インフレーションに追いつけない。
ヨロイモグラゴキブリ
第1話 転生いいんすか!?
「……」
晴れ空の下にサラサラと穏やかに赤い川が流れている。それは通称、三途の川と言われるもの。
その土手に、ガタイの良い男と小さな犬がちょこんと座っていた。男の名は
………そう一時間前まではそうだった。
「穏!や!か!で!す!ね〜!!!!!」
突如、隣の犬が周囲に響く爆音で喋り出す。声質は低く枯れていて、即ち中年男性そのもの。大斗は一瞬体をびくつかせて、うわっと声を上げた。
そしてすぐに耳を手で覆い、白毛の畜生へ怪訝そうな顔を向けて言い放つ。
「クソッびっくりしたわボケェ!どっからその声出てんだ?」
「んふふ...ひ・み・つ♡」
「死ね(直球)」
「もう死んでますよ」
「死ね(2度付け)」
と彼は立派に聳える中指を突き出した。しかし当の畜生は悪びれる様子もなく阿呆のように舌を突き出し、尻尾で風を切っている。
実の所、彼と犬が出会ってまだ1時間しか経っていない。彼がこの川の周辺で迷っていた所、犬が突然現れて案内してやるなどと言い、いまに至る。
けれどもこの犬は人をイラつかせるのが上手いようで、大斗は大いに迷惑をしていた。
「………気分が落ちる」ガッ
彼は肩を落として尻餅をつくように雑草の上に座りあぐらをかく。
それから、退屈そうにぶちぶちと雑草を引き抜き目の前の川へと投げた。もちろん届かない。
「ははっ無理もないな。いや、我はお前の事を幸運だと思うがね?あんな死に方中々ない」
「悪運だろうが。飛行機事故で体バラバラとか嫌だよ、普通に死にたかったよ」
「いやいや、案外あの世じゃ死因でマウント取れるもんだ。お前はきっと大スターになれる」
「あの世でもマウントを取るのかよ...」
「おうとも、人間のサガだ」
そうカカカッと犬は快活に笑った。汚れのない白い毛がふわっと動く。その動きにはある種の神聖ささえ感じられる。それは彼も同様に感じ取っていた。
「アンタさっき俺と会った時、"天使"とか名乗ってたが本当なのか?」
「あぁ、多少噛み砕いたがな。お前の今後をキメに来てやったのさ」
「…声が可愛くて美少女な奴が良かったです」スン
彼は小声で言いながら体を縮こまらせた。なんと欲望に忠実な願いなのだろう。寝転がっていた白犬はびゅんと体を起こした。
「ひどいねぇおめぇ!これでも頑張って擬態してるんだよ?それに我、立場的には結構上なんだぜ。上から三番目だぞ?三番目!」
「上の奴が俺に構うかよってんだ。あの世じゃ嘘つきは舌抜かれるんだろ?気をつけとけよワンコロ」
「ったくこのクソガキめが。最近の若者はまるでなっとらん。人には敬意という物をなぁ——」グルル
そんな風に猛獣が歯を剥き出しにしてお説教が始まるかと思った時。その口、体の動きがピタッと止まった。一ミリの震えもなくまるで時間が止まったように。大斗は何事かと思い周りを見渡す。けれどあるのは砂利の平原と赤い川のみ。人の影はおろか生き物の影はまるで見えない。
「……あ」
程なくして犬の動きが復活する。彼はどうしたんだ?と疑問に満ちた声で質問した。
「連絡だ。やっとお前の適正が確認されたと」
「て、適正?なんのだ?」
「"転生"だ」
「転生……次の人生に行くってことか。意外と早いもんだな」
「それだけじゃないぜ。お前は特殊だ。記憶を持ったまま別世界に行ける」
記憶を持ったまま、その一文がどれだけ彼の心を踊らせたのか、想像に難くない。ないはずの心臓が鼓動を早める感覚さえ感じたのだ。彼の頭の中には既にその世界での構想が練られ始めている。異世界転生。即ち冒険。即ち爽快。
現代人である彼が電気のない生活に耐えられるかという懸念は隅に置いた。
「魅力的なんだが…んなこと出来んのか?」
「あぁ。仮にも三番目に強くて偉いんだ。出来るに決まってる。つかその用事でわざわざ来たんだよ。それにしても…ふふっ、数多の死者から目利きしてドンピシャと。流石我。最強」
何を言ってるのか分からないが、なんと本当に転生出来てしまうようだ。大斗は今すぐにでもさっきのことを謝罪したい気分になった。
「因みに、その異世界ってどんな...のですか?」
「カカカッ喜べ。魔法、黒魔術、モンスター、ダンジョン、中世ヨーロッパ的な城がある。そーゆーファンタジーな世界だ。行くか?」
「マジスカ!行きます!」ザッ
と身を乗り出して天使様に接近する。まさか誰しも一回は想像した世界がほんとに存在したとは。もし2泊3日その世界へ行ける旅行券とかがあれば販売してから10分も足らずに完売するだろう。
また、天使様はその可愛らしい前足をクロスさせて言う。
「ただし条件だ。お前には仕事をしてもらう」
「何ですか?」
「魔王の討伐だ」
「………すー」
出来ればスローライフをしたかったなーなんて彼は思った。それは当然。戦闘どころか喧嘩さえしたことない素人だ。モンスター程度なら行けるかもだが魔王なんて到底無理。そうすれば死ぬことは確定している。せっかくの異世界ライフに幕を下ろすのは嫌なのだろう。
「君…"チートスキル"欲しいかい?」
そんな安定思考に幕を下ろしたのはこの一言。聞いただけで頭が真っ白になる。
「……まさか」
「その、まさかだ。好きなのを付けてやる!いくつでもな!」
「あぁ!」
そこから彼はずっと興奮状態で喋りっぱなしであった。その目に映る純白の犬は大斗にとっては本当の天使に見えた。
そう、その内に確かにある胡散臭さは興奮によってかき消されてしまっていたのだった。
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