藤原琴は思索する

モコモコcafe

第1話 ~プロローグ~藤原琴を1文字で表す試み

彼女を一文字で表すのなら『姫』という言葉だろう。


彼女はニヒリズム的思考を持ち、すべての人間に対し何の感情も抱くことなどなく、ただ自分と同じ種族であるという認識しかない。恐らく私も大勢の人間という種の中の一つでしかない、この数か月彼女の隣の席で過ごしてわかった。


これを人は薄情だとか、人でなしだとか、鼻につくだとか、高飛車だとか。おおよそそれらの批判的言葉で彼女をくくるのだろうけれど、私には彼女はただ思考するだけのかわいい女子高生のようにしか思えないのだ。


          *


藤原琴。歴史の授業で誰でも聞いたことのある藤原家のあの藤原の字を頭にかぶり、趣味でよく弾いている言われれば薄い透明な壁を造ってしまいそうになるあの琴という字を履いている。(もちろん名前の偏見のみで彼女が琴を弾いている事実は今のところ聞いていない)


そんな彼女のクラスでの評判といえば恐らく普通の人間、とは言い難いのだろう。

たいして成績がいいわけでもないのになぜだか他人の知能を見下すような偏見丸出しの素振りをし、群れることなく孤高を気取る。多感な思春期真っただ中の高校生諸君からすればこの行動は明らかな異端的行為であり、それをよく思う人間などいないで当然だ。

しかし、それは違うと声をそれなりに大きく言いたい。


突然ながら私の趣味は人間観察だ、友達などという人間強度指数を下げる存在がいないおかげでこの趣味にはことさら時間を当てられる。故に私は人間の本質を見抜く技能がほかの人よりたけていると自負している。そんな私から言わせれば藤原琴を俯瞰してみればただのかわいい姫という一文字で収まりきるのだ。もちろんそこに悪感情などみりほどもない。

そんな私から言わせれば彼女は普通の人間と価値観が少し違うがゆえにハブられているだけに過ぎない。


彼女は成績が良くない、確かにそれは認めるところだろう、それに加えそんな奴に上から目線でアドバイスなどされようものならば誰でもイラっとするのは当然かもしれない。

しかし、ここで言いたいのは頭の良さというのは成績のみで決まる物だろうかという事だ。確かに東大などの私には縁遠い国立の名門大学に通う生徒は総じて頭はいいだろう、論理的思考能力も優れている場合が多いし、誰もが認める秀才たちの集いであることは間違いない。

けれどそれは日本の教育委員会が定めた知能測定検査の結果であり、多角的な面での知能指数(無粋なもので言えばIQなどがこれにあたるだろうか)で測られているわけではない。故に多角的に見れば藤原琴も頭がいいという事もありうるわけだ。

だからこそイラつきを押さえろとまでは言わないが、安易に暴言を吐くべきではないのではないだろうかと私は思う。


とまあ、ここまで長ったらしく藤原琴の擁護のような文を書き連ねてきたわけだけれど、どうだろう。さすがの私も目の前で彼女にこういわれてしまえば暴言の一言二言、いや訂正しよう、無限に言っても構わないだろう。


「あなた、平均点も取れないなんて———もしかして馬鹿なの?」


私はここまで、彼女の擁護をしたつもりだ。しかしそれは私以外への彼女の態度に留まる。

そう、本題はここからだ。

藤原琴は私だけになぜだか異様にあたりが強いのだ。


「おーけい、藤原さんが私とやりあいたいっていうのはわかったからそっちもテストの点数見せてくれるんだよね?」

「いいわよ? 見たければ見れば?」


そういって藤原さんはあっけなく私に採点されたテスト用紙を手渡してくる。

少しばかりの期待を寄せながら見ると『60点』の文字。

あー、うん。いつものことながらこの姫の言う事は本当にわけがわからない。今回の数学のテスト、平均点は『72点』だ。私の点数はというと『65点』彼女よりも点数は高い。


「あのさ、普通自分より高い点数の人を馬鹿にしたりはしなくない?」

「あなたの常識をこちらに押し付けてくるのはやめてもらえるかしら?」

「うん、確かに今どきは価値観の押し付けが問題になって多様性云々とか言われてるけど絶対にこれは違う。価値観の押し付けじゃない、明らかな横暴だ」

「うるさいわね、負け犬の遠吠えはやめたらどうかしら」

「何に負けたんだよ」

「……世間?」

「世間ってどこのどいつだよ、連れて来いよ」

「世間は人じゃないわよ、概念的ものよ。そんなもの連れて来ようもないじゃない」

「まてや、今の会話でマジレスはタブーでしょ」


藤原琴との会話に飽きという概念がないな~、なんてのんきに言えたらどれだけよかっただろうか。残念ながら私には彼女を覆いつくすほどの大きな包容力、元いい許容量など存在しない。つまり所彼女と会話していると私は疲弊する。


「——はあ……もういいよ、私の負けだよ。ほんと藤原さんは姫だよね、姫」

「それはどういう意味?」

「藤原さんは普通の人間とは価値観が違うし、なんでもかんでも上から目線だから私が勝手につけた」

「ふーんそう」


悪口を言ったつもりだったけれど、なぜか藤原さんは嬉しそうに笑う。

この世に今の話を聞いて笑う人が何人いるだろうか、私には一人しかいないほうがこの世のためだと思えてならない。そんなおかしな人間二人もいらない。

あ、いや待て。彼女のことだ、絶対に裏があるに違いない。単純にうれしいわけではないのではなかろうか。


「あー待って、ちなみに姫っていう名前で嬉しそうにした理由って聞いてもいい?」

「そんなの単純よ私が姫ってことは要するにあなたは従者、いわば下という事よね? どんな理由であれそれは気分いいじゃない?」


それを聞いて私は苦笑いを浮かべることしかできなかった。

藤原琴はほとほと姫という1文字が似合う人間らしい。

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