第1章:砂漠の国 第4話:砂漠の旅人と街の建築家 

「父が残してくれたお金と、自分が今まで溜めたお金を合わせても

・・・防砂壁修復工事のチャンスは一度きりッス。

そこで、少しでも成功率を上げるために、父に研究所まで行くんッスよ!

あっ、カルムスさんって、砂漠の旅って慣れてますか?」


ジェイド君は不安そうな顔で私のことを見つめてくる。

まあ、冒険者だからと言って砂漠での冒険に慣れているわけじゃないからね。

心配する気持ちも分かる。

けど、砂漠でのサバイバルのやり方は、父に嫌と言うほど叩き込まれた。

はぁ。今思い返すと、6年間の旅を除いて、学園に通っていた頃が人生で

一番幸せな時間だったかもしれない。

学園の卒業した後は、父から直々に色んな訓練を受けることになって・・・・。

歴史に打ち込める時間がなくなったからな。だから・・・


「ああ。大丈夫ですよ。ある程度の経験はありますから」


私の言葉に、ホッと溜息をついて安心した様な顔をした。

まあ、最初から全力で信頼されるのは不可能だから。この反応も仕方がない。

時間を掛けて、行動で味方であることを分かってもらうのが一番だろう。


「それじゃ、カルムスさん!早速出発するッスよ!!」


彼は元気よくそう言うと、二頭の駱駝を連れて来た。

そして何かに気が付いたのか、ハッとした顔をして

「駱駝に、乗ったことあるッスか?」

と不安そうに聞いて来る。そんな彼に、私は笑顔で頷き返す。

・・・これから、私達は砂漠を旅することになる。

と言っても、往復3、4日の距離だ。

クレイと爺にもこのことは話しているし、いざとなれ魔導通信水晶もある。

砂漠に詳しいジェイド君もいるし、砂漠を旅する上で必要な道具も買い揃えた。

不安があるとすれば、砂漠に住む危険な魔獣を私一人で対処できるかどうかだ。

だけどまあ、そこは自分自身の力と経験を信じる以外ないから、

気にしても仕方ないか。

さて、ジェイド君を待たせるのも悪いし、行くことにしようか。


灼熱の大地、照り付ける太陽の光、奪われる水分、擦り減って行く精神力と体力。

どれだけ魔道具で対策しようと、砂漠は厳しい試練を私達に与えてくる。

涼しくなる夜に行動することも考えたんだけど

・・・そっちは『魔獣』という問題が出てくる。

地動虫に砂漠竜、砂漠大蠍に砂漠大鼠。いずれも厄介な魔獣だ。

暗い中、ジェイド君を守りながら戦うのは。流石に無理だ。

まあ、魔道具のお陰である程度は暑さを和らげられているし、

素早く行動することも出来る。

水分の補給にさえ気を付けておけば・・・あとは、多少疲れるだけで済む。

と言いたいところだけど、3。いや、4人の何者かに尾行されているんだよね。

何者か、とは言ったけど。

確実にベルラザード・ポエーン(ジェイドの叔父)の手下だろうな。

出来れば、捕えて情報を聞き出したいところだけど。ここは都市から離れた砂漠だ。

相手の尾行の上手さから察するに。・・・荒事は避けた方が無難だろうな。

気は進まないけど、夜になったらあいつらで”アレ”を試してみるか。



夜、私はトイレに行く振りをして行動を開始した。

砂漠は周りに何もないが故に、夜でも想像より遠くが見えてしまう。

だから隠密系統の魔法を使わなければ、簡単に相手に見つかる。

そして、砂漠の夜には絶対にやってはいけないことが幾つかある。

一つは、火や明かりを灯すことだ。

熱や光に反応して砂漠竜や砂漠大蠍がやってくる。

2つ目は、激しく動くことだ。砂上の振動に反応して、大量の地動虫がやってくる。

今回は、魔法を利用して地面を振動させて地動虫に相手を倒してもらう。

・・・父上の命令で、人を殺したことは何度かある。

だが、今の私は一介の旅人でしかない。

出来れば、相手が地動虫の特性を熟知していて、

冷静に対応してくれることを願っている。


『振動』


私は、敵の姿が視認出来る位置に着くと、地面に手を当て魔力の籠った言葉を

放つ。地面を揺らしたのは一瞬。

だが、地面の揺れは留まることがなく、その激しさを増していく。

休んでいた敵は、何が起こったのか理解出来ていないようで、

