30番テーブル4人掛け

シマチョウ大好き

第1話 熱中症短歌


「最近、マジ暑すぎじゃね?」


 行儀が悪いとは思うが、肘をついて、目の前のアイスコーヒーが入ったグラスを、木製の簡易マドラーでかき混ぜる。

 下に溜まったポーションミルクが上に上がる。


「温暖化ですからねぇ」


 一緒に来た黒田はコーラを飲みながら気だるげに、そう返してきた。


「にしてもだわ。今日とか最高気温39℃だぜ?」

「角度が?」

「ウゼー。温度だよ、温度」

「角度だったとしても約40°の坂って大分危険な気がしません?」

「40°位なら普通に歩けるだろ。マラソンで駆け上がるならキツイかもしれないけど」

「この気候でマラソンは苦行でしょう」

「そういう話じゃねぇんだよ。苦行どころか拷問だろうけど!」

「おっ、外見て下さい。セルフ拷問受けてる人が居ますよ」

「ランナーを侮辱し過ぎだろ。……しかし、よく走る気になるな」


 確かに外を見ると、この“災害級の暑さ”の中、帽子を目深に被り、ランニングシャツにショートパンツという“いかにも、私がランナーで御座い”といった格好の男が走っていた。見るだけでこちらまで疲れてきそうだ。


「熱中症になりそうですよね……“駆け抜ける・事に熱中”……」

「…………」

「…………」

「……下の句はっ?!」

「じゃあ、それで良いです」

「おかしいだろ。【駆け抜ける・事に熱中・下の句は】って。文になってねぇよ」

「では、下の句まで~3・2・1…」

「後輩の癖にスゲー嫌な先輩ムーヴすんじゃん。……下の句~?………。……“して、入院”?」

「字余りですね」

「厳しっ」

「それならまだ“熱中症”って被せてくる方が分かりやすくないですか?」

「そんなもん、俳句の先生が『重複してる』って確実に赤ペン入れてくるだろ……あっ。ならこれは?“して、倒れ”」

「あー……“忘れず取ろう・塩と水”」

「おー!」

「おー」

「完成したな」

「しましたね」


 熱中症短歌が完成した所で黒田がジュースのお代わりを取りに行った。



 それから2時間程してから、流石に混んできたので店を出た。

 しばらく歩くと、前方に人だかりが出来ているのが目に入った。

隣を歩く男と二人、『なんだ』と野次馬根性丸出しで覗くと、ランナーらしき男が地面に寝そべり、その周りで複数人が看護している。


「熱中症だ。」


 黒田が呟いた。

すると後ろからサイレンが聞こえ、救急車が道路に止まった。

瞬く間にランナーの男は緊急隊員に搬送されていき、人だかりも解散した。


「【駆け抜ける・事に熱中・して倒れ】」

「【忘れず取ろう・塩と水】」


 全くもって熱中症は恐ろしい。

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