ファイル.02 神隠しの村に巣食う大蛇と二人の姉妹

 高円寺の賑やかな商店街のいっかくにある九十九探偵事務所。

 ここは完全予約制で、所長の九十九卯魅花の気に入った案件しか受けないため、賑やかな商店街とは裏腹に、訪れる人は少なかった。


 事務所で働いている助手の鷹野サキは、テレビでワイドショーを観ながら電話を待っていた。


「はぁ……。なかなか仕事が来ませんねえ」


 ちりりりりりりん。

 

 突然、事務室にあるアンティークの黒電話が鳴り出した。


「お、久しぶりの仕事ですかねえ」


 退屈していたサキが、ワクワクしながら電話をとった。


「はい、こちら、九十九探偵事務所です」


「もしもし、あ、サキちゃん、久しぶりー。伊藤まりえでーす」


「あ、まりえさーん。お久しぶりですー」


「サキちゃん、九十九先生、いるかな?」


「はいはい、今代わりますねー。先生、まりえさんから電話ですよー」


「お、懐かしい人物から電話だね、今代わるよ」


 事務室の奥の部屋から、昼寝から起きたばかりでまだ眠そうな顔をした九十九がやってきた。


(ふふ、寝起きの先生もかわいいですねー)


 サキがニヤニヤしながら受話器を九十九に手渡した。


「もしもし、九十九です」


「あ、うみちゃん、久しぶりー。まりえでーす」


「まりえは元気そうでなによりだよ。それで、今回はどんな用事なの?」


「実は、うみちゃんに仕事を頼みたくてね」


「ふふ、私にわざわざ依頼するってことは、怪異絡みだね?」


「もちろんそうだよ。実はね……」

 

 九十九の友人で怪異絡みのネタを追っているフリーライターの伊藤まりえから、取材を手伝ってほしいと依頼が入った。


 伊藤まりえは、九十九たちの協力者でもである。

 とある怪異が引き起こした事件に巻き込まれたまりえを、偶然九十九が助け出したのが最初の出会いだった。

 お互いに怪異関係の仕事をしていた九十九とまりえは意気投合し、それから二人は定期的に、お互いの仕事の手助けをしていたのだ。

 

 次の日、まりえは九十九の事務所を訪れた。


 伊藤まりえは九十九と同い年の三十歳。

 背が高くスラっとした体型の素敵なお姉さんで、艶のある黒髪でミディアムボブの髪型をしている。

 まりえは、普段は別の仕事をしながら、怪異や超常現象専門のライターとして、月刊ヌーという怪異の専門雑誌に記事を連載していた。

 

「久しぶりだね、サキちゃん」

 

「あ、まりえさん。お久しぶりですねえ」

 

「まりえ、あなたから仕事を依頼してくるなんて珍しいじゃない」


 事務所の奥から眠そうな顔をした九十九が出てきて、挨拶代わりに手を軽く上げた。

 

「あ、うみちゃん。お久しぶりー。今度、私、I県の山奥にある村の取材に行く予定なんだけどさ。まあ、私、フリーのライターだから、女一人だけでは取材に限界があるのよ。それで、いつも同行を頼んでる霊媒師の人がいるんだけど、彼女、急に体調が悪くなっちゃったみたいでさ。それで、うみちゃんに取材に同行してもらいたいんだよね。I県なら同じ関東だし、東京からもそこまで離れてないから、いいでしょ?」

 

「I県かあ。山奥の方だと、それなりに時間がかかりそうねえ。まあいいわ。とりあえず、今回はどんな内容を追ってるのか、教えてくれる?」


 椅子に座った九十九が足を組みながらまりえに話しかけた。


「実はね、信じられないと思うんだけど、今も神隠しが起きている村があってね。そこに取材に行こうと思ってるのよ」


「へえ、この令和の時代に神隠しとはねえ。実に興味深いわ」


「でしょう? 都市伝説を追ってる私としては、絶対に記事にしたいのよ。だから、協力してくれると嬉しいわ。もちろん、報酬はちゃんと払うよ」


『間違い無く怪異が関係しているな。これは面白そうだぜ、うみか。上物の怪異が食えそうだ』


『お前は食べることばかりだな、ゼロ。だが、確かに上位の怪異が関係してそうだね。実に興味深いよ』


「よし、引き受けるよ。一応契約書にサインしてくれるかな? 親しき中にもなんとやらって言うだろう? サキ君、準備してくれるかな?」


「はいはーい、ただいま印刷して渡しますねー」

 

