18.罠にかける
翌日の朝に、ヨシュアは黄家の屋敷に玉潔を訪ねていた。
王配がやってくるということで、玉潔は屋敷で茶の用意をして待っていた。
王配が玉潔の屋敷を訪れることになったのは、お忍びで龍王と出かけるときに休む場所を確保しておきたいとの話をしておいた。
龍王は国民に顔を知られているが、服装を変えて髪型も変えて、少し魔術で目くらましを施したら町に出られないわけではない。ヨシュアは髪の色と目の色とその長身が目立つが、髪の色を魔術で変えて、魔術騎士の紺色の長衣を身に着ければ、貴族の護衛をしている魔術騎士に見えるだろう。
そういう説明をして、下見に行きたいと伝えれば、黄家が選ばれたのだと玉潔は誇らしくヨシュアを迎えてくれた。
「世話になる。王配のヨシュアだ」
「黄家の玉潔にございます。王配殿下はとても美しく、龍王陛下が惚れ込んでいらっしゃって、三度の食事も王配殿下と一緒ではないと喉を通らないと仰っていると聞きました。お噂にたがわずとてもお美しい」
よく喋る口に剣を突っ込んで喋れないようにしてやりたかったが、そんな気持ちは隠してヨシュアはにっこりと微笑む。
「龍王陛下にはよくしていただいている」
「いや、男性の配偶者が来られると聞いたときにはどのような方かと思いましたが、龍王陛下が羨ましいですよ」
下卑た視線を向けられるのは、龍王とヨシュアが既に肉体関係を持っていると玉潔が勝手に想像しているからだろう。龍王は最近はずっと青陵殿のヨシュアの部屋で眠っているので、そう思われてもおかしくはなかった。
舐め回すような視線がヨシュアの体や髪に向けられる。
今日はあえてヨシュアは髪の色を変えずに、黄家の屋敷まで来ていた。
「龍王陛下とわたしが休める部屋を案内してもらえるか?」
「風通しのいい部屋を選びました。中庭に面していて、外からは見られないようになっております」
廊下を歩いて部屋を案内してくれる玉潔の長衣は、ごてごてと宝石で飾ってあって、龍王のものほどではないが重そうだった。
ヨシュアを先に部屋に入れて、玉潔が扉を閉める。
広い寝台と卓と椅子のある部屋は、明らかにヨシュアと龍王の関係を誤解したものであったが、それに関してもヨシュアは何も言わなかった。
「少し横になりたいのだが、外してくれるか?」
廊下を歩いていたときにそっと外しておいた耳飾り。ヨシュアの瞳は青紫色に輝いていた。その瞳を見詰める玉潔の喉がごくりと鳴るのが分かる。
玉潔の手がヨシュアの腕を掴む前に、ヨシュアは逃れて寝台に横になった。
命じられたとおりに一度は部屋を出た玉潔だったが、少しして戻ってくる。
その手には魔力を帯びた革の鞄があった。
ラバン王国で作られたものであろうそれを持って玉潔がじりじりとヨシュアに近付いてくる。ヨシュアは寝台の上で寝たふりをしていた。
玉潔の手がヨシュアの長衣の前を乱暴に開けて、鞄の中から金属の棒を取り出す。その先は赤く魔術の火で燃えていた。
「それをどうするつもりだ?」
静かに目を開けてヨシュアが問いかけると、玉潔は歪んだ笑みを浮かべた。
「あなた様は王配殿下。龍王陛下から奪うことなどできません。ですが、あなたがわたしのものになりたがっていると自分で仰ったら、龍王陛下もあなたを譲ってくださるかもしれない」
「呪術師の胸にもその焼き
「何のことでしょう? そんなことよりもご自分の心配をされた方がいいのではないですか、お美しい王配殿下。白く美しい肌だ。傷つけるのがもったいない」
焼き鏝を胸に押し当てられたヨシュアだが、それが効力を持たないことは分かっていた。肌には全く跡が付かなかった代わりに、ヨシュアの身に着けていた指輪が一つ、弾け飛んだ。
「なぜ……」
「魔術の火をわたしの指輪が弾いてくれた。それだけのことだ」
素早く身を起こしてヨシュアは玉潔の手から焼き鏝を取り上げると、玉潔を押さえつける。
「サイラス! 捕らえた! 証拠も一緒だ!」
ヨシュアが声を上げると、魔術騎士たちが部屋の中に雪崩れ込んできた。
焼き鏝をサイラスに渡し、耳飾りを付け直して、長衣の襟を正すヨシュアに、サイラスが苦笑している。
「龍王陛下以外に肌を見せたのですか?」
「妙なことを言うな。龍王陛下には見せてない」
「ますます問題じゃないですか」
苦く笑われてしまったが、ヨシュアは構わず、玉潔を魔術騎士に捕らえさせて、王宮に移転の魔術で飛んだ。
魔術騎士たちも玉潔を連れて飛んでくる。
「龍王陛下、あなたを狙った呪術師を雇っていたのはこの男です。死体に押されていた焼き印と一致する焼き鏝を持っていました。どうか、裁きを」
