怪異探偵№99の都市伝説事件簿
安珠あんこ
ファイル.01 鏡に映る迷子の少女と帰れない駅
この物語の主人公、九十九卯魅花(つくもうみか)は、怪異専門の探偵である。
年は三十歳。
身長が高く、背中まで髪を伸ばしている。
彼女は、怪異が関係していると思われる事件を、彼女自身の特異能力によって解決していた。
九十九卯魅花は鼻が効く。
怪異の原因となる人外を臭いで感じ取れるのだ。
だから、ある程度の距離なら大体の居場所もわかる。
九十九卯魅花は物に魂を宿すことが出来る。
どんな物体でも、付喪神(つくもがみ)にして、自分の頼れる仲間に出来るのだ。
そして、九十九卯魅花は、過去に神隠しにあっている。
翌日発見されたが、恐怖で彼女の髪は白く染まっていた。
その時から、ずっと彼女の髪は白髪である。
東京都杉並区高円寺。
とある小説で有名になった賑やかな商店街のいっかくにある九十九探偵事務所が、彼女の仕事場である。
ここで彼女は助手の鷹野サキとともに、怪異の事件に巻き込まれた依頼人を待ち受けているのだ。
サキは童顔で身体が小さい。
ショートボブの髪型も相まって、よく中学生と間違えられているが、年は二十七歳、アラサーである。
◇◇◇
ある日、九十九探偵事務所に一人の女性が依頼を持ちかけてきた。
彼女は、二宮春花(にのみやはるか)と名乗った。
春花は年はまだ二十歳だというが、落ち着いていて、年齢以上に大人びた雰囲気をしていた。
「どうぞ、おかけになってください」
探偵で所長の九十九卯魅花は、依頼人の春花を応接室のソファへと座らせた。
「失礼します。お飲み物をお持ちしました」
九十九の助手の鷹野サキが、二人の前にコーヒーを置いた。
「ありがとうございます」
春花はサキに軽く頭を下げた。
「それでは、今回ご依頼の件についてを詳しくお話を伺いたいのですが……」
「ええ、電話でお話ししたとおり、私には十六歳の、高校生の妹がいます。ですが、妹は今、この東京のどこかの駅から出られなくなってしまって、私に助けを求めてきているんです。でも、どの駅にいるのかがわからなくて、私その、助けようがなくて、困ってしまいまして……」
春花は、妹の二宮百華(にのみやももか)が駅から出られなくなっているのは、怪異の仕業ではないかと考えた。
そこで彼女は、インターネットで怪異を専門に担当しているという九十九探偵事務所を探し当て、妹の救出を依頼しにきたのだった。
「妹さんとは、電話やメールなどでやりとりをされているのですか?」
「いいえ、信じられないかもしれませんが、私と妹の百華には、二人だけの特別な連絡手段があるんです」
春花と百華には特異能力がある。
鏡を使うことで、お互いの姿を鏡に映し出し、スマートフォンのビデオ通話のように交信することが出来るのだ。
百華は春花にSOSのメッセージを送り、必死に助けを求めていた。
「なるほど、鏡を使って交信ができるというわけですね」
「はい、どういう原理かはわかりませんが、小さな頃から私たちにだけできる能力なんです」
春花は、九十九たちに小さな手鏡を見せた。
「私たちには、何かが映っているようには見えません。春花さんには、妹さんの姿が見えているんですね?」
「はい、私には今も……妹の百華の姿がはっきりと見えます」
そう話すと、春花は不安そうな表情をしながら俯いてしまった。
「春花さん。あなたの能力は、我々が特異能力と呼んでいるものだと思います。実は私にも、特異能力がありましてね。怪異の臭いを感じ取ることができるんです。この仕事にも大分役に立っています」
「九十九さんにもそんな能力が……。私たちだけではなかったのですね」
「ええ。そして私の助手のサキにも、特異能力があります」
「サキ君、あれを」
九十九はサキにチラリと目を送って合図をした。
「はーい」
サキは頷くと、大きな東京都の地図を持ち出してきて、応接テーブルの上に広げた。
そして、鎖に繋がれた宝石を取り出すと、地図の上にかかげた。
「私の助手のサキはダウジングという占いが得意なんです。私が知る限り、彼女が占いの結果を外したことがありません。これが彼女の特異能力です。ですので、今から彼女にこの地図を使って、妹さんに関係がありそうな駅を調べてもらいます」
それまでのおっとりとした雰囲気から、急に真剣な表情へと変わったサキは、地図上の駅の上に、このダウジングペンデュラムと呼ばれている特殊な振り子をかざしていった。
そして、ダウジングペンデュラムがU駅の上に来た時、振り子の先端の宝石がくるくると回転した。
「U駅で反応がありますね。春花さん、鏡で妹さんにそこがU駅かどうか、確認していただけますか?」
「わかりました。聞いてみます」
春花は手鏡を取り出して、百華と交信を始めた。
「……妹は、ここはU駅ではないと話しています。私たちはU駅を何度も訪れたことがありますから、間違いありません」
「しかし、サキ君の占いは外れないはず。となると……そういうことか」
九十九は、しばらく考え込んでから、春花に話しかけた。
「春花さん、今、妹さんがいるのは現実の駅ではなくて、幻の駅かもしれませんよ」
「幻の駅……、ですか?」
「ええ。春花さんは、インターネット上で有名になった、きさらぎ駅という話をご存じですか?」
「あの都市伝説のきさらぎ駅ですか?」
「そうです。私は、あなたの妹さんは現在きさらぎ駅のような幻の駅……、いや、異次元に存在する駅にいる可能性があると考えています」
九十九は、この駅が都市伝説のきさらぎ駅のようなものではないかと考え、興味をひかれていた。
きさらぎ駅とは、インターネット上の都市伝説となっている、謎の駅だ。
場所は不明。
異次元空間にあるとも言われており、一度迷い込むと二度と出ることは出来ないと言われている。
何故か携帯電話の電波はつながるため、ここに迷い込んだ女性が、インターネット掲示板にこの駅の情報を書き込んだことで有名となった。
「ですが、私にはそのような駅が本当に存在するとは思えませんが……」
春花は、不安そうな表情を崩さないまま、九十九に問いかけた。
「ダウジングでU駅に反応があったというのが気になるんです。実は最近、インターネット上で、とある噂を目にしましてね。U駅には、幻の十三番ホームがあって、そこからきさらぎ駅へと向かう電車が出ているというものです。あくまで噂かもしれませんが、私は怪異の調査も仕事にしていますので、そのうち調査に向かおうと思っていたんですよ」