 まりえによると、現在も神隠しが起きている村があるという。

 九十九は助手のサキを連れてまりえの取材に同行することにした。

 

 今回、三人が取材に向かうのは、I県の山奥にある神逢瀬村。

 東京からは直線距離で100km以上も離れている。

 この地域を通る電車が廃線になってしまったため、この村にいくには車を使わなくてはならなかった。


 九十九たちは、まりえの運転する四角いフォルムのSUVに乗っていた。


「まりえが車を出してくれて本当によかったよ。私の車は軽だし、二人乗りだからね。遠出するには色々と厳しいからさ」


「こちらこそ、新しい車じゃなくてごめんね。お金が無くて、中々新車も買えなくてさ」


「いや、十分すごいですよ。中もキレイですし。この車なら、山道だってスイスイ進めるんじゃないですか?」


「まあねえ。そのために買ったようなもんだし。取材する場所によっては、舗装されてない道もあるからねー」


「思ったより、お店とかあるんですね。もっと田舎かと思ってました」


「この辺りはね。もう少し山の方へ行くと何も無くなるから。あ、次、コンビニあったら寄って行こうか?」


「うん、お願いするよ。朝早かったから、少し眠くなってきてね。コーヒーが飲みたいんだ」


「了解でーす。でも、うみちゃんは相変わらずコーヒーが好きなのねえ。でも、山の方に行くと、村まではトイレが無いから気をつけてよ」


「ああ、わかってるよ」


 今、三人が向かっている神逢瀬村は、山奥にあるが、昔は炭鉱があり、そこそこ栄えていたようで大きな村だった。

 炭鉱が栄えていた頃には、炭鉱の周辺だけでも五千人を超える人々が住んでいて、当時の東京を超えると言われるほどの人口密度を誇っていた。

 しかし、石炭から石油へとエネルギーか移り変わっていくと、この村も一気に寂れてしまった。


 三人を乗せたSUVは山道を登っていった。

 まりえの話したとおり、周りには何も無かった。


「この道、街灯も無いんですね。夜に来たら怖そうです」


「昔はお店もあったみたいだけどね。人が少なくなってからは、ご覧のとおりだよ。バスも廃線してしまったから、本当に車が無いと生活が出来ないんだ」


「田舎では車は必需品っていいますからねー」


「東京に住んでると考えられないけどな」


「さあ着いたよ。ここが神逢瀬村だ」


 三人は車から降りた。


「思ったより大きい村ですね。もっと小さな集落かと思っていました」


「昔、ここには炭鉱があって、その頃に開発されていたから、思ったよりも開けているのよ。そして、今は観光でここを訪れる人が結構いる。村には温泉もあるしね」


「へえ、温泉もあるんだー」


「うん。ここの温泉は意外と評判がよくて、遠くからも入りにくる人がいるみたい。けど、炭鉱跡の方は人が住んでいないから、ゴーストタウンみたいになっているよ。心霊スポットとして、よく心霊系の動画配信者なんかが取り上げてるくらいにね。今は、そっちの方が有名かもしれないよ」


「なるほど。そっちも面白そうだな。サキ君。後で見に行ってみよう」


「ふふ、先生は遺跡が好きですからねー。炭鉱跡とか大好きですものね。あ、まりえさん。私も好きなんですよ。ゲームのダンジョンみたいでワクワクするんですー」


「ふふ、二人とも、本当に遺跡が好きなのね。後で案内してあげるわ」


「それより、さっき、ここの人たちに挨拶したのに、知らんぷりされました。なんか感じ悪かったですー」


「ま、私たちはよそ者だからな。仕方ないよ」


 九十九たちの言うとおり、この村の住人は、よそ者には冷たい対応をしている。

 なので、基本的には向こうから話しかけてくるどころか、目を合わせることすら無い。


 しかし、何故かまりえを見ると態度が変わり、向こうから挨拶をしてくれるようになった。


「まりえ、あの人知り合いなの?」


「以前にもここに取材に来たことがあるからね。それで私の顔を知ってるのよ」


「なるほどねえ。」


(しかし、田舎っていうのはよそ者に冷たいって聞くけど、ここまでとはね……)


