神であった花達に永久なる夢の楽園を
蒼本栗谷
1.夢の花
震える瞼を開けた。冬の寒さに体が震えた。
窓から差し込む朝の日差し。鳥が鳴いている朝の時間。
「——あぁ、今日も夢が続いている。続いてくれている」
酷く安堵した。夢が終わらない事に。
酷く憂慮した。いつまで夢は存在してくれるのか。
だから今日も存在しているこの奇跡に祈りの言葉を口にする。
「おはよう、世界」
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何の変哲もないありきたりな日常。
そこで少し濃い褐色の肌と青い瞳、白いメッシュが三本ある生徒——
本の表紙には題名は書いておらず、ピンク色のブバルディアが
頬杖を突きながら題名のない本を見続ける真霧に「それは何?」「面白いの?」等と話しかける生徒は今の今まで誰一人としていない。
「……」
視線を時計に向け真霧はパタンと本を閉じ立ち上がる。鞄を持ち、教室から出た先で二人の生徒が真霧を待っていた。
「帰ろうぜ、真霧!」
「明日休みだから今日遊んで帰ろ!」
「うん」
幼馴染の男女に真霧は頷いた。三人で遊んで、代わり映えのしない毎日を過ごす――そんなありきたりな日常。
「また来週~!」
「またね!」
「ああ、また」
幼馴染と別れた真霧は薄暗い道を歩き家に帰る。
「ただいま」
一人暮らしには広すぎる二階建ての家で呟く。こんな家に一人で住んでいる理由は金持ちの家族が高校生になった祝いで真霧に買ってあげた新築の家————という設定。
静かな家の中を歩き、自室に向かい着替えずにベッドに倒れ込む。そして目を閉じようとした真霧の耳にメールが受信された音が聞こえた。
「あぁもう、少しぐらい休ませろよ……」
眉間に皺を寄せ日常で使っているスマホとは別のスマホを取り出しメールを確認する。そしてベッドから起き上がり、制服からパーカーの服へと着替える。右目につけている眼帯を外し、隠された目が顕わになる。
左目が青目なのに対し眼帯で隠されていた目は血のように赤い瞳——オッドアイだった。
眼帯をズボンのポケットに入れ、花が描かれた本を取り出し声を出す。
「『神の廃棄所:イトスギへ転移』」
言葉を発し終えた直後部屋から真霧の姿が跡形もなく消え去った。
真霧が目を開けると、そこは真っ暗な森の中だった。大量に生えたイトスギの木が生えた暗闇を真霧は迷いなく目的地へと向かう。
歩いて数分。ホラーゲームにありそうな豪邸が目の前にあった。
中に入ると二階から丁度降りて来ていたツインテールの銀髪の女性と目があった。
女性は来訪者に気づくとゆっくりと真霧に近づき、手を口元にもって愛おしそうに笑みを浮かべた。
「ブバルディア様。お待ちしておりました、主君がお呼びですわ」
「アンタが出迎えなんて珍しいな、ナズナ。いつもいないのに」
「今回の任務
ブバルディアと呼んだ事に突っ込まず真霧はぶっきらぼうな態度で、ナズナと呼んだ女性に接する。ナズナは真霧に無愛想だとなんだと怒る事なくクスクスと笑い、真霧を呼び出した者の元へ案内した。
連れられたのは二階東の一番奥に位置する部屋。ナズナと共に真霧はその部屋に入る
「来たか」
中に居たのは赤と黒の印象が強い男性――が椅子に座って半透明の端末を見ていた。赤いマントを肩にかけ、白いベストに黒のシャツ、肩までの黒髪に赤い横髪、真霧のような真っ赤な瞳に褐色の肌。
その中で隠されているが異質すぎて一際目立つ首の傷跡。だが真霧にはそんなもの異質とは思えなかった。何故なら真霧には首傷より以上のものがこの場にあったからだった。
「――うっっわ」
「人の顔を見てうわとはなんだ。そんな性格に育てた覚えはないぞ」
「育てられた覚えはないけど? 創られはしたけど。――で、黒薔薇、俺を呼び出した理由は?」
真霧は目の前の存在、己を生み出した創造神に説明を求めた。
表情が全くといい程動かない神に真霧は初めて会った時を思い出してしまう。
『生まれ育ったお前の世界が全て創られた空想上の
『それを俺に言うのか? カスか?』
『お前にとって都合のいい設定にしたんだからカスはやめてくれ』
『それでもその問いかけを俺にするのはカスだわ。クソ野郎』
「なんだこいつクソだろカスだろ壊れてるだろ。これが俺の生みの親?????」と思う程の最低最悪な対面会話だった。
彼らの正体は創造主に生み出された、花の名を持ち数多の世界を旅をする存在、旅神であった。
世界を旅し、その世界で繰り出される者達の物語に干渉/観測、創造主からの任務で世界に赴く――それが旅神が生み出された理由だった。
だが旅神は、気づかない内に生みの親である創造主に下らない理由で玩具にされていた。
黒薔薇曰く――。
『要約︰同じ物語を見ていてもツマラナイ。