ここまで話してから、九十九はコーヒーに口をつけた。
十三番ホームは、本来なら存在しないはずの停車口である。
インターネットの情報では、U駅で、とある手順を踏むことで、この幻の十三番ホームに到達出来るとのことだった。
「では、私が責任を持ってこの依頼をお受けいたします。今、助手が契約書を持ってきますので、よく内容をお読みになってから、サインをお願いしますね」
契約書にサインを終えた春花は、九十九たちに丁寧に頭を下げると、事務所から出て行った。
「さて、サキ君。面白そうな依頼が来たよ。早速調査に入ろうじゃないか」
「でも先生。きさらぎ駅に行く方法って、本当にあるんですか?」
「さあね? でも、何事も試してみないとわからないだろう? それじゃ、U駅に行ってみようか」
九十九は、サキのお尻を叩いた。
「もう、先生は思い立ったらすぐ行動しないと気が済まないんですから。少しは休憩しましょうよー」
◇◇◇
十四時を少し過ぎた頃、二人はU駅に到着した。
「先生、お昼のレディースランチ、おいしかったですねー」
「少しは機嫌が直ったみたいね」
「ふふ、お腹が減ってはなんとやらといいますからね。それで、きさらぎ駅に行く方法ってどうやるんですか?」
「私が調べてみたら、SNSでこの書き込みが拡散されていたんだ。見てごらん」
九十九はサキにスマートフォンの画面を見せた。
U駅の十三番ホームに行く方法
1.十二番ホームに行く
2.電車が来たら先頭にある銀色のドアに触れる
3.四番ホーム、六番ホーム、二番ホーム、十番ホーム、八番ホームの順にホームに行く
4.十二番ホームに戻り、一番近い場所にある多目的トイレに入る
5.十三分後に多目的トイレから出ると、黒い山高帽を被った男が歩いてくるので、その男の後をついていく
6.いつの間にか男がいなくなる。その場所が目的の十三番ホームである
「へえー。U駅の十三番ホーム、結構バズってますねー」
「これだけ閲覧回数があるってことは、実際に試した人も結構いると思うんだけど、何故か成功したって書き込みは見かけないんだよねえ。ま、でもやってみる価値はあるよ」
「私、先生と二人で多目的トイレに入るのは、ちょっと恥ずかしいんですけど……」
「ん? 何か問題あるの?」
「い、いえ……、なんでもありませーん」
(先生は昔から、周りの目とか、そういうの気にしないからなあ……。ま、それなら……)
サキは九十九の手を握りしめた。
「うん? 急にどうした、サキ君?」
「えへへ、なんでもありませんよー」
サキはニコニコしながら九十九の横を歩いていった。
二人は手を繋いだまま、十二番ホームについた。
そこから、きさらぎ駅にいく方法として書かれている手順をこなしていった。
二人が多目的トイレから出てきた時、ホームの奥から黒い山高帽を被った男が歩いてきた。
「来ましたよ、先生……」
「静かに、まだ成功したと決まったわけじゃないよ」
二人は、山高帽の男に気づかれないように、距離を取りながらゆっくりと後をつけていった。
男は駅の構内を歩き回った後、階段を上ったり下りたりを繰り返していた。
二人も、男を追って、階段の上り下りを繰り返した。
そして、男は十二番ホームの方へ戻っていった……はずだった。
「あっ。先生、ここ、十二番ホームじゃありませんよー」
「ああ、それにいつの間にかあの男もいなくなっているね」
「ていうことは、ここが幻の十三番ホームですかー。やったー。先生、成功しましたよ。がんばって何度も階段上ったかいがありましたね」
「ああ、どうやらそのようだな」
九十九の口元から自然と笑みがこぼれた。
賑やかだった十二番ホームとは打って変わって、十三番ホームは人が一人もおらず、不気味なほどに静寂に包まれていた。
「先生、見てください。私のスマホが圏外になってます。さっきまでアンテナバッチリ立ってたのにー」
「うんうん。ここが異空間である証拠だね」
「そんなー。私、スマホ使えないのはちょっと困りますー」
「サキ君。君のスマホ依存症を治すにはちょうどいい機会じゃないか。我慢しなさい」
「そんなー」
「文句を言わないの。それじゃあ、電車が来るのを待とうか」
「はーい……」
二人は静かに電車が来るのを待った。
しばらくすると、電車が向かってくる音が聞こえた。
「電車が来るのにアナウンスも何も流れませんねー。やっぱり変です」
「だから、怪異なんだろう? ここが本物の十三番ホームだって証さ」
「なるほどー。それじゃあ、これから来るのは怪異の電車というわけですね」
十両編成の電車が駅に到着した。
相変わらずアナウンスは流れなかったが、ゆっくりとドアが開いた。
「緊張しますねー」
「サキ君、警戒を怠らないようにね」
「はーい」
二人は、周囲を警戒しながら、静かに電車に乗り込んだ。
電車内には乗客は十人ほどいた。
だが、何故か全ての乗客が眠っていた。
「へー、思ったより空いてますねー」
「怪異の電車が満員電車だったら、大変なことになるだろう?」
「確かにー」
九十九たちは静かに笑いあった。
しばらくすると、車掌がゆっくりと、車内を確認しながら歩いてきた。
その時、車内にアナウンスが流れた。
「お客様にご連絡します。次の停車駅はささぎ。ささぎとなります」
「ささぎ? 聞いたことない駅です。けど、きさらぎ駅じゃないんですねー」
「ああ、だが次の駅で間違いなさそうだよ。そんな予感がするんだ」
「先生の予感はよく当たりますからねー。それなら、間違いないですよー」
「ああ。とりあえず、この駅で降りてみようか」
二人は、ささぎ駅で電車から降りた。
「先生、思ったより大きい駅ですねー」
「都市伝説では、きさらぎ駅は無人の小さな駅らしいが……やはりここはきさらぎ駅とは少し違うようだね」
「うーん、これだけ広いと、百華さんを探すのが大変そうですー」
「そうだねえ。ま、その分、調査のしがいがあるってもんさ」
(あとは、ここからどうやって脱出するか……、だけど)
九十九は胸ポケットから手帳を取り出すと、駅構内の簡単な見取図を描き出した。
「あ、先生、今回は珍しく地図を描くんですねー」
「うん、ここは思ったよりずっと広そうだから、迷子にならないようにと思ってね。サキ君、君も何か気づいたことがあったらすぐに私に教えてくれ」
「はーい先生。わかりましたー」
ささぎ駅は、地方都市にある駅と同じぐらいの大きさがあるようで、駅ビルの中に存在しているようだった。
十三番ホームとは違い、ホームにも乗客がいた。