「そして、この村の奥には、禁足地となっている森があってね。その森に入ると、二度と戻って来られないから、帰らずの森と呼ばれているの。だから、村人たちは小さな頃から、ここには絶対に近づくなと言われているらしいわ」


「その森と、この村で起きている神隠しって何か関係がありそうね」


「ええ、それを調べるために、今回ここに取材に来たのよ」


 サキの話では、この村の奥には帰らずの森と呼ばれている禁足地が存在するということだった。


『おい、うみか。森の方から怪異の臭いがプンプンするぜ』

 

『と、いうことは、やはり神隠しは怪異の仕業か。だが、まだ何かありそうだ。なんとなくだが、この村の人間は何かを隠している気がするんだ』


『カンってやつか?』


『ああ』


『なるほど。お前のカンはよく当たるからなあ。それで、何か対策を打つのか?』


『ああ、前に使った、紙の依代を使って付喪神を作る。これで村人たちの会話を聞き出してみようと思うんだ』


『盗み聞きかあ』


『嫌な言い方はよせ。あくまで調査のためだ。探偵にとって、盗聴は基本手技なんだよ、ゼロ君』


『わかってるって。うみかは、村人も怪異とグルかもってことを知りたいんだろ?』


『そうさ。村人たちが、神隠しの伝説を利用して、怪異に生贄を差し出している可能性も考えられるからね』


『人間の敵は人間ってわけだな。怖いねえ、人間って奴は』


 九十九が作り出した付喪神で村人たちを観察した結果、やはり、村人たちは何故か次に神隠しにあう人間を知っているらしかった。


『やはり、村人たちは何かを隠している。怪異のことをよく知っているようだ』


『村人たちにも気をつけた方がいいな。気づいたら、俺たちが生贄になってるかもしれないぜ』


『何が起こるかわからないからな。そうならないように気をつけるよ』

 

 三人は、まりえが事前に手配していた、この村で空家となっている建物に宿泊することにした。

 古くからある日本家屋の民家だが、きちんと手入れがされていて、年数を考えれば十分すぎる家だった。

 

「思ったより、綺麗な家でよかったです」

 

「少し前に民泊が流行った時に、いろいろと手入れしたみたいだよ。農家民泊として、観光客を宿泊させていたみたいね」


「確かにさっき、ここに観光に来る人がいるっていってたわね。温泉以外にも、何かいい場所があるの?」


「この村の近くに、太刀割岩という人気の観光スポットがあってね。崖の上にある大きな岩なんだけど、まるで刀で真っ二つに切ったように二つに割れた岩なの。何年か前に、鬼と戦う剣士のアニメで、大きな岩を剣で斬るシーンがあったでしょ? そのおかげで、そこがアニメの聖地として取り上げられて、観光客が多く訪れるようになったのよ」


「そんな場所があるのねえ。知らなかったわ」

 

「この家にはお風呂が無いんだけど、二人も温泉、入るでしょう? 村の中心に温泉施設があるから、みんなでそこに入りに行きましょう」


「はーい。温泉、楽しみでーす」


◇◇◇


 三人は村で唯一の温泉に入った。


 温泉は露天風呂となっていて、自然を満喫出来る空間となっている。

 温泉の湯は白く濁っていた。

 効能として、美肌効果があるらしい。

 三人はゆっくりと温泉に浸かって、疲れを癒していた。


「うーん、やっぱり温泉は最高ですねー」


「そういえば、サキは温泉が大好きだったな」


「東京には露天風呂はあんまり無いですからねー。やっぱり外で温泉につかるのは最高でーす」


「ふふ、サキちゃんがこんなに喜んでくれるなんて。二人を連れてきてよかったわ」


「まりえさーん。本当にありがとうございまーす」


◇◇◇

 

