19.梓晴の婚約の儀と新婚旅行の計画

 龍王と前王妃、ヨシュアの前で梓晴と浩然の婚約の儀が結ばれた。


「我が妹、梓晴を頼むぞ、浩然」

「生涯大切に致します」


 浩然の方が二つだけだが年上であるし、龍族の血も王族ほど濃くはないので梓晴が浩然よりも長く生きるだろう。それでも浩然の命ある限り、梓晴を愛し続けてほしいと龍王は願っていた。

 盃を二人で干した後には、印章の付いた指輪が残り、それを梓晴が盃の中から拾い上げて浩然の指にはめた。今後それが浩然の印章となる。

 婚姻の宴が開かれている間、中心にいる梓晴は真っ赤な衣装を着ていて、浩然も同じく真っ赤な衣装を着ている。若い二人が寄り添っているのは龍王も見ていて心が和んだ。


 結婚式まではまだ半年ほどあるが、今後浩然は梓晴と一緒に赤栄せきえい殿と呼ばれる、王族が住まう宮殿に住むようになる。二人の距離は結婚までにますます縮まることだろう。

 ほっそりとしているが長身で癖のある黒髪を短く切っている浩然は、冠が固定できないのか被っていなかった。最近では髪を伸ばさない男性も多いし、冠を必ず被らなければいけないわけではないので龍王も梓晴と浩然が二人で決めた装いならばと認めていた。


「王女殿下の婚約が無事に結ばれましたこと、お慶び申し上げます」


 宰相がヨシュアと並んで座っている龍王に挨拶に来る。

 宰相の目的は挨拶だけではないことは龍王には分かっていた。


「王女殿下の婚約が成された後は、国民は龍王陛下の新婚旅行を望んでおります。どうか行き先を決めてくださいませ」

「それに関しては、宰相、そなたに任せる」

「よろしいのですか?」

「できる限り国民の意に添うように行程を纏めよ」

「心得ました」


 新婚旅行なのに国民の意に添うようにと言っているのが不思議なのか、ヨシュアが龍王の方を見ている。酒は好みではないし、宴の席では毒見もいないので、基本的に食事や飲み物に手を付けることはないのだが、ヨシュアの部屋で侍従が出してくれる冷たい柑橘を蜂蜜に付けたものを冷水で割った飲み物が飲みたくなっていた。

 宴の会場に氷柱は立てられているが、ひとが多いので蒸し暑くて喉が渇く。

 龍王の卓の前の膳に手を付けられずにいると、ヨシュアが膳の全てのものに手を翳してくれる。


「どれも安全です。召し上がっても大丈夫です」

「ヨシュア殿の侍従が入れてくれる柑橘を蜂蜜に付けたものを冷水で割った飲み物が飲みたい……」

「ネイサン、龍王陛下にレモネードをお持ちしろ。よく冷やしてな」


 我が儘を言っていると分かっているが、どうしても喉が渇いてヨシュアに頼むと、ヨシュアはレモネードなるものをネイサンに作って持って来させる。

 切子の器に入ったそれを飲んでいると、ヨシュアが小声で聞いてくる。


「新婚旅行の行程が国民の意に添うものというのは、どういうことですか?」

「わたしが直接行った場所は、その年の恵みが特に潤沢になると言われているのだ。実際に龍王が足を踏み入れた土地には水の加護が強く現れるという。それで、どの地方も滞在費はその土地の負担となっても、わたしとあなたが足を運んでほしいと思っているのだ」


 龍王が足を踏み入れた土地は水の加護が強く現れる。

 どの土地も龍王の水の加護を求めているし、近年川が氾濫したり、実りが少なかった土地は特に龍王の来訪を待ち望んでいる。龍王が来るだけでその土地が潤い、川は氾濫することもなくなるのだから、龍王の旅行は全て国民のための慈善事業に組み込まれていた。

