第4話五節の舞姫 参

「そ、それでは……尚侍ないしのかみとして出仕させては如何でしょうか?」


 帝の傍近くに控えていた頭弁とうのべん(二人いる蔵人頭くろうどのとうの一人)が進言する。


「尚侍か」

「はい。故内大臣の御息女であり、右大臣の猶子ゆうしの姫君ならば女御として入内じゅだいするのが筋でしょう。ですが、右大臣家には弘徽殿女御こきでんのにょうごさまがいらっしゃいます」

「……」


 右大臣は黙っていた。

 帝も沈黙する。


「妃として入内じゅだいし、義理とはいえ、姉にあたる弘徽殿女御こきでんのにょうごさまと寵を競うのは酷と言えましょう。それならば筆頭女官の尚侍として出仕なさる方がよろしいかと」

「確かに」


 帝は、右大臣に視線を向ける。


「右大臣、それで良いな?」

「……主上おかみの御心のままに」


 返答するまでに、僅かに間があった。

 表情は動いていないが、養女であり姪の宮仕えを快く思っていないのは明白だった。

 だが、帝が決めた以上、右大臣に否やはない。


「では、故内大臣の姫君を“尚侍”に任ずる。そのように取り計らうように」

「かしこまりました」


 帝の言葉に側近たちは一斉に頭を垂れる。

 こうして五節の舞姫は、従五位・尚侍として出仕することが決まった。








 尚侍ないしのかみ内侍司ないしのつかさの長官。

 女官の最高位。

 そう、飽くまでも女官。

 妃ではない。

 女官としての立場でしかないのだ。

 しかし、時と場合によっては帝の寵愛を賜ることもままある地位でもあった。


 新尚侍しんないしのかみは、飛香舎ひぎょうしゃに住まうことが決定した。

 以後、“藤壺尚侍ふじつぼのないしのかみ”と呼ばれることになる。


 帝の住まう清涼殿せいりょうでんからほど近い飛香舎ひぎょうしゃ

 帝が新しい尚侍を名指しで呼び寄せたことは周知の事実である。当然、他の妃たちの心中は穏やかではない。



主上おかみは、藤壺尚侍ふじつぼのないしのかみにご執心らしい』


 と、妃たちの間にまことしやかに囁かれた。


 尚侍が帝に侍るのは時間の問題だと、妃たちは思った。

 帝の気まぐれならば、尚侍ないしのかみの出仕は短い期間で終わるだろう。

 しかし、帝の寵愛を受けることになれば話は別だ。


 嘗て承香殿女御しょうきょうでんのにょうごと呼ばれていた女人がいる。

 亡き御息所みやすどころ

 曰く付きの女御は、帝の寵愛を一身に受けていた。

 もし、もしもだ。

 尚侍が、亡き御息所みやすどころ後釜あとがまになるとしたら。

 寵愛を得たら。

 後宮の勢力図は大きく塗り替えられる。


 後宮の妃たちにとって、新尚侍しんないしのかみの存在は脅威でしかない。








藤壺尚侍ふじつぼのないしのかみさまは、亡き枇杷内大臣びわのないだいじんの姫君だそうよ」

「まあ……」

主上おかみ入内じゅだいを勧めたらしいわ」

「それは、また……」

弘徽殿女御こきでんのにょうごさまとは従姉妹同士。それも義姉妹でもあると聞きますし。右大臣さまも、さぞやご心配でしょうね」

主上おかみもなにを考えていらっしゃるのかしら?藤壺尚侍ふじつぼのないしのかみさまを内裏にお入れなさるなんて」

「火種にならなければいいのだけれど……」


 面倒事はごめんだと、女房たちは顔を見合わせる。

 常に互いを牽制し合うのが妃とはいえ、巻き込まれる女房たちはたまったものではない。


弘徽殿女御こきでんのにょうごさまは大人しい方ですもの。大丈夫でしょう。それよりも、ねぇ」

「ええ。宣耀殿女御せんようでんのにょうごさまの方が心配だわ」

「そうよね。弘徽殿女御こきでんのにょうごさまよりも宣耀殿女御せんようでんのにょうごさまがお怒りになられないと良いのだけれど……」

「きっと、お怒りになりますわ。ご気性の激しい方ですもの」

「お怒りになった宣耀殿女御せんようでんのにょうごさまは、恐ろしいですからね……」


 妃に仕える女房たちの反応はさまざまだった。

 中には藤壺尚侍ふじつぼのないしのかみが後宮を牛耳るのではないかと疑う者もいれば、同情する者、警戒する者もいた。



 彼女が帝の寵愛を賜ることがあれば……。

 あるいは……。


 

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