駅ビルの中にも人がいるのが見える。
「へー、意外と人がいるんですねー」
「これでは依頼人を探すのに時間がかかりそうだ。サキ君、少しだけ急ごうか……」
ふいに、線路に目をやった九十九は、少し沈黙した後、サキに声をかけた。
「……サキ君、線路は見るな。決して見るなよ」
「わかりました先生……見てはいけないものがあるのですね?」
「ああ……」
線路には、電車に轢かれてバラバラになった男性の死体があった。
(普通に見えてもここはやはり、怪異の駅だ。そうこなくっちゃね……)
九十九は心の中から湧き出る興奮を抑えきれずに、くすくすと笑った。
「どうやらホームにはいなそうだよ。サキ君、駅ビルの方へと行ってみようか?」
「はーい。駅ビルだと、一度改札を通るようですねー」
二人はホームから階段を上って改札へと向かった。
その途中にも、百華と思わしき人物はいなかった。
改札口へと着いた二人。
だが、何故か改札に駅員は見当たらなかった。
「あれー、駅員さんいませんねえー」
「切符を持っていない私たちには好都合だよ。このまま通らせてもらおう」
二人はそのまま改札のゲートを乗り越えて、駅ビルに入った。
「駅ビルも広いですねー。先生どうします? 私のダウジングでサクッと見つけちゃいますか?」
「いや、それは最後の最後までとっておこう。怪異の正体がわからない段階で、こちらの手の内を晒すのは得策じゃないよ。時間はかかっても、一階から順に探していこう」
「それもそうですね。わかりましたー」
駅ビルの中に多くの人がいた。
しかし、その中の誰もが、二人を認識していないかのように、二人が存在しないかのように振る舞っていた。
「なんか私たち、無視されてますねー」
「というより、彼らに認識されていないみたいだ」
「ちょっと嫌な感じですねー。私、無視されるの嫌いなんですよー」
「まあまあ。むしろ好都合じゃないか。自分たちに反応しない人間は除外して、百華さんを探すことに集中できる」
一階のフロアを探し終えた二人が、二階へ上がろうとしたその時……。
「九十九さんですね? 私、二宮百華です」
突然後ろから声をかけられ、二人が振り返ると、そこに、学生服を着たミディアムボブの髪型の若い女性が立っていた。
「あなたが二宮百華さん、ですね? 私は九十九卯魅花。怪異専門の探偵をしています。こちらは助手の鷹野サキです。お姉さんからの依頼で、あなたを救出にきました」
「私が鷹野サキです。よろしくです」
「姉からお話は聞いています。助けにきてくださったのですね。本当にありがとうございます」
「ええ。ここは危険です。早くこの駅から外へ出ましょう。……といいたいところですが、何か問題があるのですね?」
「はい。私は何度もこの駅から外に出ようとしたんです。でも、どうしても外に出ることが出来なくて……」
「そういうことだったんですね。わかりました。おそらく外に出られない何らかの原因が何かあるはずです。まずはそれが何か調べてみましょう」
九十九たちは、駅ビルの出口へと向かった。
しかし、駅ビルの出口の外は、真っ黒な闇が広がっていた。
「なるほど、闇がおおいつくしていて外が見えない。これでは外に出ることは出来ませんね……」
「そうなんです。なので、他の出口を探していたんですが、どこもここと同じように、闇におおわれていて、出ることが出来なかったんです」
百華は、俯きながら九十九に話した。
「私たちと一緒にもう一度この駅を探索してみましょう。まずはこの駅がどうなっているのかを知りたい。黒い闇の正体もね」
「何らかの怪異が悪さをしている可能性もありますからねー。その場合は、先生が怪異をやっつけてくれますから、安心してくださいね」
サキが微笑みながら答えた。
「こう見えて私、怪異専門の探偵なので、怪異には詳しいんです。もちろん、怪異の倒し方なども知っていますよ」
「それは頼もしいです。よろしくお願いします」
九十九たちは駅ビルの中を探索していった。
そして、駅ビルの北側にある従業員用の出入口が、闇に包まれていないことを発見した。
「外の景色が見える。ということは、ここはまだ、闇に包まれていないね。ここからなら外に出られそうだけど……サキ君、どう思う?」
「先生、同じフロアでここだけ闇に覆われていないのはおかしいと思います」
「そうだね。私もそう思っていたよ」
「つまり、罠の可能性があるということですか?」
百華が不安そうに質問した。
「その可能性は否定できないです。ただ、この駅には、他に出口は見つからなかった……」
「ならば、行くしかないということですね」
「そうですね。例えこれが罠だとしても、私が何とかします。怪異探偵の名前は伊達じゃないので安心してください」
(そうだよね。ゼロ)
九十九たちは、意を決して、従業員用の出入口から外へと出た。
◇◇◇
次の瞬間、九十九とサキは電車の中にいた。
電車内には乗客は十人ほどいたが、全員静かに座っていた。
「よかった。空いてますよ、先生。とりあえずあそこの席に座りましょう」
「ああ」
九十九とサキはボックス席に腰掛けた。
「サキ君、なんで私の横に座ったの? せっかくのボックス席なんだから、対面で座った方がいいんじゃない?」
「私、先生の横に座った方が落ち着くんです。ダメですか?」
「いや、まあ、別にいいけど……」
「正直にいうと、私、怪異の電車だから、もっと怖いのかと思ってました。けど、意外に普通で安心しました」
「確かにね。でも、安心しても、気は抜かないようにね」
「はーい」
サキは横にいる九十九を見つめながら、小さく手を上げた。
「ん?」
「先生、どうしました?」
「いや、なんでもないよ」
九十九はかすかに違和感を感じた。
しばらくすると、車掌がゆっくりと、車内を確認しながら歩いてきた。
その時、車内にアナウンスが流れた。
「お客様にご連絡します。次の停車駅はささぎ。ささぎとなります」
「ささぎ? ささぎ駅なんて、私、聞いたことないです。先生は知ってますか?」
「いや、私もそんな駅は知らないよ。でも、きさらぎ駅ではないけど、そのささぎ駅で間違いなさそうだよ。そんな予感がするんだ」
「それなら、間違いないですね。先生の予感はよく当たりますから」
「ふふ。それじゃ、とりあえず、この駅で降りてみようか」
「はい」
二人は、ささぎ駅で電車から降りた。
(なんだろう……、私は以前にもここに来たような気がする……。これって、デジャヴってやつ?)