 九十九たちが温泉施設から古民家へ戻ってきた時には、辺りはすっかり暗くなっていた。

 三人は、食事をした後に、この村の神隠しについての話を始めた。

 

「そういえば、この村には、昔から神隠しの伝承があったんでしょう? それを詳しく教えてくれない?」

 

 まりえはうなづくと、村の神隠しの伝説について話し始めた。

 この村の奥にある森には、昔から大蛇の神様が住んでいる。

 そして、その大蛇が、村人を攫うため、神隠しが起きているというものだった。

 

「そして、信じられないけど、今もこの村では神隠しが起きているの。禁足地となっている森も健在だしね。もしかしたら、本当に大蛇がいるのかもしれない」

 

 九十九は、この話をしているまりえが、何故か思い詰めた表情をしていることに気づいた。


「深刻そうな顔してるけど、大丈夫?」


「え……。あ、ああ、大丈夫よ。ありがとう、うみちゃん」


「あのー、ずっと気になっていたんですけど、禁足地っていうのは何なんですか?」


「禁足地っていうのはね、様々な理由で、中に入ることを禁じられた場所のことをいうの」


「へえー、知らなかったです。立入禁止ってことなんですねー」


「そうだよ。だから、村人に怒られないように、こっそりと調査しようね」


 九十九とサキが寝込んだあと、まりえが二人を起こさないように静かに起き上がった。


(まあ、手を握り合って寝ているわ。本当に仲がいいのね。……やっぱりこの二人を巻き込むわけにはいかない。私一人でカタをつけるよ、ユキ。姉さんが、必ずあなたの仇をとるからね)


◇◇◇

 

 次の日の朝、九十九はサキに叩き起こされた。 


「先生、起きてください! まりえさんがいません!」


 まりえの掛け布団がめくれあがっていた。

 九十九は慌てて布団を触る。

 ──冷たい。

 ここを出てだいぶ時間が経っているようだ。


「嫌な予感がする。森の方へ向かったのかもしれない」


「一人でですか? どうして?」


「わからない。だが、そんな気がするんだ」


「先生の予感は当たりますからね。これは間違いなく森へ行ってますね」


「サキ君、すぐに準備してくれ。とりあえず、森の入口へいってみよう」

 

 九十九は、村人たちを観察させていた付喪神を解除した。


「先生、昨日から付喪神の能力をずっと使ってましたけど、何かわかったんですか?」


「ああ、ここの村人たちは、神隠しに協力していたのかもしれない」


「神隠しの真相を知っていて、怪異に協力していたってことですか?」


「ああ。だとすると、この村は、私たちが思ったよりずっとヤバそうだ。……まりえが心配だ。急ごうサキ君」


「はい!」

 

 九十九は付喪神の能力を使って、ずっと村人たちの様子を探っていた。

 それによって、村人が定期的に禁足地の森にいる怪異に生贄を差し出していること。

 それを隠すために、神隠しにあったということにしていることがわかった。

 そのため、村人たちは、次に神隠しにあう人間を選別していたのだ。


『まりえは禁足地の森へ行った可能性が高い。力を貸してくれ、ゼロ』


『もちろんだ。だが、森の奥の怪異は、臭いが強いぞ。正直、かなり手強そうだ。気をつけろよ、うみか』


『君がそう言うってことは、相当手強い怪異のようだな。用心するよ。ありがとう』


「サキ君、この森の怪異はかなり手強そうだ。気を引き締めていこうね」


「わかりました先生。警戒を怠るな、ですね?」


「ああ。周囲へ気を集中させながら進もう」


◇◇◇


 二人は森の入口に着いた。

 

 禁足地である帰らずの森は、一度入ったら二度と出られないと言われている。


「先生、思ったより薄暗い場所ですねー」


「木々が生い茂っているからな。太陽の光が遮られてしまうんだ」


 ちりん、ちりん。


 ふいに鈴の音が鳴った。


「え、何? 先生、なんでこんなところで鈴の音が聞こえるんですかー!?」


 驚いたサキは九十九の腕にしがみついた。


「サキ君、あれをみてごらん」


「なんなんです、あれはー」


 サキか九十九が指差す先の方を見ると、木と木の間に鈴がついたロープが張り巡らされていて、鈴が鳴っていた。

 