……という理由で旅神は弄ばれていた。
黒薔薇と女性——ナズナも弄ばれた一人であった。黒薔薇は確実に精神を壊す為に絶望を与えられ、ナズナは主の役に立ちたいと期待に応え続けた結果不要とされ棄てられた。
そうして黒薔薇は決意した。こんなクソな創造主共が運営する秩序全て、壊してやると。
そして『裏切り』という意味合いを込めて彼らは
「梅、ガーベラがゴミに弄ばれている、解放してほしい」
「誰だ……」
「お前は会った事ないもんな。忠実な梅、希望のガーベラと呼ばれてる双子の旅神。鏡映しの姿だから見ればわかる。で、その二人がある箱庭——お前で言うなら世界だな。そこに閉じ込められてる」
「閉じ込められているとはどのような状況なのですか?」
「世界のある人物が死ねば決められた時間まで巻き戻る、前回の時に死亡していると記憶は持ち越しされず、来た当初の情報しかない状態にされる。巻き戻りの原因とされた存在は”必ず破滅する”特性持ち。巻き戻り前に生き残ったとしても未来の情報は語れない。——それが軽く1000回近く続いてる」
黒薔薇は手元の液晶を見ながら淡々と情報を開示していく。
声色、表情共々に何の感情も宿っていない。よく目を見ればわかると言った言葉があるが、何の感情も読み取れず無であるだけ。
仲間の仕打ちの情報を淡々と語るだけの機械のようだった。
「うっっわ」
仲間の仕打ちの情報と黒薔薇の様子に真霧は思わず声が漏れた。創られたとはいえ真霧は人間、人だからこその本音が表に出てしまった。
黒薔薇はそんな真霧に一瞬視線を寄越しただけですぐに視線を戻し情報を語る。
「しかもガーベラはあの世界で一度も死んでいないが、梅は高確率で死んでいる」
「あら~それはガーベラ様は大変ですわね、彼女梅の事何事よりも優先する程大好きと公言する方ですし」
クスクス、クスクスと嘲笑うかのような、面白がるナズナの仕草に対して真霧は心底不愉快ですといった歪んだ表情をした。
異質。仕草、表情何もかも人間のように見えて全く人間ではない。人ならざる神である事を真霧は酷く分からされてしまった。——こうはなりたくない。と半分人間半分旅神状態の真霧はそう深く思った。
話を終えた黒薔薇は手元に一冊の本を創り出し、二人に見せた。
本の表紙はどこの本屋にもありそうなアニメ風なイラストで、タイトルもありきたりなもの。黒薔薇は本の表紙軽くトントンと叩いた。
「これ、さっき話した梅とガーベラがいる世界」
「その本はどこから……」
「売ってた」
「売ってた!?」
「別の世界に物語として売っているよくある奴ですね」
「よくあるのか……」
いやよくあってたまるか!!!!! というツッコミを真霧はギリギリ呑み込んだ。
黒薔薇はそんな真霧に気づいてか一瞬視線を向けてから本を二人に渡した。
「これ渡すから事前知識仕込んでおけ」
「はぁい。では、主君。
「行ってらっしゃい」
突然これ以上にない程の満面の笑みを浮かべたナズナは、本を受け取りご機嫌な足取りで部屋から出ていった。
「テンションたっかいな」
「微笑ましいだろ。……? あれ、お前は出ていかないのか? 俺に何か用でも?」
部屋から出ていかない真霧を疑問に思い、黒薔薇は幼さを感じる表情し首を傾げた。その表情はどこにでもいる青年のような人間味のある顔だった。
「……アンタ、表情ある方が愛嬌あるぞ」
「は? 出してるが? え、もしかして、出てない?」
「行ってくる」
「おい真霧、待て、どうなんだよ、おい」
逃げるように真霧は部屋から出た。背後から黒薔薇の焦った声と椅子から立ち上がった音が聞こえたが完全スルーした。
「咄嗟に言い訳したけど、大丈夫だよな……」
口元を押さえ小声で呟きながら真霧はその場から離れた。
部屋に入った時思わず出た第一声。それは黒薔薇ではなく周辺に対して出た声だった。黒薔薇と初めて出会ってからずっと自分だけが気づいている、聞こえている首傷より一際目立つ異質な存在。
『ブバルディア。ブバルディアだ』
『かわいいかわいい
『空想のブバルディア、俺達の希望になりえる夢のブバルディア』
『見えてるよな。聞こえてるよな』
『黙ってて。俺達を』
『気づかれちゃいけない。見つかってはいけない』
『全てが無駄になる。全てが絶望と化す』
——半透明とはいえ同じ奴があんないたら出るだろ。慣れる訳がない。密集するな亡霊共……滅茶苦茶俺の心臓に悪い。あとさぁ、あいつの個人名言うのどうなんだよ、いつかやらかしそうなんだけど?
「はぁ、俺上手くやれるのかな」
建前の言葉を口にしながら真霧は本を読むために談話室へと向かっていった。
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