九十九たちが駅から外へ出た瞬間に、九十九とサキが電車へ乗った時点まで、時間が巻き戻ってしまっていた。
サキには、それまでの記憶が無く、時間が巻き戻ったことが認識できなかった。
しかし、九十九はなんとなくではあるが、電車に乗ってから少しずつ違和感を感じていた。
そして、九十九の中にいる、ゼロと呼ばれる怪異は、時間が巻き戻ったことを正しく認識することが出来た。
『うみか、お前も気づいたようだな。さすが俺のパートナーだ。この駅は思ったよりヤバいぞ。さっき、俺たちがこの駅を出た瞬間に時間が巻き戻ったんだ。おそらく、この駅全体の時間がループしているのかもな』
『なんとなくおかしいと感じたんだが、そういうことか。ありがとう、ゼロ。君のおかげで原因がわかったよ』
ゼロは九十九の中にいる怪異である。
彼はかつて、ある事件に九十九が巻き込まれた時に彼女が助けた怪異だ。
その際に、お互いが死にかけていたため、仕方なくゼロと九十九は融合している。
そのため、九十九の体内には、ゼロの意識が存在している。
ゼロはこのことで九十九に恩義を感じているため、九十九の怪異探偵としての活動に協力していた。
『一つハッキリしたのは、ここにはかなり強力な怪異がいるってことだ。この空間の時間を操ってループさせている程の力を持った怪異だ。うみか、お前の仕事とはいえ、こいつは厄介だな。そうそう、お前、怪異のことになると、周りが見えなくなるから、気をつけろよ』
『わかってるよゼロ。これから、この現象を引き起こしている元凶の怪異を探し出す。協力してくれるね?』
『もちろん。だが、どうやら俺たちの周りにいる乗客たちは、すでに人外化しているようだ。この駅の中は、すでに怪異だらけのようだな。これでは、この駅のどこかにいる元凶様を臭いだけで判断するのは難しいな』
『それは困ったね。とりあえず、まずは百華さんを見つけないと……』
『ああ、その子なら、駅ビルの方にいたぜ』
『なるほど、私たちはループする前に一度彼女に会っているんだな。であれば、怪異の探索を優先しよう。百華さんはサキに任せて、私たちは怪異を探しにいこうか』
『サキに任せて大丈夫なのか?』
『彼女がただの助手じゃないのは知ってるだろう? それに、私の能力を使って付喪神に二人を守らせるよ』
『なるほど、お前の能力で付喪神を作り出して二人を守るのか。サキ一人よりは安心か』
九十九は、ゼロと協力して、元凶となっている怪異を探し出すことにした。
「サキ君、ここに百華さんはいないみたいだ。駅ビルの方を探してみよう」
「はーい」
駅ビルの中に多くの人がいた。
しかし、その中の誰もが、二人を認識していないかのように、二人が存在しないかのように振る舞っていた。
「ちょっと、この人たち、私たちのこと、見えてないの?」
「どうやら、私たちは彼らに認識されていないみたいだね」
「なんか無視されてる感じがして、正直ムカつきますー」
「まあまあ。私たちは、百華さんを探すことに集中しよう」
『うみか、気づいているか? やはり、駅ビルの中の人間は、怪異に取り込まれたヤツらばかりだ』
『見ればわかるよ。誰も私に目を合わせようとしないからね』
『やっぱり怪異が多すぎて、どいつがこの怪異の元凶か、臭いで見分けるのは難しいな。根気よく、一人づつ当たっていくしかない。場合によっては何度か時間をループすることになるかもな』
「九十九さんですね? 私、二宮百華です」
突然後ろから声をかけられ、二人が振り返ると、そこに、学生服を着たミディアムボブの髪型の若い女性が立っていた。
「あなたが二宮百華さん、ですね? 私は九十九卯魅花。怪異専門の探偵をしています。こちらは助手の鷹野サキです。妹さんからの依頼で、あなたを救出にきました」
「私が鷹野サキです。よろしくです」
「妹からお話は聞いています。助けにきてくださったのですね。本当にありがとうございます」
「ええ。ここは危険です。早くこの駅から外へ出ましょう。……といいたいところですが、何か問題があるのですね?」
「はい。私は何度もこの駅から外に出ようとしたんです。でも、どうしても外に出ることが出来なくて……」
「そういうことだったんですね。わかりました。おそらく外に出られない何らかの原因が何かあるはずです。まずはそれが何か調べてみようと思います」
九十九は、そこまで話すと、何かを決意したように表情を変えて、話を続けた。
「ですが、原因が怪異の場合、最悪、あなたにも危険が及んでしまうかもしれません。そこで、あなたには助手のサキとホームで待っていてもらいたいのです」
「ええー、先生本気ですか? 私、置いてきぼりですか?」
サキが不満そうな顔で九十九を見つめる。
「百華さんの安全を第一に考えないとね。だから、用心するに越したことはないだろう?」
「でも、先生に何かあったら、私……」
「大丈夫だ。私は必ず君のもとに帰るよ。いつもそうだっただろう? 今回、百華さんのことは君に任せたよ。念のため、付喪神を作っておくからね」
サキの手を握りしめながら、九十九が答えた。
「わかりました。百華さんのことは私が責任を持って守りますので、先生は怪異の対処に集中してくださいね」
『相変わらず、サキには優しいねえ。おじさん、嫉妬しちゃうかもよ?』
『いつも一緒にいるのに、ふざけたこと言わないでくれるかな?』
『はは、冗談だよ。俺もサキのことは気に入ってるからな。何かあったら困るし、置いてきて正解だよ』
『さて、ちょうど駅ビルの中にいるし、とりあえずここから調査していこうか』
『なあ、うみか。その前に確認したい場所があるんだ』
『うん?』
『最初にここへ来た時、俺たちはこの駅ビルの従業員用の出入口から外に出たんだ。それ以外の出入口は闇に包まれていて外に出られなかったからな。そして、俺たちがその出入口から外に出た瞬間、時間が巻き戻って電車の中に戻っていたんだ』
『そこをもう一度調べようというわけね?』
『ああ、何故かあそこだけ出られるようになっていたからな。何かあるのかもしれないと思ってね』
九十九は駅ビルの北側にある従業員用の出入口へと向かった。
しかし、前回と違って、出入口の外は闇に包まれていた。
『ちっ、どうやら塞がれてしまったようだな……』
『怪異の元凶は、どうしても私たちのことを外に出したくないみたいだね……』
『仕方がない。元凶を探すとするか。九十九、前も話したが、怪異の数が多くて俺の鼻は当てにならないと思う』
