第6話新尚侍 弐

「ねぇ、どう思う?」

「なにが?」


 女房の一人が、もう一人に尋ねた。


藤壺尚侍ふじつぼのないしのかみよ」

「ああ……」


 話題になっているのは、ついこの間出仕したばかりの藤壺尚侍ふじつぼのないしのかみのことだ。

 後宮内では既に知らぬ者などいない存在になりつつある。


「確かに、見た目は幼いけれど……ね」

「ええ。意外といってはアレだけれど、とても賢い方よね」

「そうよねぇ。主上おかみにも適切な意見をされるし、ご自身の立場も弁えていらっしゃるわ」

「それでいて……」


 女房は言葉を濁す。

 察してとばかりに目配せする女房にもう一人が頷く。


「そうよねぇ……主上おかみを掌の上で転がしているように見えるのに、決して驕ったお振る舞いにならないのよねぇ……」

主上おかみも尚侍さまを妹か娘のように可愛がっていらっしゃるし」


 女房たちは顔を見合わせる。


「それに、あの舞よ」

「ええ」


 後宮の宴で藤壺尚侍ふじつぼのないしのかみが披露した舞は『陵王りょうおう』だった。


主上おかみが、尚侍さまに舞を所望されたのでしょう?」

「そうそう」

「あの舞をご覧になった帝は、いたく感動されたのよね」

「仕方ないわ。あれほど見事に舞われては」


 女房たちは、尚侍の舞を思い出しているのか、うっとりとした表情をしている。

陵王りょうおう』が見事な舞であることは間違いないが、それだけではない。

 あの舞には別の意味もあると、女房たちだけは知っているのだ。

 藤壺尚侍ふじつぼのないしのかみ主上おかみの寵愛を受けているわけではない。

 まだ出仕したばかりだから、当然といえば当然なのだが、尚侍は『陵王りょうおう』の舞で帝の心を鷲掴みにしたと、女房たちは思っている。

 事実かどうかは分からないが、それはこれから分かることだろう。

 少なくとも、女房たちの間では「藤壺尚侍ふじつぼのないしのかみ主上おかみの寵妃になる」という認識が既に出来上がっていた。



 数日後、尚侍は清涼殿寝所に召された。

 これはいよいよ、と女房たちが色めき立つ。


主上おかみが尚侍さまをお呼びになるなんて」

「やはり……」


 後宮の勢力図は変わるだろう。

 確実に。

 誰もがそう確信した。




 

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