カミサマは深夜に顕れる

鈴川 掌

EP.新月 二度あることは三、四と続く。

 二度ある事は三度ある、同じ轍を踏む、火傷火に懲りず、七転び八起き、そして三度目の正直。どの言葉も、一度以上の失敗を重ねた上でまたその後にどうなるのか、それを詠んだことわざである。

 残念なことに二度ある事は三度あるし、同じ轍はもう一度踏み抜くし、七転びした後も八起きの前には、なぜ転んだのか不思議に思うように決まって空を眺めている。

 三度目の正直が上手く行く可能性の話という事は、語られなくても理解してはいるが、何をもって正直というのだろう、この世の誰しもが二度も三度も同じ失敗を懲りず繰り返し、それでも立ち上がるというのが当たり前だというのに。

 故に私は考える、三度目の正直、この正直は誰によって管理されているのか。


「カミサマというモノをその目で見たことはあるだろうか?」


 私が行きついた結論はこうであった、世界中の神の存在を知っている存在に問うても、神は居ると叫ぶ者あり、神は死んだと嘆く者あり、神など居ないと悲観する者あり、答えは三者三様、神が確実に居るという証明などできやしない。

 だが本当にカミサマが存在するとしたら?


 例えばの話をしよう、これは誰かの過去でもなければ、誰かの思い出でもない、どこにでもあるような例え話である。

 一日経てば姿形が変わるような育ち盛りの少年が、街の外れ限界集落とも例えて良い秘境に住んでいる。

 その少年は小さい頃から山遊びが趣味で、エゾシカと足の速さを競いあったり、フクロウを探してみたり、大鷲相手に喧嘩を売ってみたり、そして熊と本気の戦いをしてみたり、山育ちであればどれか一つ二つ程度は誰もが試みる事だろう、山育ち故の長い登下校を活かした、これが少年なりの暇つぶしだった。


 この例を聞いた瞬間に常識を持っている者は笑うだろう、現実ではない、フィクションである、そんな愉快な虚言あるいは妄語の類であり論ずるにも値しないと。

 だがまぁそんな妄言にも付き合ってほしいのだ、私という存在が描くカミサマという偶像はこういうモノだと知ってもらう為には。


 少年には暇を潰す手段はある、しかし山奥で暮らす故の悩みも当然存在する、例えばそれは現代社会には欠かせないネットワークの繋がりが鈍い事、家と森が近いせいもあってかよく虫が家に侵入してくる事、日本の秘境という和の神秘たり得る神社の真横で洋館の豪邸とも言える建築物に住んでいること、とにかく自由と不自由が共存する、少年はそんな生活を送っておりました。

 ですがこの生活も長くは続かず。


 少年が一緒に暮らしていたアメリカ人で元料理人の祖父と、由緒正しき名家の次女として長女の代替品として、あるいは他家との交流の先行隊として嫁ぐ為の修行を日々こなしていた祖母、戦後しばらくしてから旅先の旅館で出会った二人。

 戦後間もない頃としては白い目で見られる異例のカップル、少年の祖母は家から反対され結局絶縁を言いつけられ、祖父も本土に残した両親や兄弟からはえらく小言を言われてきたと語った事を少年の記憶には刻みつけられておりました。

 ですが二人は静止を振り切り日本という国で夫婦めおとの契を交わし、働き盛りの年齢を超え、癒しを求めたのか、自然を求めてここを見つけたのでした。

 この土地に居を構えた頃は、まだ小規模の農村だったこの村も今では隣家まで、車で十分はかかる限界集落、ただ祖父母は語ります。

 「閉ざされた空間であっても私達に偏見を向けず、普通に接してくれたありがたい村と人」故にこそ、ここに永住することを決め、そして多くの人が居なくなった今でも、誰に言われた訳でもなく、仲良く隣の神社を綺麗にしておりました。


