ファイル.04 呪いの動画といなくなったサキ
「はーい、ということで、僕は今、とある病院の廃墟に来ています。ここでは、入院中に亡くなったと言われている女の人の幽霊がたくさん目撃されています。病院の前にあるバス停跡でも赤いワンピースを来た女の子の幽霊がよく目撃されてるみたいですねー。今も、後ろから誰かに見られている感じがして、非常に怖いですー」
心霊系の動画を配信していることで有名な若い男性が、とある廃墟で動画配信をしていた。
「はーい。じゃあここで新しいアイテムを使いまーす。じゃじゃん。これ、ラジオに似てるけど、ラジオよりずっとすごいアイテムです。心霊系の配信見てる視聴者さんなら知ってると思うけど、一応説明するねー。これは、スピリットボックスといって、幽霊の声を聞くことが出来る特殊な機械でーす。僕も頑張って買っちゃいましたー」
男は無線機のようなアイテムを取り出すと電源を入れた。
「それじゃースイッチ入れて、幽霊とお話してみますねー。あーなんか機械の都合で、ラジオの放送とかノイズもひろっちゃうみたいだから、みんなも耳を澄まして幽霊の声を聞いてみてねー」
「ザザー……ザザー……明日の天気は……がお送りしました……ザザー」
スピリットボックスと呼ばれている機械から音声が流れた。
「うーん、やっぱり、ラジオの音声とノイズが多いねー。もう少しだけ聞いてみますかー」
「ザザー……ザザー……逃げろ……今すぐ……ザザー……」
「え……。みなさん聞きました? 今、男の人の声ではっきりと聞こえましたね。逃げろって。すいませーん。ここが危険ってことですかー」
突然、配信者の後ろから手が伸びてきて、配信者の腕を掴んだ。
「えっ! ちょっと、な、なんだよこれー! おい、やめろって!」
配信者は、そのまま画面の奥に映っている闇へと引っ張られていった。
「誰かが今、ものすごい力で僕のこと、引っ張ってます! おい、やめろよー! やめ……。う、うわー! たくさんの手に掴まれてます! だ、誰か、助けてくれー!」
そのまま、配信者は無数の手に掴まれて闇の中へと引き摺り込まれていった。
その後、彼の姿は見えなくなった。
「ザザザザザザ……」
残されたスピリットボックスは電源が入ったままだった。
「ザザー……次はお前の番だ……ザザザザザ……」
プツン。
◇◇◇
今、SNS上で噂になっている動画がある。
内容は、とある怪異系の動画配信者が心霊スポットとなっている廃墟で動画配信中に何者かに襲われ行方不明になっているというもの。
その動画をみた視聴者もまた、次々と行方不明となっているらしい。
朝、コーヒーを飲んでいた九十九にサキが話しかけてきた。
「先生、最近SNSで話題になってる動画知ってますか?」
「呪いの動画って言われてるやつだろ? 観ると二週間以内に行方不明になってしまうっていう」
「先生、知ってたんですねー。実は私、その動画観ちゃったんですよー」
「は?」
九十九は口に含んだコーヒーを吹き出しそうになるのを必死にこらえた。
「怪異ライターとして、記事のネタを探してたんです。そしたらー、あんな動画見ちゃったんですー。先生、助けてくださいー。動画の最後で、次はお前の番だって言われたんですよー」
「……まったく、しょうがないな。君は」
九十九は月刊ヌーの望月編集長に連絡をとり、ビデオ通話で相談していた。
「と、いうわけで、助手のサキがその動画を見てしまったみたいなんです。望月さん、この動画について、何か情報はありませんか?」
「なるほど。実は、うちの編集部にも読者からその動画の情報がいくつか来ています。その中の一人の読者が、証拠として、動画から切り抜いた画像を送ってくれたんです。これが本物だとすると、この動画配信者はどこかの廃墟で撮影していたようです。その読者の方によると、動画内で配信者は、ここは廃病院だと語っていたようなのです。ですから、場所を特定するのはそれほど難しくないと思います。今から九十九さんにその画像を送りますので、確認してもらってもいいですか?」
望月編集長から、配信者らしき男性の写った画像が送られてきた。
「ありがとうございます。こちらでも画像を確認できました。サキ君、この画像を見てくれ。これは君がみた動画と同じかな?」
「あ、私が見た動画と同じですー。この場所で間違いないです」
