第31話 緑園の歪み


「うわっ、なんだこれ」


「だいぶ資料写真と違いますな」


 七年の時を経て再び訪れた多草教授の研究施設は、私たちの想像をはるかに超える変貌を遂げていた。


まず手前のアトリウムが内部の様子がわからないほど緑の物質で埋め尽くされ、後ろの居住棟も建物から這いだそうとするかのように窓から緑がはみだしていた。


「見てあれ……屋上が無いわ」


 極めつけは研究棟の最上階で、五階の上がジャングルのように謎の地表類に覆われていた。


「石さん、予定通りのルートでいいと思う?」


「それしかないでしょうな」


 私は外見から受けた衝撃を胸にしまうと、七年前に潜った入り口を探し始めた。


「あった。ここだわ」


 驚いたことにアトリウムの入り口は昔のままで、施錠もされていなかった。私は前回潜入した時の構造を思い返しつつ、緑の迷宮と化した施設の内部へと足を踏みいれた。


「『死滅株』の保管庫は羽月さんの透視と前回の情報からわかっているけど、同じとは限らないし敵が封鎖している可能性もあるわ」


 私たちは来訪者を呑みこもうとするかのように迫ってくる「緑の壁」に圧倒されつつ、居住棟への入り口を求めて進んでいった。


「ボス、これはいけませんな」


 右へ左へと順路を進みちょうど不安がこみ上げてきた頃、石亀が重々しい口調で言った。


「ここは、意図的に迷うように作ってあるようです」


 やはりそうか、と私は思った。なんだかやたらに曲がってばかりだと思っていたのだ。


「ここで諦めさせようってことかしら」


 私が苛立ち混じりのぼやきを口にすると、古森が「ボス、なんだか目が回ってきました。いっそこの辺りの壁を全部、焼き払ってみるというのはどうですか」と恐ろしい提案をした。


「待ってヒッキ。それは最後にして」


 私が冷静な声で古森を宥めた、その直後だった。突然、足元がぐにゃりとたわみ、くるぶしから下がずぶずぶと沈み始めたのだった。


「まずい、これは侵入者を捕えるための罠です」


「どっちに逃げたらいいの?」


 私はこんな時に金剛がいたら助かるかもしれないと思いつつ、それを承知の上であえてメンバーに加えなかったのだから仕方がない、そう自分に言い聞かせた。


 ――だめだ、脚が動かない。「床」に吸い込まれる!


 うねる緑の通路に部下たちが次々と壁に吸い込まれるのを見た次の瞬間、私も抗えない力で緑の床へと呑みこまれていった。もがくこともできないまま緑の中を移動させられた私はやがて、生き物が餌と間違え呑みこんだ物を吐き出すようにすぽんと外に放り出された。


「なに……ここ」


 吐き出された「敵」の体内で私が最初に感じたのは、もはや床や壁と言った建物の概念など何の意味もないくらい上下左右を『サイコネフィス』が覆っているという事実だった。


「これじゃ『死滅株』を探し出すどころじゃないわ」


 私が通路とも消化器とも取れる空間の中で呟いた、その時だった。奥の方から見覚えのある緑の「触手」が四本、うねりながら私たちの方に伸びて来るのが見えた。


「いやあああっ」


 四本の「触手」はあっという間に私たちの自由を奪うと、有無を言わさぬ力で奥へ――怪物の胃袋を予感させる闇へと凄まじい速さで運び始めた。


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