あるカラオケ店にて

不労つぴ

あるカラオケ店にて

 これは友人の竹田の話だ。


 竹田はあるカラオケでアルバイトをしていた。

 大学2年生くらいから、卒業して就職する直前まで働いていたので、約2年間ほど働いていたことになる。


 彼が働いていたカラオケでは、時折おかしなことが起きていたらしい。

 僕も彼から時折その話を聞いたのだが、竹田はよく嘘をついていたので、僕もあまり真剣に取り合っていなかった。


 だが、あるときの彼の表情は真剣そのもので、僕も直感的に嘘は言っていないのだろうと感じた。


 今回はそのときの話を紹介しようと思う。


 竹田はその日、夜のシフトで入っていた。

 平日の夜ということもあり、利用者は少なく、店長と後輩の女の子の3人で回していたのだった。


 そのとき、店長はバックヤードで何か作業をしており、竹田と後輩(仮にA子とする)の2人は、1階のフロントで談笑していたという。

 2人が楽しくお喋りに興じていると、電話がかかってきた。


 電話を取ると、若い男が店員である竹田に向かって不満げにこう言った。


「隣の部屋の女の声がうるさい」


 竹田がタブレットで入室状況を確認すると、電話がかかってきた部屋(2階の207号室)の両脇は空室だった。


 電話をかけてきた男はカップルで来ていたので、竹田は彼女の声を隣の部屋の声と勘違いしたのではないかという仮説を立てた。


「大変恐れ入りますが、お客様のお部屋の両隣は空室ですよ?」


 竹田は男にそう言ったが、男は不思議そうにして「でも確かに聞こえたんだよ」と言い張って引き下がらない。


 このままだと話が平行線になりそうだと思った竹田は、「もしまた次に同じ現象が起きたら電話してください」と男に伝えたところ、男はしぶしぶながらも了承し、電話は終わった。


 だが、しばらくして、また207号室から同様の電話がかかってきた。

 流石に竹田も気味が悪くなり、1人では行きたくなかったので、A子にその部屋を見に行かせることに決めた。


「A子。見に行って来い」

「えぇー!」


 A子も抵抗したものの、先輩の命令とあっては逆らうことが出来ず、嫌々ながらもその部屋を見に、2階へ行った。

 竹田の元にA子から電話がかかってきたのはそのすぐ後だった。


「先輩! この部屋ヤバいです!」


 A子は震える声で竹田に話す。


「どういう意味だ?」


「この部屋さっきまで確実に誰かいたんだと思います! ジュースの入った飲みかけのグラスが机の上に置かれているんですよ」


 有り得ない。

 先程からずっと竹田は監視カメラで2階の通路を監視していたが、誰一人としてその部屋を入退室した者はいなかった。


「昼のシフトの連中が掃除し忘れたんじゃない?」

「そんなわけないですよ! この部屋、今日は誰も使ってないし。先輩、今日私と一緒に掃除したじゃないですか。そのときはこんなもの無かったですよ」


 確かにA子の言う通りだった。

 今日バイトに来てからすぐに、竹田はA子と2人でその部屋の清掃を行った。

 そのときに何もなかったのは竹田も確認している。


「……誰か無断で部屋を使ったんじゃないかな。とりあえず降りてきて。一緒に店長のところに話をしに行こう」


 自分でも無理があると思う仮説を立て、無理矢理自分を納得させた竹田は、A子と合流した後、バックヤードの店長の下へ向かった。

 店長に事情を話すと、店長は2人を連れて207号室へ一緒に行くことを提案してきた。


 どうしても部屋に行きたくなかった竹田は、なんとかフロントに残れないかと計略を張り巡らせる。


「フロントに誰もいないとマズイでしょう。ボクが残りますんで、2人で行ってきてください」

「どうせ、この時間は誰も来ないよ。さっ、竹田くんも行こう」


 店長にそう言われたらどうすることも出来ず、竹田は渋々2人と一緒に2階へ上がることとなった。


 207号室に到着したとき、店長はこう言ったという。


「あれ? この部屋さっきまで誰かいた?」


 竹田は部屋を確認するが、特に何の痕跡も見当たらない。

 先程、A子がグラスを回収してきたため当然のことである。


 竹田は店長に訳を尋ねる。


「店長、どういう意味ですか?」

「いや、だってテーブルの上に水滴がついてるじゃないか」


 言われて見てみると、確かにテーブルには氷の入ったグラスが結露したような円状の水の跡が残っていた。


「……私確かにさっき確認しましたけどこんなの無かったですよ。1階に戻る前、ちゃんと掃除してテーブルも拭きました……」


 竹田がA子の方を見ると、彼女は見るからに青ざめた表情をしていたらしい。

 店長の方を見ると、店長はテレビと格闘していた。


「店長どうしたんですか?」


「いや、どういうわけかテレビが点かないんだよ。おっかしいなー……今朝までは普通だったのに」


 そう言って店長は不思議そうに頭を悩ませている。


「えっ。なにこれ……」


 A子はデンモクを見ながら気味の悪そうな表情をしていた。


「どうした?」

「いや、見てくださいよこれ」


 竹田がデンモクを見ると、そこには竹田が見たことも無いような曲が履歴にびっしりと埋まっていた。


 自分でも知っている曲が無いかと探したところ、『骨まで愛して』だけは名前だけは知っていたのでかろうじて分かった。

 他の曲も調べてみたところ、全てかなり古い年代の曲だったという。


 予約リストも見てみたが、同様にかなり前の曲でびっしりと埋められていた。

 デンモクの表示だと今も曲が再生されているようだった。


 A子は震える声で、竹田を見据えて言った。


「先輩」







「もしかして、今も誰かがこの場で歌っているんじゃないですか?」

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あるカラオケ店にて 不労つぴ @huroutsupi666

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