サキがうなづいた。
「よし、先手必勝だ。とりあえず、この動画に映っているという廃墟を探そう。望月さん、この場所がどこかわかりますか?」
「いえ、さすがにこの画像だけでは私もわかりません。ですが、編集部のサーバーには、全国の廃墟のデータベースもあるので、私も調べてみましょう。廃病院であれば、案外早く場所は特定出来ると思いますよ」
「望月さん、ありがとうございます」
「困った時はお互い様ですよ。九十九さんにはお世話になってますしね。では、何かわかれば連絡しますよ」
九十九は望月編集長にお礼を言うと通話を終了した。
「サキ君、とりあえず二人で廃墟を調べよう。日本中の廃墟になっている病院を調べるんだ」
「サキ君。サキ君。おい、サキ君……」
「いない。いつの間に? どこにいった?」
九十九はサキがいなくなっていることに気づき、慌てて外に飛び出したが、サキはいなかった。
そのまま、商店街をぐるりと回ったが、サキはどこにも見当たらなかった。
「商店街にもいないか。これはマズいな。だが、スマホ中毒のサキなら常にスマホを持ち歩いているはずだ。頼む、電話に出てくれ!」
「おかけになった電話は電源が入っていないか、 電波の届かない場所にあるため、かかりません……」
「電源が切られている? くそっ、遅かったか!」
九十九は何度も電話をかけ直すが、結果は同じだった。
『例の動画に人を操るような効果があったようだな。これは間違い無く怪異が関係しているぞ。どうする、うみか?』
『決まってるだろう、ゼロ。サキは絶対に連れ戻す。どんな手を使ってもだ』
九十九は、今まで誰にも見せたことのないような怖い顔をしていた。
『そうだよな、うみか。俺もサキを気に入っているからな。犯人には、俺たちを本気で怒らせたらどうなるか、思い知らせてやろうぜ』
九十九は急いで望月編集長に電話をかけ直した。
「望月さん、事情が変わりました。動画を見たサキがいなくなってしまったんです」
「それは大変だ。心配ですね。こちらもがんばってなるべく早くデータベースから画像の廃墟を探し出してみます」
「ありがとうございます。私たちももっと探してみます」
『九十九、焦るなとは言わない。サキが心配だものな。でも、とりあえず捜索の準備をして望月って人の返答を待とうぜ』
『……そうだなゼロ。ありがとう。今回、間違いなく怪異との対決がある。確実に勝てるように入念に準備をしておこう』
夕方になって、望月編集長から電話がかかってきた。
「九十九さん、遅くなってすいません。例の画像の場所がわかりましたよ」
「本当ですか!?」
「ええ。あの画像をうちの編集部で新しく導入したAIで詳しく調べてみたんです。そしたら、データベースの中に、あの画像とほとんど同じ場所が一箇所だけ出てきましてね」
「ありがとうございます、望月さん!」
「この画像の場所は、心霊スポットマニアの間で軍人病院と呼ばれている廃墟で間違いないです」
「軍人病院ですか?」
「はい。太平洋戦争が終わるまで、旧日本軍が研究所として利用していた建物なんです。戦後、そこを病院として利用していたため、軍人病院と呼ばれているようですね」
「そんな廃墟があるとは、知らなかったです」
「廃墟としては、病院としての方が有名ですが、閉ざされた入口から、昔研究所だった地下へと行けるとの噂もあります。ここは色々と事件があって、いわくつきになった廃墟でもありますから、現地に向かう時は気をつけてくださいね。今から詳しい場所を送りますよ」
「望月さん、ありがとう。早速向かってみます」
「九十九さんにこんなことをいうのも何ですが、お一人で探索するには、危険すぎる場所だと思いますよ」
「ご心配ありがとうございます。こう見えても、私は怪異探偵ですので。こういう場所の探索は慣れているのですよ」
(そう、私は一人じゃないからな……ゼロ)
「そうですか……。何かあれば、相談してくださいね。いつでも力になりますよ」
九十九はサキを見つけるために、軍人病院と呼ばれる廃墟へと向かうことにした。
「望月さんの送ってきた情報によると……、この廃病院は八王子市にあるのか。そこまで遠くないのは不幸中の幸いだ。この場所なら電車よりも車の方が、歩かないで済む分早く到着できる。待っていてくれサキ。必ず助けるからな」
