ハイヌウェレ

@RGSnemo10110104

ハイヌウェレ 木

知り合いが西瓜を贈ってくれた。

 コンコンとノックして甘味を訊ねてみると、ポンポンと心地の良い答えが返ってきた。

「バズタブに水を張っておきました。これでいつでもキンキンに冷えたものが頂けますよ」

 ブンブンと木刀を振り回しながら、私のよく知る小娘が悪びれもせずに宣った。

ひょんなことから知り合って以降、何かつけては私に付きまとってくる、かの忌まわしきぱっつん娘。ちくしょう、侵入を許してしまったか。

「勝手に俺の風呂場を弄るな。勝手に俺の部屋で木刀を振り回すな。そもそも、勝手に俺の家に入ってくるな」

 私は叫びながら小娘の木刀に指を突き付けた。だが彼奴はそれをものともせず、キョトンとした顔を浮かべて

「風呂場で冷やすのがお気に召さない、ということは小川のせせらぎにさらす方がお好きということでしょうか?」

 と、如何にもわざとらしく首を傾げた。その拍子に左斜め上二十一度に切り揃えられたぱっつんの前髪がひらりと揺れた。

「風呂場で冷やすとか、小川で冷やすとか、そういうことを言っているンじゃあない」

「冷やすこと自体が問題だ、ということでしょうか? まさかそのお歳で……いえ、近年は若い世代の患者も少なくはないとのことですし、失礼しました」

「知覚過敏でもないわッ! それから、手に持っている長物を床に降ろせッ」

「何故ですか。西瓜といえば西瓜割りでしょう。わざわざ物置小屋をひっくり返して見つけてきたのですよ。この業物を」

 ぱっつん娘は木刀を両手でがしりと握り締め、横に薙ぐようにして二、三回スイングしてみせた。その動きはバッティングの振り方だろうが。剣道でも西瓜割りでもしない動きだというのが分からないのだろうか。

「しかし、今思えばその通りかもしれません。この人数では西瓜割りをしてもあまり面白くなさそうですね。一切れずつ丁寧に切り分けていくというのもまた乙なものです」

 乙なものですと言いたいだけであろう小娘が、自転車のハンドルを握るように木刀を持ち替えた。その両拳が左右に引かれていくと、白く光る刀身が姿を見せた。嘘だろう。

「何はともあれ先ずは冷やしましょう」

 こいつ、真剣を振り回していやがった。


 @


 すとん、と緑と黒の縞々に沿って刀が落ちる。

 業物と言うだけあって、さしもの切れ味であった。とても物置小屋に眠っていたとは思えない。そんな一品をたかだか西瓜の切り分けに用いてしまって良いのだろうか。だが、そんなことを口に出せばこのぱっつん頭は「全く……良いですか? この日本刀は確かに優れた美術品であります。競売に出せばオートバイの、しかも大型を一台買えるほどの値がつくことでしょう。ですが、どれだけ美しかろうと、この日本刀が道具であることに変わりはありません。そして、道具であるからには、すべからく人間の営みを充足させる存在意義があるのです。これは刀です。刀とは人を斬るべきもの。しかし、人間を傷つけることは赦されざる行為ですので、代わりに人間の糧となる植物を断裁するのですよ」などとうんざりするような偏った思想の理屈=偏屈をくどくど垂れ流すに決まっている。なので、言わない。我ながら賢明だ。

「業物と言うだけあって、さしもの切れ味だ。とても物置小屋に眠っていたとは思えないが、そんな一品をたかだか西瓜の切り分けに用いてしまって良いのだろうか……とでも言いたげな顔をしていますね。全く……良いですか? この日本刀は確かに優れた美術品であります。競売に出せばオートバイの、しかも大型を一台買えるほどの値がつくことでしょう。ですが、どれだけ美しかろうと、この日本刀が道具であることに変わりはありません。そして、道具であるからには、すべからく人間の営みを充足させる存在意義があるのです。これは刀です。刀とは人を斬るべきもの。しかし、人間を傷つけることは赦されざる行為ですので、代わりに人間の糧となる植物を断裁するのですよ」

 言わなかっただろう。言わなかったというのに、何故私は此奴の偏屈を聞かねばならないのだ。ああ、脳味噌がガンガンする。この頭痛、小娘の常軌を逸した答弁が私の脳に刻まれたが故の気持ち悪さのせいか。或いは、小娘に私の脳の中を覗きこまれたが故の気持ち悪さのせいか。答えは両方である。気持ち悪さのダブルパンチ。

 私が奇異な体調不良に文字通り頭を痛めている間に、小娘は手際よく西瓜をカットしていく。真円から半円、さらに扇形へ赤い果肉は形を変えていく。

「取り敢えず、半玉だけ切り分けました。残りはまた今度、もっと多くの人を呼んで割りましょう」

「半分カットされたもので西瓜割りはなかなかしないぞ」

 ぱっつん娘は白い皿に西瓜を配膳しながら「ならパイオニアになれますね」と笑った。パイオニアか。実は私は、業界内においてパイオニアと称される身分にある。形は違えども、やはり悪くない響きだ。未知なる領域を切り開いていくフロンティアスピリッツに満ち満ちている。この小娘もたまには良いことを言う。

「……変わった味ですね」

 一足、いや、一口早く西瓜を食べていたぱっつん娘が感想を述べた。

「なんでも、著しく過酷な環境下でも生育できるように交配を繰り返したらしい。ゆくゆくはテラフォーミングに用いたいとのことだ」

 私は職業柄、遺伝子改良された動植物や、化学調味料を使用した食べ物を口にすることが出来ない。オーガニック食材しか受け付けない、インスタント食品は食べられない、という人間は私の属する業界の内外を問わず存在する。贈り主は、然様な境遇の人々が少なくないという事実をくみ取り、多種多様な植物の掛け合わせのみによって、この西瓜を創り出したのだ。その思いやりの心に溢れんばかりの感謝の念を贈りたい。

「これは、デザートというよりかはサラダですね」と小娘が塩の小瓶を振りながら言った。

「一理あるな。生ハムメロンという料理があるが、本場イタリアでは塩気の強い生ハムと、甘さ控えめのメロンと共に頂くものと聞く。この西瓜も副菜としての調理が適している類なのだろう」

 この発見は今後の研究の一助になり得るはずだ。後日、お礼と感想を兼ねた手紙を投函しよう。私は一口西瓜を齧った。

 やはり、不思議な味だった。

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