 新婚旅行ともなると、龍王の歓びは果てしなく、更なる水の加護が得られると国民は信じているのだ。


「旅行が慈善事業になるとは、さすがは龍王陛下ですね」

「ヨシュア殿も付き合ってもらう。長い旅になるから覚悟しておくといい」


 新婚旅行は龍王と配偶者が揃っていなければいけない。

 ヨシュアなしに新婚旅行は成立しないのだ。


「ラバン王国との国境の町にも行こうか? 国境でヨシュア殿の家族ともお会いしたい」

「龍王陛下が直々にお越しくださるということでしたら、兄も姪たちも喜んで来ると思います」

「ラバン王国の国王陛下には素晴らしい伴侶を得たことを感謝せねばならないな」


 ヨシュアが嫁いできてから季節が一つ変わっていたが、その間に志龍王国は平穏を得たし、龍王の命を狙うものも梓晴と結婚しようと画策するものも捕らえられて、国も落ち着いてきた。

 後は増えた国土の分、水の加護が行き渡るように新婚旅行も兼ねて国境を見回らなければいけないだろう。


 これ以上国土を増やすつもりはなかったが、周辺諸国は志龍王国に従う証として領土を差し出そうとしてくるのだ。領土を差し出した方がその領土が豊かになると信じて。

 差し出された領土に関しては、水の加護が行き渡るように龍王が直々に足を運ばなければいけなくなる。


 新婚旅行で龍王を求めているのも国境の地域が多かった。


「ヨシュア殿は海を見たことがあるか?」

「ラバン王国の北の辺境域は海に面していると聞いていますが、そちらの方に出向いたことはありません」

「ヨシュア殿と海を見に行く旅行に行ってもいいかもしれないな。急ぐことはない。わたしたちは三百年近くの時間を共に過ごすことになるだろう」


 今回は新婚旅行として国境の地域ばかりが組み込まれそうで無理だが、また龍王が足を運べば水の加護が得られるので旅行に出たいと申し出るのは不可能なことではなかった。

 龍王も龍族の中でも王族で二百年から長ければ五百年は生きる。ヨシュアは妖精の血を引く魔術師で、特に妖精の血が濃いと言われているので、三百年程度は寿命があるだろう。

 これからゆっくりと仲も深めていけばいいし、二人で過ごせる時間は長くあると龍王は思っていた。


 宴が終わると梓晴と浩然は赤栄殿に行って、龍王とヨシュアは青陵殿に戻る。

 疲れ切っている龍王を侍従が支えるようにして湯殿に連れて行って、湯あみさせて、着替えさせてヨシュアの部屋に戻る。入れ替わりにヨシュアが湯殿に向かって、湯あみして、寝る準備をして戻ってくる。

 ヨシュアがいない間部屋にいた警護の兵士がヨシュアが戻ってきたのを確認して部屋から出て行くと、龍王は体力の限界で寝台に倒れ込んで眠っていた。

 ヨシュアも別の寝台に横になって眠ったようだった。


 龍王は夢を見た。

 白く豊かなヨシュアの体を寝台に倒して、唇を吸う。白い肌に唇を啄みながら唇を落としていくと、容易に赤い痕が残る。その赤い痕がいやらしくて、ぞくぞくしながらヨシュアの下半身に手を触れる。

 侍従長に教えてもらった通りに香油を使って解そうとしたら、そこは既に香油で解されてとろとろになっている。


「あぁ、ヨシュア……愛している」


 囁きながら腰を進めるとそれだけで達しそうになる。

 抵抗をされていないのをいいことにそのままヨシュアを抱いたのだが、龍王は一度もヨシュアの声を聞かなかったし、あの鮮やかな青い目を見ることもなかった。

 あの青い目に冷ややかに見降ろされていたら、とても耐えられない。


 目が覚めて下着が濡れているのに気付いて龍王は沈痛な面持ちで侍従を呼んだ。

 侍従は何の感情もなく、龍王の下半身を拭き清め、新しい肌着と着替えを持ってきてくれて着せてくれた。


 ヨシュアにも気付かれただろうに、ヨシュアは龍王に何も言わなかった。

 それが逆に龍王にはつらかった。

 嫌悪を交えた目で見られたら、立ち直れなかったかもしれないが、全くの無関心というのもつらいものがある。

 それでも夢で龍王は確信していた。

 自分はヨシュアを愛しているし、抱きたいとも思っている。


 ヨシュアの方は相変わらずそれを許してはくれそうになかったが。

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