第29話 新所長再着任!


「あ……戻ってこれたんだ」


 懐かしい『絶滅探偵社』のくたびれたオフィスに足を踏みいれた私は、不覚にもこみ上げる思いに崩れそうになった。


 私は久しぶりに自分の席につくと、主力スタッフが二人欠けたままの仕事場を見つめた。


 ――何も変わってない。変わるはずがない。……でも。


 私は席で私の号令を待っている金剛と大神を見遣った。二人は心なしかぐったりしており、今回、調査に関わらなかった事務の古森と掃除の久里子さんだけが黙々と自分の仕事をこなしていた。


 これから私は臨時の会議を招集しなければならない。『サイコネフィス』絡みの調査を続けるか、ここでいったん終了して調査資料を作るかを決めなければならないのだ。


 ――全力を尽くしたとはいえ、成功には程遠い結果だ。


 私は勉強に取り掛かれない子供のように、理由もなく引き出しを開けて中をあらため始めた。戻ってきた端末とペンを見た瞬間、私の中にまたしても複雑な思いが沸きあがった。


 ――こんな二代目、叔父は本当に望んでいたのだろうか。


 私がいつもの軽い自信喪失を覚え始めた、その時だった。扉が開いてまさに今、思い浮かべていた顔が室内に姿を現した。


「あ、やっぱり戻っていたのね。……みなさん、無事でほっとしたわ」


 現れたのは、羽月雛乃だった。


「雛乃さん……。多草教授や花菜さんは今、どうなっています?」


 私が最も知りたかったことを単刀直入に尋ねると、雛乃は「それは……」と口ごもった。


「よくわからないの。施設からは相変わらず動きが無いし、教授からの連絡もない。ということは花菜さんが元に戻ったという可能性は低いということね」


「そんな……やっぱり私たちが関与したくらいじゃ駄目だったんだ……」


 私ががくりと項垂れると雛乃は「まったく同じとも言いきれないんじゃないかしら。私ももう少し、探ってみるつもり。あなたたちはやれる限りのことをしたはずよ」と言った。


「わかりました。私たちも調査を継続するかしないか一応、内部で検討してみます」


「無理しないでね。調査も大事だけど、事務所と引き換えにするほどのことじゃないわ」


 雛乃はそう言うと、身を翻して扉の向こうに消えた。


                   ※


 事務所と引き換えにするほどじゃない――確かにその通りなのだが、七年前に手掛けたことの結果がゼロというのでは探偵社としてあまりにもふがいなさすぎる。やはり七年後の「今」の調査も多少はすべきなのではないか。


 私は意を決し、息を深く吸うとおもむろに口を開いた。


「みんな、ちょっと聞いてくれる? 今、羽月さんから聞いた話によると、多草教授の施設にこれと言った動きはなく、教授からも連絡はないそうよ。つまり、調査の報告もできない状態ってわけ。こういう場合、一応の結果をまとめて終わりなんだけどみんな、これで終わっていいと思う?」


 私は所長らしからぬ「けしかけ」を口にした。最初に口を開いたのは金剛だった。


「施設に行くんですよね? 行きますよ」


「当然、俺も行きます。こいつだけじゃ心もとない」


「なんだと。お前、ボスにもしものことがあった時に「飛べる」のかよ。小さくなることしかできないくせに」


「肝心な時に飛べなかったらどうするんだよ。ただのお荷物じゃねえか」


「なにお」


「二人とも待って。確かに二人がいてくれるのは心強いけど、施設の様子を見てくるのは私一人でいいと思うの」


「なんですって? 冗談じゃない。行くなと言っても行きますよ」


「ちょっと様子を見て来るだけ。深入りはしないわ。もしかしたら『緑衣の塔』が完全復活してるかもしれないし、いきなり中に飛び込んだりはしない」


「いや、それでも……」


「ボスの「ちょっと見てくるだけ」は大抵、やば……」


 大神が私にとって耳の痛いことを言いかけた、その時だった。ふいに扉が開いて、小柄な影が中に入ってきた。


「私がお伴します、ボス」


「――石さん!」


 現れたのは、全治一週間のはずの石亀だった。


「駄目じゃない、動きまわっちゃ」


「もし敵が念動力を使う奴なら、私がいないと話になりません」


「確かにそうだけど、石さんは病み上がりだし敵の動向も一切不明だし……」


「もう一人いたら、どうですかね。多少はマシじゃないですか」


 突然、軽口と共に現れたのは、自宅療養に入ったばかりのエース、荻原だった。



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