陰謀論少年

平中なごん

一 陰謀論主義者

 わたしのクラスには、ちょっと変わった男の子がいました。


「──あのワクチンには極小のコンピューターチップが入っていて、打つとそのチップを通して闇の政府からの指令が脳に伝わり、彼らの命じるがままに動くロボットにされる! だから、ぜったいにあのワクチンを打っちゃダメなんだ! このパンデミックだって、その奴隷化計画を実行するための自作自演なんだよ!」


 その男の子──庵野究あんのきわむくんが、今日もクラスのみんなを前に変なことを言っている。


「え? まだそんなこと言ってるの? いい加減、現実を見なよ」


「んなわけないだろ? もしそうなら人類の大半がおかしくなってるはずだぜ?」


 一方、対するクラスメイト達は、そんな庵野くんに呆れ顔で、皆してバカにしたようにツッコミを入れている……いつもの平和な教室の一風景だ。


「いや、本当なんだって! その証拠に某tubeやSNSでも、実際にワクチン打った後、変な声が聞えるようになったって言ってる人、いっぱいいるし!」


 それでも庵野くんは怯むことなく、孤軍奮闘、大多数の意見に対して堂々と反論を展開している。


「んなもん、ただの頭のおかしな連中か、ふざけてフェイク動画あげてるだけだろ? 信じるやつなんて、おまえぐらいしかいねえよ」


 だが、またもや反論し返されているように、その主張はまったく論理に乏しく、証拠も脆弱なものなんだけれども。


 そう……庵野くんはいわゆる〝陰謀論〟というやつにとり憑かれているのだ。


 他にも、アメリカ政府は宇宙人と密約を交わしていて、人間を誘拐して人体実験することを黙認しているのだとか、現政権は闇の政府の支配下にあり、影で子供の人身売買をしているのだとか、前大統領はその闇の政府と戦っている光の戦士であるとかとかとか…ネットに溢れ返っているいかにもな都市伝説をおおむねそのまま鵜呑みにしている。


 まあ、そんなお年頃の中学生だし、俗にいう〝中二病〟といえばそうなのかもしれないけれど、陰謀論への沼り方があまりにも度を超えています。


「んなら、おまえだけワクチン打たなきゃいいだろ? 俺達は闇の政府より感染症の方がよっぽど怖いんでね」


「庵野なんかほっといてもう行こうぜ?」


 もちろん、わたしも含め、彼の言うことを信じるクラスメイトは誰一人としていません。むしろ「他人の振り見て…」というやつで、庵野くんのおかげで反面教師的にゴシップやガセネタに対する抵抗力が強くなっている気も……なんか、彼自身が拒否してるワクチンと同じ効果を果たしていたり……。


「そんなこと言って、闇の政府に脳を乗っとれても知らないからなあ〜!」


 なので、誰も彼を相手にしようとはしませんが、懲りずに庵野くんはなおも陰謀論を唱え続けます。


 なんというか、もう誰も騙されなくなった後でも、ずっと「オオカミが来たぞー!」と嘘を吐き続けている〝オオカミ少年〟のような……。


 ただ、オオカミ少年が嘘だと自覚して言っているのに対し、庵野くんはその陰謀論を本気で真実だと信じています。


 だから本人に悪気はないのですが、余計にタチが悪い。行き過ぎた正義は、生半可な悪なんかよりもよっぽど厄介なのです。

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