 それは北海道でも数年に一度の豪雨の日であります。

 地響きの様に雨音は地面を打ち付け、雨風によって木々は鞭のようにしなり竹箒のような音を響かせます。

「これ以上酷くなるようなら、流石に避難をしたほうがいいな」

「そうねぇ…………ちゃんの安全もある…s………」

 それは凄まじい轟音から始まったのです。身を揺らし、家を揺らし、そして地面を揺らす、いや正確に言うのであれば地面を滑らすが正しいのかもしれません、森の傍に立てていたから?それとも限界集落だったが故に土砂崩れの対策がそこまで進んでいなかったのか、今ではそれを知る術はありません。

 ただ少年は最後まで二人の会話を一番近くで聞いていおりました、既に少年よりか弱い老体であったとしても、確かに少年の祖父母は最後まで少年を想い動いていたのです。


 人間のデッドライン、死の淵、あるいは死へのタイムリミット、北海道や雪国的な例えでいうのなら、一番に思いつくのは雪崩でしょう、雪崩後の救出までに使える時間は凡そ15分。それを過ぎると生存の可能性は極端に落ちるという話です、雪崩の場合は低体温などによるのも考えると長くて90分、これは災害に見舞われた際にも関係してくる一定の時間。

 曰く人の死は3の倍数によって支配されているという、単なる偶然のお話。

 完全なる無酸素で人は3分の生存、水分が取れない状況に陥ると凡そ3日間の壁が現れ、そして水分を確保できても必要な栄養素が取る事が出来なければ3週間、それこそが人間の持つデッドライン。

 さて少年が巻き込まれた自然災害には、何が当たるか、答えは水分も取れない状況リミットは3日間と言ったところでした。

 その少年はどうだったのでしょうか?そう思う方もいらっしゃる筈、勿体ぶらずに答えます。

 少年は自らの体重の幾倍の体積と重さの土砂、何一つ動けない状況が続く最中であっても無傷で生きておりました。

 しかし少年の耳もとで囁くように、赤い土砂の下、人一人入ることのできない土砂の隙間に私は存在していたのです。

 ほぼ密閉された空間にもかかわらず、私はブロンドの髪を靡かせ、真っ黒な空間で赤い瞳を輝かせます、放つ異彩は少年の心を魅入るには十分すぎ、少年の瞳に焼き付けた証明したのです、私こそが世界で恐らく最も美しい存在である、と。

「さぁ坊や?君はこのまま死ぬかい?それとも私と一生一緒になっても生きたいかな?」

「僕は……、……ここ…は…?……」

 少年の意識はそこで途切れて、そして虚しくも時は流れます。

 7日間に及ぶ瓦礫や土砂の除去も厳しく、少年だけが発見されずにいて、今日の作業も終わりを告げる夕焼けの下で少年は発見されました。

 皆々が帰路に着くための準備をしていた時に、当然誰も土砂を掘り起こそうとはせずに、ただ少年は誰も掘り起こしていない土砂、あるいは退かした土砂によって更に状況は悪化していた筈のその状況から、何にも染められることのない純白の髪を泥で汚しながら、自らの力で状況を解決してしまったのです。

 まさに窮地に追い込まれたカミサマが覚醒した瞬間ではないでしょうか?

 私が抱くカミサマの妄想はこれで終わり、私の中のカミサマはそれからどうなったのかって?まぁオチも含めて、もう一つの虚構を語りましょう。


 これもある少年の話、少年の小学校の修学旅行の際、バーストしてしまったのか、それとも目には見えない何かが、少年たちが乗っていたバスが谷底に落としたのか、真相は人には分かりません、私は知っていますが答える義理はないのです。

 谷底に落ちたバスは爆発炎上という事故が起き、勿論生存者の可能性など微塵も考慮はされていなかったでしょう、何しろ100m以上の崖を転落し、数多の木々が刺さり爆発炎上したのです。

 小さな山火事も誘発してしまい、当時を騒がせた話題でもありました。

 だがそこでも私の空想する少年は生きていたのです、窓か振り落とされ木々がクッションになったのか?それとも数多の生徒と教師の肉塊がクッションになったのか?森林は燃え、息などできなかっただろうにどうやって生き残ったのでしょうか?

