創作怪談集ゆらぎ

@kyutarou4251

会議の録画

 その日Tさんは、定時後会社に残り、顧客とのオンライン会議の議事録を作成していた。

 パソコンで会議の録画を流しながら、要点を整理していく。そんな作業をしばらく続けていると、ふと妙な音声が耳に入ってきた。

 Tさんらと顧客のやり取りの合間に

「ゆうじ」

 と、名前を呼ぶ子供の声がする。ゆうじ、というのは、会議に同席していたTさんの上司の名前だ。ご家族の声が入ったのかと思ったが、今度は

「あつし」

 と、Tさんの下の名前が呼ばれた。Tさんは上司の家族とは会ったことが無かったし、よしんば上司がTさんのことを話していたとしても、この場面で名前を呼ぶことなど無いだろう。

 そもそも、名前を呼ばれた上司も自分も、何の反応も示していない。実際、Tさんも会議中にこんな声が聞こえた記憶はなかった。

 不可解な声は、数分のインターバルを挟みながらも続いた。

「こうたろう」

「あやか」

 どちらも、会議に参加していた顧客の名前である。これで、その時会議に参加していた全員の名前が呼ばれた。

 ここでTさんは、あることに気がついた。

 その時利用していたオンライン会議のアプリでは、普通、発言者のアイコンが点滅するようになっている。しかし、その謎の声が聞こえた時には、だれのアイコンも点滅していなかったのだ。

 なら、この声はどこから入ったのか?

 Tさんが様々な可能性を考えている間も、子供の声は一定の間隔で「ゆうじ」「あつし」「こうたろう」「あやか」と、参加者の名前を順番に繰り返している。

 結局、その声は会議の最後まで続いた。

「本日はお忙しいところありがとうございました。来週もこの時間でよろしくお願いいたします」

 Tさんが締めのあいさつをして、会議を終えようとする。すると

「だれにする」

 それまで名前を呼ぶだけだった子供の声が、別の内容を発した。その直後

「こうたろう」

 と、男の低い声が聞こえて、録画が終了した。


 翌朝、Tさんは出社してすぐに、上司に声をかけられた。

「申し訳ないんだけど、Aの案件がダメになった。だから今月の稼働分が確保できるまで、過去案件の資料を整理しておいてくれないか」

「あの、ダメになった理由って……」

「昨日会議に出てた安田孝太郎さんが急逝したらしくてな。先方はほとんどあの人に任せっぱなしだったようで、とてもじゃないが、今はまともに案件を回せる状況じゃないらしい」


 会議の録画は上司に見せることなく、Tさんの独断で削除したという。

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