『アイリの魔法と、ディアの補習』(3)

そんな雑念のせいか、ふとアイリのビーカーを見ると、水が山盛りの状態で凍っていた。

元の水の量より増えて固まったそれは、まるでカキ氷。あきらかに魔法の失敗である。

アイリが失敗に気付いて目を潤ませていると、ディアがそれを見て優しくフォローする。


「魔法が強すぎて、空気中の水蒸気まで一緒に凍らせたのですね」

「これって失敗……だよね……?」

「大丈夫ですよ。この程度の誤差でしたら、あと少しの加減で成功します」


ディアの優しい励ましによって、アイリの落ち込み顔は笑顔に変わる。


そうして二人は寄り添うようにしながら、いくつかの魔法の練習を繰り返していく。

気付けば、時刻はもう夕方。二人きりの教室は、窓から差し込む夕日によって赤みを帯びている。


「それでは、今日の補習は、ここまでにしましょう」


授業の終わり。それは、二人にとって『切り替わり』の合図でもある。

アイリは机の上の勉強道具をカバンにしまい、ディアは教卓の上の教材を片付け始める。

そしてアイリはカバンを背負って席を立つと、ディアが立つ教卓の横へと移動する。

小柄なアイリは上目遣いでディアを見上げると、そのまま愛おしそうに抱きついた。

ディアも慣れているのか、驚く事なくアイリの体を抱きしめ返す。


「ディア、今日もありがとう。……好き」

「はい、アイリ様。お疲れ様でした」


二人きりの教室で、静かに抱き合うその姿は、まるで恋人どうし。

二人の頬が赤らんで見えるのは、窓から差し込む夕日のせいなのだろうか。

……しかし、このやり取りは、二人にとっては単なる『日課』でしかない。


「ねぇ、ディアは、私のこと……」

「アイリ様、日が暮れてしまう前に帰りましょう」

「…………」


アイリの言葉を遮るかのように、ディアの言葉が重なる。

まるで、それに対しての返事をしたくないかのように。

アイリはディアから離れると、目を伏せて悲しげな表情になる。


(ディア、こんなに好きなのに、なんで……)


アイリが、いくらディアを『好きだ』と言葉で伝えても、どんなに強く抱きしめても。

ディアの口からは、アイリを『好きだ』とは言ってくれないのだ。

……もう何年、こんな関係を続けているのだろうか。

思い悩むアイリに向かって、ディアはいつものように静かに微笑みながら片手を差し出す。

そしてアイリも、いつものように無言でディアの片手を握り返す。

そうして、二人は手を繋いで教室を出て行く。


……この時の二人は、お互いが恋人だとは断言できない関係でいた。

真面目なディアは、『生徒と教師』、『王女と側近』という関係を頑なに超えない姿勢でいるのは分かる。

でもそれは、こんなに近くで触れ合っていても、アイリの片思い以上にはなれないという辛さになる。

生まれた時から、ずっとずっと……アイリはディアに片思いを続けているのだから。

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