第2話
時は流れて2024年、愛知県蒲郡市立秋葉中学校でのこと。
もうすぐ夏休みという木曜の昼休み。
校庭の隅の大きなヒマラヤスギの影に座っている3年生の高岡小春に、演劇部キャプテンの石川英子が声を掛けました。
「コハル、どうしたの? もうすぐ発表会だよ? 昨日も稽古に来なかったじゃない。体調が悪いのなら言ってよ。コハルは主役なんだから、みんな困ってるよ」
英子の問いかけに小春は答えません。
「ほんと、ホントどうしちゃったの? 私たちが相手役だと不足とでも言いたいの?」
小春がやっと重い口を開きました。
「そういうんじゃない。ちょっと時間を置きたいだけ。プライベートな問題だから」
「そう……でも、練習に出て来れないんなら代役も考えないと。発表会まで時間がないから」
英子は責任感から小春にきつい口調で言いました。
「わかった。じゃあそうしてよ。私を降ろせばいい」
小春は英子の言い方に少し苛立ったのか、つっけんどんに返します。
英子は少し迷いましたが、
「もう少しだけ待つね。でも、間に合わないと判断したら主役は変わってもらうから」
それには答えず、小春は立ち去ってしまいます。
去っていく小春の背に容赦なく照り付ける日差しは、彼女の小さな体をまるで光の槍で突き刺しているようでした。
小学校の時に父親を亡くした小春は母親と二人暮らしです。
母の奈津子は看護師をしていて、夜勤も多く大変な仕事でしたが、いつも明るく小春に接してくれるような人です。
しかし、小春はそんな奈津子に心の中では感謝しながらも、年相応な反抗的なふるまいをしてしまうのです。
そんな自分の態度に奈津子が悲しい思いをしていると分かっていても、母の優しい言葉に心にもない返事をしてしまう小春は自分の事が嫌いになっていました。
「なんで私はあんなひどい言い方しかできないのだろう……」
小春はひとりで悩んでいました。
そんな時、勤務先の病院で夜勤の最中に『くも膜下出血』で奈津子は倒れてしまったのです。
知らせを受けて駆け付けた小春は、眠る母のベッドの横で深い後悔に心を痛めていました。
何度も奈津子に声をかけ、自分のとってきた態度を謝りますが、返事は返ってきません。
泣いても泣いても、母は目を開けてくれないのです。
ますます自分を嫌いになっていく小春は、仲の良い英子に当たり散らしてしまいました。
事情を知らない英子にとっては、とてもきつい言葉だったことでしょう。
「こんな時に反抗期とか、ダサすぎるよ。あの日、お母さんが夜勤に出かける時も、ひどい態度を取っちゃったよね。母さん、ゴメン。目を覚ましたら真っ先に謝らせてね。それに英子にも絶対に謝らないといけないもん」
そんな事があった日の学校からの帰り道、小春はそう心に決めました。
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