重なる

 主婦のWさんが、駅のホームで電車を待っていた時のこと。

 線路を挟んだ向かいのホームに、二人の男性が並んで立っていることに気がついた。一人は制服姿の学生で、もう一人はスーツを着たサラリーマンだった。

 ただ並んで電車を待っているだけなら、何もおかしな光景ではない。ただその二人は、あまりにも距離が近かったのだ。少しの隙間も生じさせないほどに、体と体をピタッとくっつけている。

 その光景が妙で、Wさんは気になって仕方がなかった。

 親子だとしても、それほど体を近づけることはないだろう。そもそも、見ている限り親しげな関係にも思えない。学生がずっと手元のスマホに視線を向けている一方で、サラリーマンは無表情にまっすぐ前を見つめたまま、気をつけの姿勢で微動だにしていない。互いに全く関心が無い様子だった。

 どっちも嫌じゃないんだろうか。そんなことをWさんが考えていると、思いもよらぬことが起きた。

 サラリーマンの体が、ゆっくりと、スライドするように学生のほうへ動き始めたのだ。

(え……え?)

 足を動かす素振りもなく、真正面をじっと見つめたままの姿勢で、すーっと平行移動していく。そしてその体は、徐々に学生の体へと重なり始めた。

(は? どういうこと?)

 サラリーマンの体は、実体が無いのか、重なった部分からどんどん学生の体に上書きされて見えなくなっていく。

 一分も経たないうちに、二人のシルエットはほぼ完全に重なった。それと同時に、所々学生の体からはみ出して、かろうじて見えていたサラリーマンの体の一部が、パッと消える。


 すると、それまでスマホを見ていた学生が急に顔を上げた。それからWさんの方を向いて、じーっと睨みつけたかと思うと、突然ニヤニヤと笑い始めたという。


 その顔を見た瞬間、Wさんの背筋に得も言われぬ悪寒が走った。

 ちょうどその時、向かいのホームに電車が到着した。

 気味の悪い笑みを浮かべたまま、真向いの学生は目の前の車両に乗りこむ。

 彼はそのまま電車と共に行ってしまったのだが、その姿が点になって見えなくなるまでずっと、窓ガラス越しにWさんを見て笑っていたそうだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る