駱駝に乗って急いでこの場から離れようとする。

だが、その場から動いた者から一人また一人と地動虫に捕食される。

彼らは、地動虫への対処法を知らなかったようだ。

あるいは、冷静な判断が出来なかったのか。

何にせよ、あの場にいた4人の敵は。

地動虫に捕食され跡形もなく消え去ってしまった。

『敵』の存在が完全に消失したのを確認した後、ジェイド君の下へと帰った。


「カルムスさん。向こうの方から結構大きめの音が聞こえたんすけど。

大丈夫でしたか?」


心配そうな顔でこちらを見つめる彼に、罪悪感を覚えながらも嘘をついた。

「砂漠竜の子が一人で歩いていたんです」

私のその一言で、彼は何が起こったのかを瞬時に理解したようだ。

流石は砂漠の民と言うべきか。

・・・簡単に説明しておくと、砂漠は危険な場所。

産まれたての子が直ぐに親を亡くしたり、親とはぐれたりすることはよくある。

そんな子供は、親から砂漠での生き方を習うことが出来ず。

大抵は1週間以内に死ぬ。死に方も悲惨だ。

餓死したり、干からびたり、食い殺されたり。

まあ、彼が理解した内容は大方『砂漠竜の子が、夜中に振動を立てながら歩き。

地動虫の餌食になった。』みたいな感じだろう。

人を殺したことを教えるかどうか迷ったが。

信頼関係が不完全な状態で話せば、これからの行動に支障をきたす可能性がある。

だが、彼の目の前で人を殺すことになる可能性は十分にある。

しかし、その時が来るまでは黙っていた方がいい。それが、私の判断だ。


「それより。明日ちゃんと動けるように、

今日はしっかりと休んだ方がいいですよ」


私の言葉に彼は短く「そうですね」と返して、眠りに就いた。

さて、私も探知系の魔法を発動させつつ、眠りに就くことにしよう。



~ 一方リャリャードにある建築家の豪邸にて ~


「ポエーン様。ジェイドの雇った冒険者の身元が判明いたしました」


砂漠特有の民族衣装をまとった男が、大量の宝石を身に纏った小太りの男

(ベルラザード)に一つの資料を渡す。

彼は「お前が口に出して読めばよかろう」と不満そうな顔をして資料を受け取る。

そして、机の上に置いてある薄切りにされた獣肉を6枚程重ねて口に運ぶ。

油まみれになった手を前に突き出し、民族衣装の男に目配せをする。

すると男は、どこからともなく一枚の布を取り出し、

彼の手から綺麗に油を拭き取る。

彼は満足そうに鼻で笑うと、獣肉を咀嚼しながら資料に目を通した。


魔導王国で最も有力な魔導貴族ドルチェアーノ侯爵家の三男

『カルムス・フォン・ドルチェアーノ』。統一歴1908年生まれ。

統一歴1918年に父親の反対を押し切り

『魔導師育成学園魔導歴史研究学科』に入学。

統一歴1921年に『主席』で卒業。その後3年程して、表舞台から急に姿を消す。

それから6年の月日が経ち、現在統一歴1930年で22歳。

父である『ロルド・フォン・ドルチェアーノ侯爵』は

魔導王国魔導軍総帥を務めている。

そして、カルムス・フォン・ドルチェアーノは

最も次期魔導軍総帥に近い男と言われている。

魔導・魔剣術や魔導学・魔法陣学は神童と呼ばれ、

その他の学問でも有望と言われている。

急に姿を消した理由は未だに定かではないが、出奔した可能性が最も高い。

{・・・ここから下は、ドルチェアーノ侯爵家について書かれている。}


彼は資料を読み終わると同時に、口の中の物を全ての飲み込み、

もう一度獣肉を重ねて食べる。

今度も手を前に突き出し、手に着いた油を男に拭き取らせた。

そして、手に持っていた資料を机の上に放ると、大きめのソファに腰かけ

大きな溜息をつく。


「それで、コイツはどのくらい厄介なんだ?」


男は表情一つ変えずに

「分かりかねます・・・。が、油断できない相手であることは確かです」

と短く答えた。

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カルムスの旅 ヒーズ @hi-zubaisyu

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