 ちりん、ちりん、ちりん、ちりん。


 二人がロープに近づくにつれて、鈴の音は大きくなり、ロープも激しく揺れだした。


「そんな、風も吹いてないのにどうして?」


「この鈴は私たちに警告しているんだ。ここから先へ進むのは危険だとね。おそらくここに作られた結界の一部なんだろう」


「結界……ですか?」


「ああ、この森が禁足地になっているのは、ここが結界として機能しているからなんだろう。この中にいる怪異をこの場所へ押し留めているのさ」


「なるほど、そういうことだったんですねー」

 

「サキ君。君も感じているだろうけど、ここに来てからずっと、誰かに見られているような感覚がある。気をつけて進もう」

 

 しばらく進むと、沢山の鉄柵が設置されており、柵の向こう側への進入を妨げていた。


「これも結界の一部なのかしら。ここから先へは進入するなってこと?」


「サキ君。おそらくまりえはここを乗り越えて中に進入しているよ。これを見てくれ」


「これは!」


 まりえの来ていた服についていたボタンが、鉄柵によし登った時に引っかかったのか、鉄柵のすぐ下に落ちていた。


「どうやら彼女がこの先に進んでいったのは間違いないようだね」

 

 二人は森の奥へと進んでいったが、まるで迷いの森のように、同じような場所を延々と歩いているような感覚に陥っていた。


「先生、さっきからずっと同じような場所をぐるぐる回っている気がしますー」


『どうやらこの森自体も怪異の影響を受けているようだな。進入者を惑わせようとしている。俺が怪異の臭いを辿って道を教えてやるよ』


『ああ、頼むよゼロ。まりえが心配だからな。一秒でも早く怪異と接触したい』


『任せてくれ。あ、そこにデカい木があるだろ。その木を右に進んでくれ』


「サキ君。私が怪異の臭いを辿ってみるよ。ついて来てくれ」


「はーい」


 九十九たちは怪異の臭いを辿ることで、森の最深部まで到達することができた。

 

 森の最深部には、六本の大木があった。

 その大木には、しめ縄がくくってあり、その中央には台座があり、不思議な模様の彫られた木箱が置かれていた。


「この大木と、木箱は、まさか……」


 九十九は、木箱に近づくと、裏側にあった引き戸を開けて、中を確認した。


 箱の中には複数の短い木の棒が、何かの模様を描くように置かれている。


「なるほど、これは姦姦蛇螺(かんかんだら)だな……」


「姦姦蛇螺ですか?」


「ああ、インターネット上の都市伝説で有名な怪異だ。その昔、大蛇に食べられた巫女がその大蛇と一体化して怪異となったものだ」


「待ってください先生。大蛇の怪異って、この村の神隠しにも関わってるって……」


「いいところに気がついたね。姦姦蛇螺も、元は大蛇だったんだ。昔、とある村を襲った大蛇が襲っていた。それを見かねたとある巫女が、自分が大蛇を倒すと申し出たんだ。巫女は善戦していたんだけど、徐々に大蛇に押されてしまう。そして、巫女が下半身を大蛇に食われて負けそうになった時、あろうことか、村人は巫女を裏切って大蛇側についてしまったんだ。村人に裏切られた巫女は大蛇に食べられてしまった。しかし、巫女の凄まじい怨念と執念によって、彼女はこの大蛇を逆に乗っ取ってしまったんだ。だから、この巫女が姦姦蛇螺の本体だとも言われているよ」


「ええー、姦姦蛇螺の本体って、大蛇じゃなくて、食べられた巫女さんだったんですかー!?」


「ああ、だから、巫女の姿で現れることもあるみたいだよ。そして、ギリシャ神話に登場するラミアーと見た目が似ているから、その関連性も指摘されている」


「あ、ラミアーなら私も知っていますよ。RPGで定番のモンスターですよね、上半身が裸の女性の。私の大好きなドラゴンファンタジーにも出てきますから。なるほど、姦姦蛇螺って、ああいう感じのちょっとえちえちな見た目なんですねー」


