第2話 父よ落ちるなかれ


「ボス、石亀さんっていう女の方からお電話です」


 ――石亀さんっていう「女の」方? キャンディならキャンディって言うわよね。


「石さんのことじゃなくて? もしかし奥さん?」


「いえ、娘さんだそうです」


「娘さん?」


 私は一瞬、ぽかんとした。探偵事務所の二代目所長を拝命して四カ月、我が事務所の重鎮であるにも拘らず、石亀から家族の話を聞いたことなど一度もなかったからだ。


「代わってくれる?」


 事務の古森から電話を引き継いだ私が「もしもし、所長の汐田ですが」と言うと、「あ、はじめまして。父がお世話になっています。石亀の娘のみどりです」と快活そうな声が応じた。


「はじめまして翠さん。今日はどういった御用ですか?」


「実は父が階段から落ちて動けなくなってしまって……」


「石さん……石亀さんが?」


 私はぎょっとした。注意力は人一倍ありそうだし、足を踏み外すような年でもない。


「はい。実は私、ひと月前にアメリカから久しぶりに帰ってたんですけど、友達になった女の子が探偵のお父さんに会ってみたいというので食事をすることにしたんです。その帰りにお店の外階段から転落して……」


「で、容体は?」


「腰と肩を打ったのと足首を捻ったくらいですが、全治一週間と言われました。それで「転倒する前に「ちょっと頭がぼんやりした」というのが気になって私が代わりに連絡させてもらいました」


「頭がぼんやり……」


 これもまた石亀らしくないな、と私は思った。それにしてもあの石さんが一週間とは。


「わかりました。事務所の方は何とかするから安心して養生してとお伝えください」


「はい、わかりました」


「それで……その連絡とは別に探偵さんに相談したいことがあるんですが」


「私が?」


「はい。実はその時一緒だった友人が、父が転落した直後にタクシーを呼びに行って、そのまま連絡がつかなくなってしまったんです」


「えっ」


「友達になったのはつい最近なんですが、共通のお友達もいないし、メールアドレスもSNSのアカウントもその日から綺麗に消えているんです」


「どういうこと?」


「あの……じかにお会いしてもいいですか?調査をお願いできるほどの余裕はないんですけど」


「もちろん、構いません。いつにします?」


「N駅の前の通りに『みりおん』っていうカフェがあるので、そちらで待ち合わせられたらと思っているんですが……お忙しいですよね」


「いえ、じゃあ調べて今から行きます。何か目印は?」


「花柄のエコバッグを持っているので、それを目印にして下さい」


「わかりました、じゃあ三十分後ぐらいにうかがいます」


 私は通話を終えた後、天井を見つめ思考を整理した。石さんが怪我……そして、娘さんと一緒にいた女性が消えた。これって、何か関係があるのかしら。

 私はできれは無関係であってほしいと思いつつ、気持ちを切り替え外出の支度を始めた。


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