少し先にある恐怖

「終末期せん妄っていうのがあってね。幻視や幻聴があったり、人格が変わってしまったりする症状なの」


病院側の好意で、ミミは私の側にずっと付き添う事が許可された。わがままな患者の見本のような私に寄り添ってくれた、この病院には感謝しかない。

最初は化学療法を拒否した私に困っていた医師も、最終的には私の意思を最大限に考慮して、尚且つ私の苦痛を取り除く事に尽力してくれている。


今日は天気も良く、私の調子も悪くなかったので、車椅子で病院の庭を散歩していた。もちろん押すのはミミだ。


私の言葉に、


「そんなのあるんだ」

と呟いた。


「だから、もっと症状が深刻になったら、ミミの事、わからなくなっちゃうかも。ごめんね」


ミミの顔をしっかり見ながら言えなかった私は、今のタイミングなら言える気がして散歩の途中で打ち明けた。

私は『これ』が来るのが怖かったから。

母の時に経験したこの終末期せん妄は、私を困惑させた。母が母でなくなっていく様子に胸を痛めた。

だから、ミミにそんな思いをさせるのは、怖かったし、申し訳なかった。


「いいよ。それでも」

ミミはそれだけしか言わなかった。

今、ミミはどんな顔をしているのだろう。でも私には振り返ってそれを確認する勇気はなかった。


どんどんと使う麻薬の量は増えていく。食事は固形物を取る事が難しくなったので、高カロリーの流動食になった。

私が『不味い』と顔を顰めると、ミミもそれを味見しては『不味い』と同じ様に顔を顰めた。


それでも私は痩せていった。生まれてこの方『痩せてるね』と言われた事は一度もなかった。中肉中背いや……背は低かったか。

一度で良いから『スタイル良いね、痩せてるね』って言われてみたかったが、今じゃない。それに私の望んだスタイルでもない。


『食べる事が出来る』それがどれだけ幸せな事か、私は今、身を持って体験していた。

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