 憶測が憶測を呼びその憶測が曲解を招くそんな状況、少年にも当然恐らく心が無いであろう取材班に対応をせがまれます、まるで生き残った事が悪かの様に際に彼らは迫りくるのです、だからこそまたも白髪を揺らす少年は、自身の見てきたことをはっきりと正直にこの様に発言しました。

「綺麗な金髪のお姉さんが助けてくれた」

 一緒に居るだけで死をもたらすと言われた、ある少年の話のあり得もしない場所に現れる、綺麗な金髪のお姉さんが助けてくれた、そんなくだらないオチこそが、私が思い描くカミサマの姿なのでした。

 そもそもなぜこの話を始めたのか、そしてこの少年の話はなんだったか。

 そんなことある訳がない、非現実的であると論ずる前に、よく思い出して。

 最初に語った通りこれは例え話であり、そして愉快な虚言であり、そして妄言。


 なぜ神でもない私が、カミサマである少年を助けるのか?そう言った疑問がどこからか聞こえてきます、それはもう私の独り言を聞いている皆は語り掛けてくる。

「当たり前のことを、なぜ君たちはさも不思議そうに疑問に思うのだろうね」

 こんな当然の事も理解できないとは、やはり停滞とは我々をダメにする行為であるという確たる証拠とは思わずにはいられぬ問に。私はわざとらしく肩を落とします。

「穢れも汚れの一つも見つからない、常識の外に居る純白で無辜で無垢なカミサマ、そんなモノが居たら、……私は自らのこの手でその神様を穢し、汚してあげたい」

 この当たり前の感情を満たしたい、その心があるからこそ私は今も私のままです。

 語った物語は虚構な妄言に過ぎないし、けれどもしカミサマか少年、そのどちらかは君たちが捨てた世界に居ると語ったら、ここに居る彼らは何を想うのだろうか?

 後悔か、それとも憐憫か、どの道ここに居ることを選択した者達には、一生関わる事の出来ない、尊い存在であることには変わりないのですが。

 真っ赤に染まる世界で数多の時代を生き、数多の致命傷を負ってここに誘われてしまった彼らという肉塊という地獄絵図がここでは、無限のように広がっていく。

 今歩いていた女子高生も、ある時代に一家の汚名を背負って斬首された首の血だまりを踏み抜いてあるき、ある男子高生は運よくその血だまりを避けている、現実とは少し違う切り離せた世界ではあるこの世界。

「神は願いを聞き届ける、生きて欲しいという願いを神は受諾し、生きたいという願いは集約されどこかの誰かを生きながらえさせる、そんな神の御業を起こせる存在は、果たして本当にカミサマなのか、まだ結論はつけられていないんだよ……ねぇ」

 キヒと息を漏らしたように、ブロンドの髪をした女性は笑みを浮かべる。

 それを諫めるように、この世界の何かは行動に移そうとする。

 それを諦めた存在だというのに、実に滑稽である。

「なに?お前の正体は何だって?」

 彼らという死を待つ肉塊にも意識があり、しかしながら一つに肉塊といっても中には年代物の肉塊だって存在します、流石に物覚えも悪いのでしょう、だから再び忘れないように肉塊たちに語り掛けるのだ。

「忘れないでよ、私だよ私、君たちをここに連れてきた鬼……吸血鬼だよ」

 思い出したかのように広がる肉体たちの大合唱が実に心地よく、暇すぎるこの世界の唯一の娯楽であるのだが、やはり今はここよりも外を見たい、妄言と戯言のオンパレードを語りすぎては、事実を正しく認識できなくなってしまう故に、偶には外を見るとしよう、もしかしたら、なんて可能性だってある。

 しかし無論、私の語る少年なんて者は、存在しないと念を押しておこう。あれほど幼く、無辜で穢れも汚れもないカミサマなど、この世に居る訳がないのだから。

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