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「もしかして……あたし、けっこう寝ちゃってた?」
あなたは周りを見渡す。二人が来店した時は客足が少なく、ほとんど貸し切り状態だった。それがいつの間にか満席に近くなっている。部活帰りだろうか、同じ高校の制服姿もちらほら目に留まる。
「ごめん。一緒に宿題しようって誘ったの、あたしのほうなのに」
まだ少し枯れ気味の声で謝るあなたに、雨宮くんはひらひら手を振る。
「全然大丈夫だよ。二人とも宿題終わったところだったし。……それに、ちゃんと鈴村さんと話してたから」
「あたしと?」何それ、どういう意味? あなたは思わず眉を顰めて、無意識に睨むような目つきになる。雨宮くんは自分の眉間を指さし「ここ、すごいことになってる」と、楽しそうに揶揄う。ブレないマイペースさ。そんな彼の独特な間合いに、あなたは時々混乱する。大抵の人は怯んでしまうあなたの眼力も、彼にとってはレッサーパンダの威嚇みたいに頬笑ましく映っているのかもしれない。
「寝言で『どこにいるの、昴』って何度も聞いてくるから。ここにいるよ、って返してたんだけど。憶えてる?」
「え、なっ……何それっ?」
がばっと身を乗り出すあなた。ほとんど半ギレみたいな奇声に、束の間、周りの視線を集めてしまう。「あ、茜さん、ちょっと落ち着いて」さすがの雨宮くんも気圧され、珍しく狼狽えている。
「嘘でしょ……あたし、そんなこと言ってたの?」
「言ってたよ。何度も」
「何度も……」
あなたは呆然とした様子で、おずおずとソファに座り直す。(まさか、そんな――)信じられない。恥ずかしくて耳が熱い。嘘であってほしい。だけど君がそういう嘘をつく人じゃないことくらい、あたし知ってる。だから余計に、言い訳の逃げ道が、ない。
(ていうか、何で君も普通に話しちゃってんの? 周りのお客さん、絶対に変なふうに見てたじゃん!)
朱くなった顔で、キッと彼を睨みつける。すると、ちょうど雨宮くんもあなたを見ていた。彼は不思議そうに笑みを浮かべ、「んー?」と小首を傾げる。その不意打ちの仕草に、あなたの胸は締めつけられる。
(ああ、何かもう、ほんとにムリ。どうしてこんなに心を掻き乱されるの? この距離でそんなふうに笑うのは反則じゃん……っ)
ますます朱くなった顔を隠すように俯き、肩を縮こめる。堪らない恥ずかしさ、最初に目を逸らしてしまった悔しさ、遣る瀬ない、行き場のない様々な気持ちがあなたを締めつける。そして雨宮くんの無防備で罪深い頬笑みが、あなたを困らせる手伝いに加担するのだ。
あなたは頭の中がまっ白になって、もういっそ消えてしまいたいと思う。思考の糸がぐちゃぐちゃに絡まって、彼を咎めるセリフも思い浮かばない。
(……付き合いたての頃、君はあたしと目を合わすだけで精一杯なくらいシャイだったのに。いつの間にあたしの方が恥ずかしがり屋になっちゃったんだろう)
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