『しらみ潰しに当たっていくしかないか。ゼロ、私がさりげなく彼らの身体に触れていくから、君が元凶かどうかを確認してくれ』
『ああ、時間をループさせるほどの力を持った怪異だ。潜在エネルギーを探ればすぐにわかる。そして、見つけ出したら絶対に俺が喰らってやるよ』
九十九はゼロとともに駅ビルの中を探索しながら、元凶となる怪異を探していった。
『そういや、お前、男子トイレの中とかどうするんだ? 強行突入するのか?』
『さすがにそこは付喪神を使うよ。私がずけずけと入っていくのは色々とまずいだろう』
そう話すと、九十九は持ってきたカバンから白い紙を人型に切って作った依代を取り出した。
『この国におわします八百万の神々よ、我が依代(よりしろ)に宿り、我に力を貸したまえ』
紙で出来た依代は空中に上がり、九十九の周囲をくるくると周り始めた。
『ほんと、お前のその能力、便利だよなぁ。どんな物にでも魂を宿して、付喪神に出来るんだろう?』
『魂が寄り付く物を依代っていうんだけど、私はただ、その依代に魂を吹き込んでいるだけさ。まあ、便利な反面、制限時間とか、デメリットもあるんだけどね』
『でもよ、なんで今回は紙にしたんだ?』
『これはヒトガタといってね。紙で出来たもっとも単純な依代なんだ。紙だから出来ることは多くないが、こんな偵察みたいな調査には有効な依代なんだ』
『なるほどねえ。お前の能力も奥が深いんだな』
『まあね。さて、この付喪神に、男子トイレの中に人がいないか確認してきてもらおう』
九十九がそう話した瞬間、館内放送のアナウンスが流れてきた。
「まもなく、一番線に電車がまいります。黄色い線の内側までお下がりください」
アナウンスが流れ終わると、九十九たちの周囲に黒い闇が流れ込んできた。
「これはやばい。逃げ場が無いぞ!」
九十九は思わず声を出して叫んでしまった。
漆黒の闇は、すぐに九十九の身体を包み込んだ。
◇◇◇
次の瞬間、九十九とサキは電車の中にいた。
電車内には乗客は十人ほどいた。
「先生、とりあえず空いてる席に座りませんか?」
「…………」
「先生? どうかしたんですか?」
「ああ、ごめん。なんでもない。よし、ここに座ろうか。でも、電車が空いていてよかった。もし、この電車が満員電車だったら、大変なことになってただろう?」
「満員電車で乗れなかったなんてなったら、洒落にならないですよ。でも、座れてよかった。こうやって、先生の横に座ってると、私、落ち着くんです」
しばらくすると、車掌がゆっくりと、車内を確認しながら歩いてきた。
その時、車内にアナウンスが流れた。
「お客様にご連絡します。次の停車駅はささぎ。ささぎとなります」
「ささぎ? 先生、ささぎ駅って知ってます?」
「ささぎ……?」
「あ、先生、知ってるんですか?」
「いや、私もそんな駅は知らないよ。ただ、何故か百華さんがいるのは、その駅で間違いない気がしたんだ」
「先生の予感はよく当たりますからね。それなら、間違いないです」
「とりあえず、次のささぎ駅で降りてみよう」
二人は、ささぎ駅で電車から降りた。
(なんだこの感覚は……。私は間違いなく……、何度もここに来ている。これがデジャヴ? いや、この感覚は本物だ!)
九十九が闇に包まれた瞬間に、九十九とサキが電車へ乗った時点まで、また時間が巻き戻っていた。
『なあ、ゼロ。お前、何か気づいているか?』
『はは、今回は前回よりもはっきりと気づいたようだな。うみか、お前はすでに二回、この駅を訪れている。実は、時間が巻き戻っているんだ。おそらく、強力な怪異がこの駅全体の時間をループさせている』
『やはりそうか、ゼロ。怪異の能力に抵抗できる君がいうのなら間違いないな』
『お前は俺と身体を共有しているからな。だから、この怪異の能力にある程度抵抗できるんだろう。俺みたいに完全ではないみたいだけどな』
『なるほど、だから私も違和感を感じたんだな。それで、時間はいつ巻き戻るのか、大体の見当はついたの?』
『一回目はこの駅から外に出ようとした時、そして二回目は、突然アナウンスが流れて黒い闇に包まれた時に、時間が巻き戻ったんだ。どうやら、誰かがこの駅から外に出ようとしたり、一定の時間が経つと、この駅のある空間がループするようになっているみたいだな』
『なるほど、過去二回のループでそんなことがあったんだね。時間制限というのは厄介だな。それまでにループの原因を作り出している怪異を倒さないといけなくなった』
『ああ、それにこの駅の中にいる人間はすでにほとんどが怪異になっていた。その中から元凶の怪異を探し出すだけでも一苦労だぜ』
『闇雲に探しても大変そうだな。何かいい方法を考えてみよう。それまでに、何度もループする羽目になりそうだけどね』
『とりあえず、俺はこの駅ビルの全容が知りたいんだ。まだ、全ての場所を見たわけじゃないからな。怪異を探す手段を考えるのは、それからにしないか?』
『時間制限もあるみたいだしね。対策を考えるためにも、まずはそうしようか』
九十九たちは駅ビルの中を探索することにした。
一階から順に探索をしていった九十九は、二階のフロアを探索し終えたところで、黒い闇に飲み込まれて、時間切れとなった。
◇◇◇
次の瞬間、九十九とサキは電車の中にいた。
電車内には乗客が十人ほどいた。
「よかった。電車の中、空いてますよ先生」
「…………」
「先生? 何か気になることがあるんですか?」
「……いや、なんでもないよ。とりあえず座ろうか」
しばらくすると、車掌がゆっくりと、車内を確認しながら歩いてきた。
その時、車内にアナウンスが流れた。
「お客様にご連絡します。次の停車駅はささぎ。ささぎとなります」
「ささぎ? きさらぎ駅じゃないの? ささぎ駅なんて私、聞いたことないです。先生は知ってますか?」
「…………」
「先生……、先生? やっぱり変です。何か考えてるんですか?」
「あ……、ああ。私は以前にもささぎ駅に行ったことがある気がしてね。思い出してみたんだが、どうやら私の勘違いだったみたいだ。でも、次の駅で間違いなさそうだよ。そんな予感がするんだ」
「なるほど。そういうことだったんですね。まあ、先生の予感はよく当たりますからね。ささぎ駅で間違いないですよ」
「ああ。とりあえず、この駅で降りてみようか」
二人は、ささぎ駅で電車から降りた。
(この感覚、間違いなく私はここを訪れている……。それも何度もだ。まさか、時間がループしているとでもいうのか?)