宰相と四大臣家と共に政務に当たっていた龍王の前に、ヨシュアが玉潔を引きずり出すと、サイラスが龍王に言う。
「この者は、王配殿下に懸想し、襲おうとした罪もあります。わたしたちが踏み込んだとき、王配殿下の襟もとに乱れがありました」
それをここで言うのかと、ヨシュアがサイラスを見れば、サイラスはそ知らぬふりでヨシュアの視線をかわしている。
「どういうことか説明してもらおうか、黄家の当主よ」
「わたしは何も知りません。弟が勝手にやったことです」
「そのほうの弟は我が妹にもしつこく付きまとっていたというではないか。妹だけではなく、わたしの愛する王配にまで手を出し、その上、呪術師を使ってわたしを暗殺しようとしたなど、言い訳はさせんぞ!」
「本当にわたしは何も知らなかったのです!」
床に這いつくばって頭を下げる黄家の当主に、龍王は冷たく言い渡す。
「黄家は四大臣家から外し、当主は弟の監督不行き届きで、弟はわたしの暗殺と王配への暴力未遂の罪で、処罰することとする」
龍王の決定に誰も逆らうことはできない。
言い切った龍王がヨシュアの方を見ているので、ヨシュアは大人しく龍王の隣りに腰かけた。
「我が妹の婚約者は高家の浩然とする。今の宰相を輩出している高家から婚約者が出ることに関して、不服とするものは直接わたしに言うがいい」
「龍王陛下の仰せのままに致します」
「高家の浩然様と王女殿下の婚約の義を執り行いましょう」
「龍王陛下のお心のままに」
高家は当然のことながら、朱家も楊家も龍王の宣言に従う意思を見せた。
今後、四大臣家は新しい家を取り立てることになりそうだが、それも龍王と宰相が決めることだろう。
完全に傍観者になっていたヨシュアに、龍王がちらちらと視線を送ってくる。
何事かと思えば、龍王が沙汰を告げた後に、立ち上がった。
「わたしは青陵殿で王配としばらく休む」
「わたしは休まなくても……」
「いいから来てくれ」
まだ完全には治っていない左手を掴まれて、ヨシュアは振り払うことができずに青陵殿まで連れて来られてしまう。
青陵殿のヨシュアの部屋に入ると、龍王はヨシュアの襟を正面から掴んだ。
「襟を乱されたと聞きました。何があったのですか?」
「あの男が胸に焼き印を押したがるかもしれないと思って、寝たふりをしていたら、襟を開けられただけです」
「そんなことを許したのですか?」
「決定的な証拠が欲しかったので、焼き鏝を胸に押させました」
「焼き鏝を胸に!?」
勢いのままにヨシュアの襟を開こうとする龍王をヨシュアは止める。
できる限り他人に肌は見せたくなかった。特にヨシュアに好意のある龍王には。
「焼き鏝を当てられても、わたしは魔術のかかった指輪を付けていたので、それが守ってくれました。焼き印は押されていません」
「わたしも見たことがないのに! ヨシュア殿の肌を!」
「そんなことよりも、焼き鏝を確実に確認することが必要でしたので」
「そんなことではありません。あなたはわたしの伴侶なのです。他の相手に肌を晒してほしくなかった」
必死に言い募る龍王に、ヨシュアもあそこまですることはなかったのかもしれないと若干思い始めていた。
長く息を吐き、龍王の手を握る。
「心配をかけて申し訳ありませんでした」
「もうこのようなことはないようにしてくださいね」
「それは分かりませんが、他人に肌を晒すようなことは極力避けます」
謝って、ヨシュアが反省している様子を見せると、龍王は少し落ち着いたようだった。
椅子に座ってレモネードを飲みたいと言って来る。侍従のネイサンがすぐに用意して、ラバン王国から持ち込んだガラスの器に氷を浮かべて龍王に差し出した。
龍王はレモンの香りを嗅いで、冷たいレモネードを喉を鳴らして飲んでいる。
これから梓晴の婚約の儀に、結婚式まで、滞りなく行われるだろう。
浩然と梓晴は二人で王宮から出て王族の宮殿に移り住むようになる。
梓晴の子どもが生まれれば、次代龍王も決まって志龍王国は更に落ち着くだろう。
「ヨシュア殿……二人きりのときは、ヨシュアと呼び捨てにしてもいいですか?」
「え? どうして?」
未来のことを考えていたので、ヨシュアは龍王が頬を染めて言ったのに、酷く素っ気ない返事しかできなかった。
「い、嫌ならばいいのです」
「あなたは龍王陛下で、わたしはその配偶者。どう呼んでもあなたの自由では?」
冷たいヨシュアの返事に、龍王はガラスの器を両手で包み込んで、俯いてしまう。
ガラスの器の中では氷がカラカラと音を立てていた。
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