「えちえちは余計だよ、サキ君。それで、ここの村人たちは意図的に神隠しを起こしていたみたいなんだ。神隠しと称して、生贄を姦姦蛇螺に差し出していたようだね」


(姦姦蛇螺か……。こいつは厄介な怪異だぜうみか。力を失っている今の俺では敵わないかもしれないな)

 

 村人たちは、一年に一度、禁足地にいる怪異に生贄を差し出していた。

 生贄に出せる人間を用意出来なかった時は、村を偶然訪れた人間や、それでも手に入らない場合は、隣町まで人を攫いにいくこともあった。

 そうした人が失踪した理由として、神隠しの伝説は都合が良かった。


(まりえは、姦姦蛇螺のことを知っていたんだろう。そして、何らかの理由で、一人で怪異を倒しにいった。何かあった時のために、私たちを呼んでいたのだろうに……)


「姦姦蛇螺を呼び出すために、この木の棒を動かすよ。覚悟はいいね? サキ君」


「先生の助手ですから。危険なことにはもう慣れていますよ」


『ゼロ、警戒を頼むよ』


『わかっている。うみかも気をつけろよ』


 九十九たちは、箱の中の棒を動かした。


『うみか、後ろだ。後ろから来るぞ』


『ありがとう、ゼロ』


「サキ君、後ろだ! 来るぞ!」


 九十九たちの背後から、上半身が裸の女性で、下半身が蛇の姿をした怪異が、恐ろしい速さで近づいてきた。


「来たか。サキ君は私の後ろにいろ!」


「はい、先生!」


『ゼロ、君の力を解放するぞ!』


『ああ、任せろ!』


 九十九は、ゼロの力を解放した。

 九十九の身体に、ゼロの狼の特徴が出現して、白く輝くオーラが全身を覆った。


 九十九の爪が狼のように鋭くなり、素早く姦姦蛇螺の腕を切り裂いた。


 腕を切り裂かれた姦姦蛇螺は、すぐに別の腕を生やして、腕を増やした。


 そして……。


「うみちゃん、うみちゃん、助けて!」


「お前は……、まりえ!」


 姦姦蛇螺のお腹に、まりえの顔が出現した。


「ちっ、すでに取り込まれていたか!」


 姦姦蛇螺と戦う九十九だったが、まりえの顔を見た九十九は、明らかに動揺していた。


「人間よ、聞け。私は、私を裏切った人間たちの子孫を、簡単に許すわけにはいかなかった。だが、年月が流れて、私も丸くなったのさ。だから、今はあいつらが贄を差し出すことで、あいつらの罪を許してやっているのだ。そして、これはこの村の人間では無いお前には、関係のないことだ。お前が今すぐ手を引くなら、この場所に立ち入った罪を許して、見逃してやってもいい。どうする?」


「お前がどう思っていようが、私には関係ないよ。だが、少し前にお前が喰った女は私の親友でね。彼女は返してもらう」


「せっかくチャンスをやったのに、残念だ。だが、お前は交じっているな。お前も私と同じで、怪異を体内に宿しているのか。だが、沢山の人間を喰ってきた私の方が、お前の中の怪異より、だいぶ強いようだ。残念だが、今のお前に勝ち目はない。諦めろ」


 姦姦蛇螺の言葉のとおり、この怪異の強さは圧倒的で、ゼロの力を借りても、九十九が勝てるとは思えなかった。


『あいつの言うとおりだ。悔しいが、今の俺たちでは勝てそうにないぜ。お前の友達が取り込まれてるから、こないだみたいに、神を自分の身体に憑依させるわけにもいかないだろう? どうする?』


『確かに、自分を付喪神にしてしまうと、コントロールが効かなくなるからな。最悪の場合、まりえごと、あの怪異を倒してしまうかもしれない……。だが、私を誰だと思っている、ゼロ。この九十九が、怪異に負けることなど、ありえない』