『おい、ゼロ。まさかとは思うが、この世界の時間はループしているのか?』
『おお、うみかもそこまで感知できるようになったのか。ああ、その通りだよ。信じられないかもしれないが、この駅は時間がループしているんだ。すでに三回、時間が巻き戻っている』
『すでに三回もループしているだって!? 私にはそこまでは感じられない。けど、君が言うなら間違いないな』
『ああ、時間がループしてるのに、お前とサキは、毎回話すことが少しずつ変わってるんだぜ。面白いよな。まあ、それはおいていて、ここには、この空間の時間を操って、ループさせている怪異がいる。そして、ある程度時間が経過すると、時間が巻き戻されてしまうんだ』
『なるほど。つまり、この空間の時間は怪異の能力でループしていて、制限時間を超えると、最初まで巻き戻されてしまうってことか?』
『ああ、さすが九十九だ。理解が早くて助かるぜ。それで俺たちはこの駅の中を探索していたんだが、とにかく広い駅でな。駅ビルの二階を探索し終えたところで時間切れとなってしまったんだ』
『なるほど、それは厄介だな。それで、私たちはこれから駅ビルの三階から探索していけばいいわけだね?』
『話が早くてほっんとに助かるぜ。それじゃ、早速探索に入ろう。そうそう、百華って子なら、駅ビルの一階にいるから心配するな』
『なるほど、三回目だから完全に居場所も把握しているんだな。よし、それじゃあ駅の探索を優先しよう。三階からでいいんだね?』
『ああ、とにかく広くて、あまり時間もないから急ごう』
九十九は、ゼロと協力しながら、三階部分の探索を始めた。
◇◇◇
『しかし、デカい駅だったな。駅ビルの十二階まで全部確認するのに、時間切れで六回もループする羽目になった』
『でも、やったかいはあったよ。怪異がループさせている空間の大体の大きさがわかったし』
九十九は手帳に書いた駅の見取図を見ながらゼロに話しかけた。
『ゼロ、君が記憶を保持してくれているおかげで、この駅の全ての地図が書けた。本当にありがとう』
『とりあえず地図が出来たのは良かったぜ。そして元凶の怪異がいそうな場所も大体絞れてきた。この空間を維持するために、空間のちょうど真ん中あたりにいる可能性が高いからな』
『そうだね。だが、気をつけようゼロ。こいつの能力がループだけとは限らないから。それに、怪異のループ能力に抗っている君の力も大分落ちてきているだろう?』
『気づいていたのか? まったく、九十九には敵わないな』
『何年同じ身体でいると思ってるんだ。それくらいわかるに決まっているよ。それで、この駅の中央管理室、あそこには確か警備員がいて、ビル内の管理をやっていたな』
二人は、駅ビルの中央管理室にいた警備員があやしいと睨んでいた。
その場所がちょうどループしている空間の中央付近となっていたからだ。
九十九は中央管理室の入口のドアを開けた。
しかし、部屋の中は漆黒の闇で包まれていた。
「やられた。こちらの動きを読まれていたか!」
部屋の中から溢れ出てきた闇が、九十九の身体を包み込んだ。
◇◇◇
『ゼロ、大丈夫か。大分消耗しているな』
『ああ、この空間は時間がループしているんだ。もう何回もループしているからな』
『確かに、私にも何度もこの駅に来た感覚がある。これは怪異のしわざだね。なんらかの理由で、時間をループさせているのか。それで、君はその怪異の能力に抗っていたから、消耗しているんだね?』
『ああ、そのとおりだよ。しかし、敵さんも大したもんだ。なかなか尻尾を掴ませてくれない。すでに駅の中は全て探索したんだがな』
『なるほど、厄介な敵だ。でも、君はもう限界だろう? あとは私がなんとかするよ』
ループするたびに、怪異の能力に抗っていたゼロは、明らかに弱っていった。
おそらく、あと数回ループすると、怪異の能力に抗えなくなり、九十九にこれまでの記憶を伝えることも出来なくなってしまうだろう。
『さっき、私がなんとかすると言っていたが、何か勝算があるのか?』
『いや、ゼロもそろそろ限界だからね。だからもう、出し惜しみはしない。私も本気でいかせてもらうよ』
『付喪神の能力を使うんだな? 確かに、怪異を探すなら、人手は多い方がいいからな』
『ああ。付喪神たちを使って、一気に駅の中の人々を調べる。もう怪異を逃しはしないよ』
(今回は調査に数がいる。やはりヒトガタを使うのが一番だろう)
九十九は依代となる人型の紙を大量に取り出すと、魂を込めて付喪神にした。
『私と感覚を共有できるヒトガタを大量に飛ばした。あやしいやつがいればゼロに教えるよ』
九十九は目を閉じて、神経を集中させた。
しばらくして、ヒトガタを飛ばしていた九十九が何も喋らないことに痺れを切らしたゼロが九十九に話しかけた。
『どうだ? 何か掴んだか?』
『いや。だが一つ、わかったことがある。私たちの前にいた人間がいなくなっているってことがね』
『それは誰なんだ? もしかして、線路でくたばっていたあの男か?』
『いや、あの電車に乗っていた車掌だよ。ヒトガタでこれだけ駅の中を探しているんだが、どこにも見当たらないんだ』
九十九は電車の中にいた車掌がいなくなっていることに気づいたのだ。
『なるほど。どこかに隠れているのかもな。だが、制限時間までに見つけ出さないと、また時間がループしてしまうぞ』
『君も大分弱ってきているからな。それは避けたい。ここは、サキにダウジングをお願いして、車掌の居場所を見つけよう』
九十九は、駅のホームにいるサキと百華の元へ向かった。
「なるほど、さっきまで電車にいた車掌さんの現在の居場所を探ればいいんですねー」
「ああ、頼むよサキ。君だけが頼りなんだ」
「まかせてくださーい」
サキは、九十九が手帳に書いた見取図の上に、ダウジングペンデュラムをかざした。
