずそこに座って、怪我した方の足を出して?」
「う、うん……」
クライスは部屋に置かれていたベッドをイス代わりにし、そこにエリスを座らせた。
そして部屋に置かれていた治療用の塗り薬を手際よく準備すると、痛々しく腫れているエリスの膝にやさしく塗りこんでいく。
薬はそれまで冷やされて保管されていたため、エリスの膝に塗られた薬はひんやりとした感覚を広めるとともに、その痛みを和らげていく。
「気持ちいい…」
「そう?なら良かった」
「ありがとう、クライス…さん…?」
はじめて面と向かって名前を呼ぶことに、若干の恥ずかしさを感じるエリス。
「呼び捨てでいいよ、エリス」
「う、うん…。それじゃあ、クライひゃっ!!!!!」
エリスがクライスの名前を呼ぼうとしたその時、クライスは唐突にエリスの脇腹をつつき上げた。
完全に油断していたエリスはまんまと声を上げてしまい、被害にあった脇腹を手で覆うとともに、やや顔を赤くしながら再びクライスに抗議の声を上げる。
「ちょっと!!急にやめてよ!」
「いいじゃない。二人きりなんだし、誰に聞かれるわけもないし、ちゃんと可愛い声だったし」
「もう!!!ちょっとかっこいいからって調子に乗って…!!」
「はいはい、悪かったよ」
「絶対悪いと思ってないでしょ!!もう!!!」
エリスはそう言葉を発しながら、ややいじけたような表情を浮かべる。
クライスはそんなエリスに対する治療を完了し、取り出した薬を元あった場所に片付けつつ、彼女にこう言葉を返した。
「これでもうばっちり。後は痛みが引くまでそのベッドで横になっているといい。…それじゃあ僕は、パーティーに戻るとするかな…」
「え…」
部屋に備え付けられていた鏡を見て、衣装のずれや汚れを修正し、おもむろにパーティーに戻る準備を整えるクライス。
そんな彼の言葉を聞いて、エリスは思わず寂し気な声を返してしまう。
「僕にもいろいろとやることがあるから、ひとまず戻ることにするよ」
「そ、そう…。分かった…」
エリスは言葉でこそそう言ったものの、自身の目を少し伏せ、何か言いたげな雰囲気を
そんなエリスに対し、クライスはどこか彼女の事をからかうような口調でこう言葉をかけた。
「まぁ、隣に居てほしいっていうならいてあげてもいいけど?」
「べ、別に…!さっさと行ったら…!」
エリスはそう言いながらベッドに寝転がって横になり、クライスから一方的に視線を切る。
その後、まるで互いに相手の出方を伺うかのように静かな時間が始まり、顔を合わせないにらみ合いが始まる。
「…」
「…」
…果てしない沈黙が二人の間を包み込み、しばらくの時間が経過した後、クライスが先にその沈黙を破った。
彼はそのまま静かにエリスのベッドの横まで来ると、そこに置かれていたイスにそのまま腰を下ろしたのだった。
…背を向けている状態とはいえ、音でその事を理解している様子のエリス。
彼女はややその口をとがらせながら、クライスにこう言葉を返す。
「なに…?用事があるんでしょ…?別に無理していなくてもいいのよ…?」
「用事は変わった。ここでないとできない用事」
「なにそれ…?」
エリスはそう言葉を発すると、その体を少し回転させ、クライスの事を横目に見つめる。
クライスはそんな彼女に向け、こう言葉を発した。
「ここにいないと、君のかわいい寝顔見られないでしょ」
「!!!!!!!」
――――
それが、二人の奇妙な奇妙な二度目の出会い。
数年たった今なおその心の中に深く刻まれる、エリスにとってかけがえのない記憶の一つだった。
その時、エリスは自室の時計に目をやり、現在の時刻を確認する。
「…そろそろ時間かな。もう行かなきゃ…」
その時のエリスは、なにか決意を固めたような、覚悟を決めたような表情を浮かべ、そのまま自室を後にしていった…。
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