九十九は久しぶりに事務所の近くの契約駐車場に停めてある黄色い軽自動車に乗って、八王子市にある廃病院へと向かった。
彼女の愛車は軽自動車としては珍しい二人乗りのオープンカーで、クラシックな見た目に一目惚れして買ったものである。
九十九の運転する車は首都高速道路を経由して、約一時間ほどで目的地の廃病院へと到着した。
「念のため、少し手前に停めておくか」
九十九は廃病院から少し距離を置いて、道路の端に車を寄せて駐車した。
その廃病院は、大きな洋館のような見た目をしており、とても美しい建築物だった。
しかし、病院の入口は白いバリケードで封鎖されていて、外から中を確認することは出来なかった。
バリケードの下部には、誰かが侵入するためにこじ開けたと思われる大きな穴が空いていた。
『すっかり暗くなってしまったなあ』
『サキが心配だからな。時間を惜しんではいられない。すぐに中を探索するよ』
『でも、本当にこの中にサキはいるのか?』
『ああ、私のカンが間違いないといっている。電車を乗り継げば、サキ一人でもなんとかここまでこれるからね』
『お前のカンはよく当たるからなあ。それなら、間違いなくこの中ににいるな。気をつけろ、建物の中から怪異の臭いがプンプンするぜ』
『ああ、わかっている。よし、かがめばなんとかこの穴から中に入れそうだ。いくよ、ゼロ』
九十九は、バリケード下部の穴をくぐって、廃病院の中に潜入した。
正面の入口から中に入ると、病院の受付になっていた広いロビーがあった。
そこから左右に廊下がつながっていて、正面の奥に二階への階段がある。
『思ったよりヤバいな。怪異がウロウロしているぜ』
『サキを見つけるまでは、無駄な戦闘は避けたい。君が臭いを嗅げば大体の怪異の位置はわかるだろうが、念のため、ヒトガタも飛ばして敵の状況を確認しながら進もう』
九十九はカバンから複数の小さな紙切れを取り出した。
『この国におわします八百万の神々よ、我が依代に宿り、我に力を貸したまえ』
『お、今回のはいつものよりずっと小さいなあ』
『敵に見つかりにくいように特別に作ったヒトガタだよ。色も目立たなくしてあるだろう?』
小さな紙にはいつもと違い、くすんだ迷彩に近い模様がついていた。
『なるほど、これなら怪異も気づかないかもな』
『思ったよりずっと広そうな病院だからね。とりあえず、こいつを飛ばしながら気をつけて先に進もう。何も考えずに探すよりずっと効率的だ』
九十九が作り出したヒトガタは、病院内を探索していった。
この病院はコンクリートで造られた三階建の建物だった。
建物内部は、外から見た時の印象よりもかなり広く、人間の面影のある怪異が、ヒタヒタと音をたてながら廊下を歩いていた。
『あの見た目、私たちのように人間と怪異が混じっているようだな』
『後で元に戻してやれ。あの剣、持ってきたんだろ?』
『ああ。だが、今はサキの救出が最優先だ。そっちに集中しよう』
九十九たちは、うまく怪異をやり過ごしながら、探索を続けていた。
『一階にはサキはいなかった。このまま階段を上って二階にあがるよ』
『そういや、この病院の地下に研究所があるんだっけか? その入口も見つけないとな』
『ああ。ヒトガタを一体、一階に残して、探索を続けさせるよ』
九十九は周囲を警戒しながら階段を上っていった。
二階にも、一階と同じように怪異が動き回っていた。
九十九たちは、怪異を上手くやり過ごしながら、二階を探索していった。
『ありがとう、ゼロの眼のおかげで暗闇でもバッチリと見えるよ。明かりをつけるとこちらの位置を相手に教えてしまうことになるから、懐中電灯は使えないからな』
『まあ、こういう場所を探索するのには九十九よりも俺の方が向いてるよな』
『本当に、君と融合してよかったよ、ゼロ。お、ヒトガタが通気口を見つけた。ここから地下に潜入させてみよう』
『それはよかった。うまく地下への入口を見つけられるといいな』
ヒトガタは、地下にある研究所の内部を進んでいるうちに、多くの人間とすれ違った。
『どうやら、かなりの人間が連れてこられたようだな』
『そんなにいるのか?』
『ああ。そしてみんな怪異に操られているようだ。マズいな。怪異になりかけている人間もいる』
『サキはいるのか?』
『いや、まだ見つからない。とりあえず私たちは病院の方の探索を優先しよう』
『ああ。こっちにいる可能性もあるからな』