ダウジングペンデュラムの先端の宝石は、駅の東側にあるポンプ室の上でくるくると回転した。
「なるほど、ポンプ室に隠れていたのか」
「ポンプ室ってなんですか?」
「これくらいの規模の駅ビルにはスプリンクラーといって、火事になると自動で水が出てくる消火設備があるんだ。そのスプリンクラーに水を送るポンプがある部屋がポンプ室だよ。普通の人はまず入らないから、隠れるにはうってつけの場所だ」
「なるほどー。そんな場所に隠れていたんですね」
九十九は、サキのダウジングの能力で、隠れていた車掌の居場所を突き止めることが出来た。
「君たちはここで待っていてくれ。私が行って決着をつけてくるよ」
「先生、無理はしないでくださいね」
サキは心配そうに九十九を見つめている。
「わかっている。必ず戻ってくるよ。百華さんを頼む」
「はい」
九十九はポンプ室へと向かった。
ポンプ室は通常人が立ち入らないように施錠されている。
だが、九十九がポンプ室の入口に着いた時、何故かドアが開いていた。
「車掌さん、ここにいるんだろう? 出てきなよ」
ポンプ室の奥から車掌が顔を出した。
「お前、どうして私がここにいるとわかった?」
「私ももうなりふり構っていられないのでね。悪いが、少しだけズルをさせてもらったよ」
「なるほどな。だが、私は時間をループさせることで、彼女を守っているんだ。悪いが、邪魔をしないでもらいたい!」
「お前が彼女を守っているだと? 何を言っているんだ?」
「もうお前も気づいてるだろう? 彼女はすでに……、亡くなっていることに」
怪異は、九十九たちに何故この空間をループさせているのかを語り始めた。
車掌だった私は、恋をしていた。
毎日、電車に乗ってくる、制服姿の少女に。
彼女が電車に乗ってくる時間が、私にとっての幸せだった。
彼女をみているだけで、幸せだった。
だが、ある時彼女はホームから線路に転落して、帰らぬ人となった。
とある男にホームから突き落とされたからだ。
私は、悲しかった。
彼女のいない世界など、考えられなかった。
だから、彼女の魂が消滅する前に、駅と、その場にいた人間を、私の作った空間に全て取り込んだ。
そして、ささぎ駅は、この私の支配下となった。
私は、彼女を突き落とした男が憎かった。
だから、時間を巻き戻すたびに、この男に復讐した。
毎回、私の支配下にある人間に、こいつを線路に突き落とさせて、電車に引かせたのだ。
私は、この空間の時間をループさせることで、永遠に彼女と一緒にいることを望んだ。
そして、新たに駅に入り込んだ人間たちも、永遠に私の作り出した時間のループから抜け出せなくなった。
「私はね、彼女を見ているだけで幸せなんだよ。だから、時間をループさせた。これからもずっと彼女を見守るためにね。そして、お前たちもここからは出られない。永遠にな……」
「……彼女をここに閉じ込めて、それで本当に彼女が幸せになれると思うのか?」
「何がいいたい?」
「お前は自分自身を満足させているだけだ。そして、それが彼女を苦しめていることに、なぜ気づかない?」
「だまれ! お前に私の何がわかる?」
「わかるさ。私の身体も半分、お前と同じ怪異なんだから!」
九十九は自分の服の袖をめくり、ゼロと混じり合っている自分の腕を怪異に見せながら叫んだ。
(ここで時間を巻き戻されては困るからな。ここは少し頭に血を上らせて、私を攻撃するように仕向けるのが得策だね)
「やはりお前、ただの人間ではなかったか。だが、ここは私の世界だ。この意味がわかるよな? ここでは私が絶対的な支配者なんだよ!」
(ゼロはもう限界だ。もう一度時間をループされてしまったら次は記憶を思い出せないかもしれない……)
『だからこそ、奥の手を使わせてもらう』
「お前だけを新しい時間のループに閉じ込めてやる。永遠の時の中で私に逆らったことを悔やむんだな!」
『この国におわします八百万の神々よ、我が身体に宿り、我に力を与えたまえ』
九十九は、自分自身に魂を憑依させて、自らが付喪神となった。
「急に雰囲気が変わった……? お前、今何をした!!!」
神と一体化した九十九は、車掌の怪異が認識できない速さで動き、怪異の首をもぎ取った。
「あっ……」
それが怪異の最後の言葉になった。
『自分自身の身体を依代にして、神を憑依させる。そうして自分を付喪神にするのが、お前の奥の手だったな。相変わらず、とんでもない強さだぜ』
『でも、その間は私自身の記憶が飛ぶし、私の限界以上に身体を使われるから、全身が痛くなってしまってね。正直、あまりやりたくはないんだ』
『なるほど、だから奥の手なんだな。さあて、食事の時間だ。消耗させられた分、たっぷりと味合わせてもらうぞ』
九十九の身体からゼロの本体が浮き出てきて、怪異を貪り食うように食べ始めた。
『ずっと疑問に思っていたんだが、怪異を食べることで力を回復できるのは君固有の能力なのか?』
『さあな。だが、こうやって同族を喰ってるのは俺ぐらいだろう。ほとんどの怪異は人間を喰らうからな。お、だいぶ力が戻ってきた。思ったより上物だったな。でも、まだまだ足りない。俺とお前が分離出来るまで回復するには、もっとたくさん怪異を食う必要がありそうだ』
『ああ、だから私は怪異専門の探偵をやってるんだ。君が力を取り戻して、元の大口真神に戻れるようにね』
大口真神は狼の神である。
かつて、ヤマトタケルの東征の際に、彼を助けたことで、大口真神の名をもらったという。
しかし、時代が下るに連れて、この狼への信仰は薄れて、次第に彼は忘れ去られていった。
そして、狼の怪異となって、九十九と出会ったのだ。
◇◇◇
九十九たちは駅ビルの出入口から外に出ようとしたが、黒い闇に覆われていて、外に出ることが出来なかった。
「こいつは想定外だった。やつを倒しても、やつの能力が解除されないとは」