『勝算があるんだな。やっぱりとんでもない奴だよお前は。最高のパートナーだ』


 森を逃げながら、道中で仕込んでおいた木の付喪神を使って姦姦蛇螺に攻撃する九十九。


『森の中の木に付喪神を仕込んでいたのか。流石だな、お前』


『戦いとは常に二手、三手先を読んで行うものだって昔誰かが言ってたからな。それに、段取り八分といって、準備をしっかりしておくのが、成功への一番の近道なんだ』


 バシーン。

 バシーン。


 付喪神となった木々が、枝をムチのようにしならせて姦姦蛇螺を攻撃していく。


「くっ、なんだこれは。まるで木が生きているかのように、私に攻撃している!?」


 姦姦蛇螺は上半身の腕を六本に増やして、自身に向かってくる木の枝を薙ぎ払っていった。


「ふんっ! こんなもので私に勝てるとでも思ったか」


 姦姦蛇螺は下半身の蛇の尻尾を伸ばして、地面を這わせた。

 そして、伸びた尻尾で、九十九たちの周りを取り囲んでしまった。


「しまった!」


 姦姦蛇螺はそのまま尻尾を九十九の身体に絡みつけて、きつく締め上げた。


「ぐうぅ!」

 

「くくく、お前たち、もう逃げられんぞ。このまま息の根を止めてから、私が食ってやる」


 しかし、苦しそうにしながらも、何故か九十九は落ち着きを払っていた。


「今だ、サキ君、酒瓶を投げろ!」


「はい、先生!」


 サキはカバンから酒瓶を取り出すと、そのまま姦姦蛇螺に投げつけた。


 パリーン。


 酒瓶は姦姦蛇螺の尻尾にぶつかって割れ、中身の酒が怪異の尻尾にかかった。


 続けてサキは、オイルライターに火をつけて、同じく姦姦蛇螺の尻尾に投げつけた。


「この酒は、スピリタスだ。アルコール度数が極めて高く、火を近づけると簡単に引火する」


 オイルライターの火がスピリタスに引火して、姦姦蛇螺の尻尾が激しく燃え上がった。


「お前、まさかわざと私に捕まって……。ぐああああああ!」


 一瞬締め付けが緩んだことで、九十九は姦姦蛇螺の尻尾から脱出することが出来た。


「サキ君。スピリタスの瓶をどんどん投げろ! 蛇は変温動物といって、熱には弱いんだ。だから、下半身が蛇のこいつも熱に弱いはず。これで大分弱るはずだ!」


「おりゃああああ! くらええええ!」


 サキはカバンからスピリタスの瓶を取り出すと、次々と燃え盛る姦姦蛇螺の尻尾へと投げつけていった。


「おのれ、人間ごときが、ふざけた真似を!」


 姦姦蛇螺は燃え盛る尻尾を地面に擦り付けながら、のたうち回っていた。


 九十九は、カバンから小さなナイフほどの大きさの古びた剣を取り出した。


「この国におわします八百万の神々よ、我が依代に宿り、この剣に秘めたる退魔の力を引き出したまえ」


 古びた剣に魂が宿ると、剣から青白いオーラが溢れ出して、片手剣ほどの大きさになった。


『お、ソハヤノツルギか。久しぶりに見たが、いつみてもかっこいいなあ』


 ソハヤノツルギ。

 毘沙門天の化身といわれ、日本各地の怪異を討伐し続けた伝説の英雄、坂上田村麻呂の愛刀である。


「この剣は、怪異と人間を切り分けることができる。これから、お前の身体からまりえを切り離す。彼女を返してもらうぞ。姦姦蛇螺」


 九十九は素早く剣で姦姦蛇螺の上半身と下半身を切断した。

 

「ぎゃああああああ」


 姦姦蛇螺の上半身が、悍ましい悲鳴をあげた。


 九十九は悲鳴を気にせず、姦姦蛇螺の上半身にソハヤノツルギを突き立てて、口上を述べる。


「ソハヤノツルギよ、この怪異に囚われた我が親友の魂を解放し、肉体を再生せよ」


 姦姦蛇螺の上半身が、徐々に女性の全身へと変化していき、まりえの身体へと戻った。


「まりえさん、元に戻ったのね。本当によかったです」


 サキが泣きながらまりえの身体に抱きついた。


『さて、俺もこいつをいただくとするか……』


 九十九がゼロを身体に出現させると、ゼロは姦姦蛇螺の下半身を捕食し始めた。


『ふふ、今回の怪異もなかなかの上物だったな。とても美味かったよ、うみか。おかげで俺の身体も大分再生出来た』


『良かったなゼロ。私たちが元に戻れる日が少しだけ近づいたな』


『ああ、そのためにも、もっともっと怪異を食べて、力を取り戻さないとな』


◇◇◇


「ここは……」


 まりえが目を覚ました。


「大丈夫か、まりえ」

 