九十九は二階の探索を終えて、三階へと向かった。
三階にも、怪異と化した元人間がうろついていた。
『しかし、これで三体目だぞ。怪異になっている人間、多くないか? あの動画が出回ったのがいつからかは知らないが、人間がこんなに怪異化するものなのか?』
『ここがただの病院の廃墟じゃないってことさ。地下に研究所もあるしな。悪意を持った何かがいるってことは確実だ』
九十九は、三階にいる怪異に見つからないように気をつけながら、探索を続けていった。
『うーん、ヒトガタに三階の部屋と屋上を確認させたが、サキはいないようだ。もう一度、一階に戻って地下の入口を探そう』
『そうか、やっぱり地下が怪しいんだな』
九十九は動き回る怪異をやり過ごしながら、一階へと戻ってきた。
『今、ヒトガタで地下への入口を探している。やはり、地下に人間が多くいるな……。ちっ、地下のヒトガタとリンクが切れた』
『怪異にやられたのか?』
『おそらくね。そして、向こうにもこちらの存在がバレた。もう、戦うしかないな。この病院の受付だったホールは、見通しが良くて戦いやすそうだ。そこで敵を迎え撃とう』
九十九は一階の中央にある、かつて受付だった大広間へと移動した。
すぐに一階を動き回っていた怪異が、受付へとやってきた。
怪異は九十九を見かけると、雄叫びのような声をあげた。
『まずはこいつをなんとかしないとな』
『ああ、二階と三階にいた奴らもすぐにここにくるだろうから、気をつけろよ』
『わかっている。ゼロ、力を借りるよ』
『ああ』
九十九の爪が狼のように鋭くなって、身体能力が強化された。
しゅるるるる。
突然、怪異の腕が伸びて、九十九を捕まえようとしてきた。
「こいつ、腕を伸ばせるのか!」
九十九は素早く反応して腕を回避した。
『九十九、腕が伸び切ったところを狙え!』
『そこだ!』
九十九は、伸び切った怪異の腕を鋭い爪で切り裂いた。
「グアアアアア!」
怪異は腕にかなりのダメージを負って苦しがっている。
そのまま、九十九は怪異の手足を攻撃して動けなくした。
「とりあえず動けなくさせてもらったよ。後で元に戻してやるからな」
二階と三階にいた怪異も受付にやってきた。
『次は二体だ。気をつけろよ』
『ああ、わかっているよ』
この二体は、ほとんど人の面影が無くなっていて、ホラーゲームの敵であるクリーチャーのような見た目になっていた。
『こいつらはほぼ怪異化しているから、さっきのやつより手強そうだ』
『ここまで怪異化が進行していると、もう元に戻せないだろう。残念だが、この二体は倒すしかないな』
「グオオオオオオ」
二体の怪異が同時に九十九に襲いかかってきた。
九十九は背後を取られないように気をつけながら、冷静に二体の攻撃をかわした。
次の瞬間、一体の怪異が、体内から緑色の液体を吐き出してきた。
「くっ!」
九十九は、とっさに持っていたカバンで液体を防いだ。
緑色の液体を受けた九十九のカバンが黒く焦げて、白い煙が上がっている。
『強酸性の液体だったか』
『よく反応したな。さすがうみかだ』
『次にアレを喰らったら流石にヤバい。本気でいくよ』
九十九は、受け身を取りながら、心の中で口上をとなえた。
『この国におわします八百万の神々よ、我が身体に宿り、我に力を与えたまえ』
自分自身に魂を憑依させて、付喪神となった九十九は、目にも止まらぬ速さで、二体の怪異の首を刈り取った。
二体の怪異の返り血を浴びて、九十九の白いスーツは真っ赤に染まってしまった。
『あちゃー。うみかのトレードマークの白いスーツが台無しだなあ』
『カバンもだよ。だが、サキに比べれば、こんなことはささいなことだ』
いつのまにか、人間たちが受付に集まってきていた。
『気をつけろうみか。こいつら、怪異に操られているぞ』
怪異に操られていた人間の中の、一人の男性が九十九に喋りかけてきた。
「私はここで人間たちを改造して新しい怪異を作り出しているんだ。邪魔をされては困るなあ」
「新しい怪異を作り出しているだと? そのために人間を集めているのか?」
「ふん、お前には関係のないことだよ。ほう、見たことがある顔だと思ったら、お前は、被検体番号99だな。子供の頃に組織に連れてこられた時は、取るに足らない特異能力しか発現しなかったはずだが。確か、被検体番号0と同化したんだったな」
「一体、何の話をしているんだ」