九十九が珍しく、焦りの表情を浮かべながら話した。
「そんな、私たち、ここから一生出れないってことですか?」
「いや、私たちは外の世界からここにきたんだ。必ず外と繋がっている出入口があるはずだ」
「先生、駅の見取図を見せてください。私のダウジングで出口を探してみます」
だが、サキのダウジングペンデュラムは、駅のどの場所でも反応を示さなかった。
「そんな……。この駅の中には出入口が無いってことですか?」
「あの怪異が時間をループさせるためにこの駅を私たちの世界から切り離したのだとしたら、元の世界では、この駅は最初から存在しなかったことになっているのかもしれないね。でも、諦めるのはまだ早いよサキ君。私たちはどうやってここに来たのか、よく思い出してごらん?」
少し落ち着きを取り戻した九十九がサキに質問した。
「どうやってって……。あっ!」
サキは何かに気づいたように声をあげた。
「電車です。私たちは電車に乗ってここまで来ました」
「そう、私たちは電車でここまで来たんだ。ということは、線路を辿っていけば、元の世界に戻れるはずだ」
「確かに」
「一か八かだ。もう他に選択肢もない。この線路を歩いて脱出しよう」
三人は線路の上を歩いていった。
◇◇◇
三人が駅を去った後、黒い山高帽を被った男が、駅のホームに佇んでいた。
「コードナンバー99、九十九卯魅花。死にかけのコードナンバー0を吸収したとは聞いていたが……。アノマリーサブジェクトのラストナンバーだった彼女が、ここまで出来るようになるとはな」
そう呟くと、男は静かに駅から立ち去っていった。
◇◇◇
「ずいぶん遠くまで歩いてきましたねー」
「本来なら電車で進む道だからね。でも、こうやって何事もなく進めているということは、この道が正解だという証拠でもあるよ。だから、がんばって進んで行こう」
三人がそのまましばらく進むと、目の前に大きなトンネルが現れた。
「トンネルか……」
「どうしたんです、先生」
「きさらぎ駅の都市伝説では、何故か脱出の時にトンネルを抜けるのはタブーとされているんだ」
きさらぎ駅から元の世界に戻る方法として、やってはいけない行為に、線路を歩いてトンネルを抜けるというものがある。
都市伝説では、きさらぎ駅から線路を歩いて脱出しようとすると、伊佐貫というトンネルが出てくる。
このトンネルを抜けた先に、謎の男が立っていて、その男に連れ去られてしまうのだ。
「なるほど、元のお話からすると、トンネルを抜けるのは危険だということなんですね」
「そういうことだね。だが私たちには他に選択肢が無い。このトンネルを進んでいくしかないよ」
外は明るかったが、トンネルの内部はまるで常闇の世界のように、漆黒の闇が続いていた。
九十九は持っていた懐中電灯のスイッチをつけると、トンネルの奥を照らした。
「トンネルの奥から光が見えないね。かなり長いトンネルみたいだ。サキ君、百華さん。離れ離れにならないように、ここからは手を繋いで進んでいこう」
三人はトンネルの中をゆっくりと進んでいった。
どんどんと線路の上を歩いていったが、その間、九十九たちには気が遠くなるような時間が経過しているように感じた。
そして、長時間歩いていたため、九十九たちが疲れ果てて倒れそうになったちょうどその時、目の前に微かに明かりが見えた。
「ようやく、トンネルの出口が見えたね」
「あそこが、外の世界の入口だといいんですけど……」
三人がトンネルから出ると、外は夜になっていた。
不意に三人は後ろから声をかけられた。
「線路に入ってはダメです! 線路から離れてください!」
振り返ると、線路の点検作業をしている男性が怒っていた。
「線路の点検作業中でしたか。邪魔をしてすいません、今出ます」
線路を点検していた作業員の男性から注意された三人は、線路から離脱した。
「先生、見てください。私のスマホが、圏外じゃ無くなってますー!」
サキは喜びを爆発させて、九十九に抱きついた。
「どうやら、元の世界に戻ってこれたようだな。本当によかった」
こうして、九十九は、二宮百華をささぎ駅から救い出すことが出来た。
◇◇◇
「この鏡を姉に渡してもらえますか?」
百華の霊は、最後に小さな手鏡を九十九に手渡した。
「探偵さん、春花姉さんにありがとうと、そして、この鏡がある限り、私たちはずっと一緒にいられると伝えてください」
「ああ、必ず伝えるよ」
「探偵さん、助手さん。助けていただいて、本当にありがとうございました」
百華は二人に一礼すると、微笑みながら空へと昇っていった。
◇◇◇
九十九は事務所で依頼人の春花に今回の件を報告していた。
「そうですか。妹はもうすでにこの世から……」
春花は涙をこらえながら話した。
「残念ながら……これが最後に百華さんからあなたに渡すよう頼まれた鏡です」
「ありがとうございます。この鏡があれば、いつでも妹と話せるような、そんな気がします」
「きっと妹さんは、これからもずっとあなたのそばにいる。それが伝えたくて、私にその鏡を託したんだと思います」
春花は九十九とサキに一礼をしてから、事務所を後にした。
◇◇◇
「ねえ先生。最初から私がダウジングをすれば、もっと早く事件を解決できたんじゃないですか?」
九十九に淹れたてのコーヒーを渡しながら、サキが質問した。
「あの時点では怪異の情報がほとんど無かったからね。君を危険な目にあわせたくなかったんだ」
「うれしいです。先生ったら、そんなに私のこと、心配してくれてたんですねー」
どさくさにまぎれて、サキが後ろから九十九をハグした。
『本当は怪異との対決をもっと楽しみたかっただけだろ?』
『ふふ、どうだろうね?』
サキにハグされながら、九十九はコーヒーを口につけた。
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