「ええ、なんとか。うみちゃん、あなたが助け出してくれたのね。本当にありがとう」

 

「怪異とは切り離したけど、完全とはいかなかった。まだ少しだけ君の身体の中に怪異が交じっているが、許してくれ」


「大丈夫よ。おかげであいつの中にいた妹にも会うことができたから。今もわたしの中に、少しだけ妹のユキを感じることが出来るの。本当にありがとうね」


「とりあえず、私の上着を着ておいてくれ。そのままの姿で村に戻るわけにはいかないからね。森の入口に近づいたら、サキに着替えをとってきてもらうよ」


「あ……私、裸だったの!?」


 まりえは自分が服を着ていなかったことに気づいていなかったようで、顔を真っ赤にしながら九十九の白い上着を羽織った。


 森の奥から村の方へと歩いている途中、まりえは二人にまだ話していない彼女の秘密を話した。


 まりえは、この村の出身だった。

 そしてまりえには、三歳年下の妹のユキがいた。

 しかし、生まれつき、ユキは目に障害を持っていた。

 そのため、ユキは村人たちから生贄として選ばれた。

 後年、そのことを知ったまりえは、妹を救えなかった自責の念から、村から離れた。

 そして、怪異による事件を取材しながら、ずっと妹の復讐の機会を伺っていたのだ。


「ごめんなさいね。本当のことを言えなくて……。あなたたちを巻き込んでしまって……」


 まりえはうつむきながら、泣き出してしまった。


「気にするなよまりえ。こうしてなんとか帰還できたんだから、いいじゃないか」


 九十九は、後ろからまりえの肩に手を回して慰めた。


◇◇◇


 三人は宿泊していた古民家に戻ってきた。


「先生、コーヒーいれましたよー」


 まりえが車の準備をしている間、九十九とサキはコーヒーを飲みながら話していた。


「まりえさんにも怪異が残っちゃったんですね」


「怪異が交じっているのは、私と君も同じだけどな」


「でも先生、本当に姦姦蛇螺みたいな怪異が存在するんですね。私、今でも勝てたのが信じられないです」


「怪異の中でもトップクラスに有名だからねえ。今回倒せたのは本当に運がよかったからだよ」


「それにしても、スピリタス、用意してきて正解でしたね」


「生物系の怪異に対しては、炎は有効な武器となるからね。アルコール度数が高いから、傷口の消毒なんかにも使えるし。いずれにせよ、準備が大事ってわけさ」


「ゲームでいうところの炎の魔法みたいなもんですからね。そう考えると、魔法が使えるキャラってすごくないですか? だって、何も無いところから好きなだけ炎を出せるんですよ」


「うん。でも、魔法使いってさ、炎を出せるのがすごいんじゃなくて、それをコントロールして攻撃に使えることがすごいんだよ。炎を出すだけなら、今回みたいにライターがあれば簡単に出来るだろう? そして、スピリタスがあったから姦姦蛇螺を攻撃することが出来た。魔法使いは、今回のスピリタスと同じ効果を、魔力をコントロールするだけで行なえるのがすごいのさ」


「なるほど、確かにそうですよね」


「私たちも、特異能力を持っているけど、それだけじゃあまり意味が無いんだ。もっと能力をコントロール出来るようになれば、出来ることが増えて、怪異と今よりもずっと楽に戦えるってこと。だから、お互いにもっとがんばって能力を磨いていこう」


「そうですね。それじゃ先生、帰ったら早速修行しましょー」


「修行って。少年漫画じゃないんだから……」


 九十九は半分呆れながらも、サキの意識の高さに感心していた。

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