「くくく、お前は忘れていても、お前の中にいるコードナンバーゼロは私をよく知っているよ」
『気をつけろうみか。この人間を操っている本体は組織の関係者だ』
「なるほど。だが、今は関係ない。サキを返してもらうぞ」
「サキ? ああ、この女か」
受付の奥の部屋からナース服を来たサキが歩いてきた。
「サキ、サキ。大丈夫か?」
しかし、サキも他の人間と同じように怪異に操られているようで、何も答えなかった。
「ふふ、コードナンバー99。この女はお前の大切な人間のようだな。こいつはすでに怪異が混じっていたから、私の助手をしてもらうことにしたんだ。これからこいつにお前を始末させる。お前は彼女には手が出せまい? 大人しく始末されるんだな」
サキは突然九十九に襲いかかってきた。
「ちっ、サキと戦うことになるとは!」
「ううううう……」
サキは身に着けていたポシェットから手術用のメスを取り出して、九十九に投げつけてきた。
九十九はサキの投げたメスを回避する。
しかし、回避したはずのメスが向きを変えて、九十九の腕を切り裂いた。
「ぐっ! メスが方向を変えただと……」
「ふふ。私が操っているのは人間だけではないのさ。このまま私の操るメスに身体を切り刻まれて死ね」
サキはたくさんのメスを上に放り投げた。
無数のメスが九十九の方へと向かってくる。
『流石にこの数はかわしきれない。ゼロ、頼むよ』
『ああ、任せろ』
九十九の身体が更に狼に近くなり、身体能力が強化された。
ゼロに身体を預けて、狼人間のようになった九十九は、飛んできたメスを全て叩き落とした。
そして、全てのメスを拾い上げると、手でぐにゃりと曲げて使い物にならなくした。
「ほほう。やはりゼロが混じっているだけのことはある。怪異化するとそれなりに強いな。だが、これならどうかな?」
サキは、新たなメスを取り出すと、自身の首元にメスを当てた。
「この女の生死は、私にかかっている。大人しく、私の言うことを聞くなら、助けてやってもいいが、どうする?」
「……」
九十九は、狼人間の姿から、普段の姿へと戻った。
「ふふ、それでいい。コードナンバー99、ゼロと一緒に私たちの組織に戻ってこい。それで、この女は解放してやる」
九十九は、何故か冷静にサキを見つめていた。
「……お前がまだ、私の能力をよく知らなくて助かったよ」
「何を言っている?」
『この国におわします八百万の神々よ、我が友の身体に宿り、我が友を救いたまえ』
九十九はサキに神を憑依させて付喪神にした。
「コントロールが効かないだと! お前、一体何をした!」
「そこにいるんだろ? 隠れてないで出てきな!」
九十九はサキが出てきた受付の奥にある部屋を睨みながら叫んだ。
「ちっ、この女と私のリンクをたどって気づかれたか!」
「何度か私を操ろうとしたようだが、無駄だ。私の中にいる相棒は、特異能力に抵抗できるんだ。だから、お前の能力は、私には効かない。逆に、私がお前を付喪神にして操ってやる。そして、お前の知っていることを全て話してもらうよ」
『自分自身の姿を隠して、わざわざサキに戦わせたのは、おそらくこいつ自身は戦闘がそこまで得意ではないからだ。このまま一気にカタをつけるよ、ゼロ』
「なるほど、ゼロと交わったことで能力が大幅に強化されたようだな。だが、今、お前たちに捕まるわけにはいかないのでね……」
組織の幹部の男は自身の周囲に闇を発生させた。
そしてそのまま闇に包み込まれて、姿を消してしまった。
『気配が消えた!』
『ちっ、逃げられたか……』
『とりあえず、サキだ!』
九十九は、サキのもとへと駆けよった。
「サキ君、サキ君、大丈夫か?」
九十九が、倒れているサキを抱き上げながら呼びかける。
「あ、先生。助けに来てくれたんですね。サキ、とてもうれしいです」
「当たり前だろ。無事でよかった」
九十九がサキを抱きしめる。
「先生、ごめんなさい。いっぱい迷惑かけてしまいました。サキは先生の助手失格ですね」
サキは泣きながら九十九に頭を下げた。
「私は君が助手じゃないと、探偵ではいられないよ。だから、ずっと私の助手でいてくれ。サキ君」
「いいんですかあ? えーん。先生、やさしい。大好きですー」
サキは九十九に抱かれながら泣きじゃくった。
