夏祭りノスタルジー
ジェン
夏祭りノスタルジー
駅のホームに降り立つと、生ぬるい風が全身を包み込んだ。
この時期に外へ出るのは憂鬱だ。
ましてやこの人混み、もう既にうんざりする。
人の波を縫うようにして歩みを進めると、屋台が立ち並ぶやかましい通りに出る。
林檎飴、かき氷、焼き鳥、ラムネ――甘ったるい匂いや香ばしい匂いが混ざり合って鼻腔をくすぐる。
めちゃくちゃな匂いだが、夏祭り特有の匂いとでもいうのだろうか、むしろ風情があってどこか心地いい。
普段の閑静さを押し殺し、喧騒が支配するこの場所。
早くも俺は人混みから逸れて壁に背を預けていた。
暑い。
人口密度が高いせいか、いつにも増して熱気を感じる。
脳が溶けて液体と化すような錯覚。
危ない浮遊感が思考を侵す。
ひとまず俺は屋台でラムネを1本買い、喉の渇きを癒すため一気に飲み干した。
「ふぅ……帰ろう」
まだ着いたばかりだが、さっさと踵を返す。
夏祭りの雰囲気を味わえただけで十分だ。
人混みの流れに逆らい元来た道を戻ろうとしたところで、思わず足が止まった。
視界の先に映るは、浴衣姿。
いや、浴衣姿はこの場所ではありふれている。
その顔に見覚えがあった。
確か、高校時代の同級生だったような。
名前は……記憶にないが、いつも教室で本を読んでいたあの娘によく似ている。
別に当時好きだった娘というわけではない。
ただ、突然彼女が目の前に現れて記憶を呼び起こされただけだ。
彼女とは特に接点はなかった。
別段話をすることもなかったし、顔を合わせれば挨拶を交わす程度だった。
単なるクラスメイトだ。
彼女が俺の横を通り過ぎる。
ほのかな香水の残り香。
その瞬間、青春時代の楽しかった思い出が電流のごとく脳内を駆け巡る。
皆、元気にしてるかな。
大人になってからめっきり会うことはなくなったけど、あの頃のままだろうか。
俺は……少し変わったかもしれない。
あの頃の夢や情熱はどこかに置き忘れてしまった。
でも、それなりの生活はできている、と思いたい。
振り返ると、もう彼女の姿は見えなかった。
人混みに吞み込まれたのか、はたまた夏の幻影だったのか。
後ろ髪を引かれながらも、俺は歩みを再開した。
賑やかな祭囃子、やけに明るい夜空。
先ほどまでの憂鬱さは幾分か和らぎ、不思議と足取りは羽のように軽かった。
夏祭りノスタルジー ジェン @zhen_vliver
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