「さて、ここを詳しく調べたい気もするが、嫌な予感がするんだ。すぐに離れよう。あ、その前に、ソハヤノツルギで怪異になりかけてる人間たちを元に戻してあげないとな」
九十九たちは廃墟の病院から外へ脱出して、黄色い軽自動車を駐車した場所まで戻ってきた。
「あ、先生、黄色いミニカちゃんで来たんですねー。私、この車、大好きなんですよー」
「ふふ、そうだったね。あ、そういえば私、何も食べてなかったよ。サキ君、何か食べていこうか?」
「わあー。私も腹ペコだったんですよー。がっつり食べられる所がいいでーす」
九十九は車のエンジンを始動させて、八王子インターチェンジへと向かった。
「あー、服が血まみれなのを忘れてた。着替えを持ってくればよかったなー」
「どこかで服を買えばいいじゃないですかー。私、先生の代わりに服、買ってきますよー」
「君もナース服姿だけど、大丈夫かい?」
「え? あー、何これー! これじゃあ私、コスプレしてる人見たいじゃないですかー! 確かにシートベルト着けたとき、なんか変だなとは思ったんですよー」
「ははははは。これじゃあドライブスルーも無理だねえ。事務所に戻るまで、食事はお預けかな?」
「そんなーー!」
◇◇◇
次の日の夜、とあるニュースが流れた。
「次のニュースです。本日正午頃、東京都八王子市にある旧T病院跡の建物で爆発が起きました。警察の発表によると、地下から漏れていたメタンガスに何らかの理由で引火したのが原因とのことです。警察では引き続き原因を調査しています……」
ニュースに映りだした映像では、廃病院が骨組みだけを残して吹き飛んでいた。
「いやー、跡形もなく吹き飛んでますねー」
「証拠を隠滅したってわけか……。私たちも危なそうだな。気をつけようね、サキ君」
「はい。でも、今度は私が先生を守りますからねー」
「ふふ、うれしいこと言ってくれるじゃないの、サキ君」
コーヒーを飲みながら、九十九はサキの頭を優しくなでた。
◇◇◇
今回の事件の動画を作ったのはとある組織の男だった。
廃病院から逃げた、あの男である。
彼は組織のために、人を操る動画を利用して人間を集めて、研究所で怪異化していたのだ。
この組織は、怪異や怪異化した人間を使って、この国で事件を起こして国民の不安を煽るのが目的だった。
そして、組織から、怪異を倒す救世主を出すことで、不安になった人々から支持を集めて、組織がこの国を乗っ取ろうとしていた。
自作自演だが、人々の心を掴み支持を得るためには効果的な方法だと、組織のボスは考えていた。
この組織の幹部は、ボスからコードネームが与えられている。
ハーゲンティというコードネームを持つこの男は、組織のアジトで怒りを爆発させていた。
「まさか、研究所が爆破されてしまうとは。コードナンバー99。よくも私に恥をかかせてくれたな。絶対に許さんぞ。確かお前は九十九……」
「ずいぶんとお怒りですねえ、ハーゲンティ」
黒い山高帽を被った男が、部下を引き連れてハーゲンティの前へとやってきた。
「おい、これは何の真似だ、ダンタリオン」
組織の幹部たちはお互いをコードネームで呼び合っていた。
「ハーゲンティ、ボスはあなたに失望したとのことです。あなたが無作為に動画で人間を誘い出したりしなければ、研究所を爆破せずに済んだのですからね。よって、あなたには組織の掟に従ってもらいます」
「おい、何をふざけたことを。お前ら、俺を誰だと思っている! やめろ! やめないと、ただでは……」
「往生際が悪いですよ、ハーゲンティ」
黒い山高帽を被った男が、ハーゲンティをにらみつけると、彼は急に意識を失って倒れ込んだ。
そのまま、ダンタリオンと呼ばれた男は、部下に命じてハーゲンティを連行させた。
その後、幹部のハーゲンティは公開処刑され、その様子を収めた動画がダークウェブ上で公開された。
黒い山高帽を被った男ダンタリオン。
彼の正体は、月刊ヌーの望月編集長その人だった。
「九十九さん、あなたはまりえさんを助けてくれましたから、これぐらいは協力してあげないとね。これからもあなたの味方でいますよ。私の邪魔をしないなら、ですけどね。それに、あなたは失った記憶を取り戻せば、きっと我々の組織に戻ってくるでしょうから、その時を楽しみにしていますよ、コードナンバー99」
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