ファイル.03 ツチノコ狂想曲(1)

「あー、今月も赤字ですー」


 ノートパソコンの画面を見つめながら、サキは頭を抱えていた。


「どうした、サキ君?」


「先生、ここ最近仕事の依頼が来てないので、赤字なんですよー」


「確かに……」


「確かにじゃないですよー。このままじゃ、この事務所を借りるのに必要なお金も払えなくなるし、私のお給料も無くなっちゃうんですからねー。ここ最近、値上がりするものばかりで、食べ物買うのも大変なのにー」


「わかった、わかったよサキ君。うーん。仕方ない、あんまり乗り気じゃないが、まりえの知り合いから何か仕事をもらうか」


 九十九はメールでとある人物と連絡を取った。


 二時間後、黒いスーツを着た男性が九十九探偵事務所を訪れた。


 応接室で九十九はこのスーツの男性と打ち合わせをしていた。


「どうです、九十九さん。都市伝説を調査しているあなたにピッタリの仕事でしょう?」


「私にツチノコを見つけ出して、その報告記事を書けというわけですか?」


「ええ、日本のUMA、未確認生物の中でもツチノコは抜群の知名度ですし、うちの雑誌でも人気ですからね。計算出来るコンテンツなので、定期的に記事にしたいネタなんですよ」

 

「しかし、ツチノコの目撃情報はたくさんあるのに、この令和の時代になっても、一匹も見つかっていません。正直言って、私も発見できる自信はないですよ」


「まあまあ、心配しないでください。今回私がこの話を持ってきたのは、ちゃんと理由があるんです」

 

 月刊ヌーの編集長である望月良平は、記者である伊藤まりえから九十九の話を聞いていた。

 それから、望月編集長は定期的に九十九の事務所に顔を出すようになり、九十九たちと知り合いになった。

 この編集長はいつも真っ黒なサングラスをかけた、ちょいワルっぽい見た目のおじさんだ。

 しかし、見た目とは裏腹に、彼の話し方はとても穏やかで紳士的だった。

 

「読者から月刊ヌーの編集部に寄せられてくるツチノコの目撃情報が、ここ半年で急増してるんです。しかも、ある特定の地域に集中しているんですよ」


「なるほど、それは興味深いですね」

 

「それが、G県にある八十狩村(やそがりむら)なんですけど、目撃情報が多いからか、村が最近ツチノコに高額の懸賞金をかけたみたいで。それで、全国から人が殺到しているみたいなんですよ。そこで九十九さんには、その村の取材をお願いしたいんです」


「そんなことがあったとは。実に興味深いです。いいでしょう。その仕事、引き受けます」


「おお、行ってくださるんですね。ありがとうございます。交通費とか取材にかかる費用は全部うちの会社で持ちますから、後で領収書出してくださいね」


「その件なんですが、最近ウチもいろいろと厳しくてですね。その、望月さんがよろしければ、取材費を前借りできないかなと……」


 九十九は手を合わせて望月編集長に頼み込んだ。


「しょうがないですねー」

 

 望月は、自分の財布から六万円を取って、机に置いた。

 

「今回だけですよ、九十九さん。東京からG県まで往復で一人二万円ぐらいかかります。宿泊費を入れても、これだけあればなんとかなるでしょう。最終的にはうちで支払いますけど、前借り期間中は借用したということにします。なので、一応借用書を書いてもらいますけど、いいですね?」

 

「望月さん、ありがとうございます。もちろんそれで大丈夫です。サキ君、借用書を書くから、紙とペンを持ってきてくれ」


「はーい」


「あ、そうそう。うちの雑誌はツチノコに懸賞金をかけてるんです。生捕りにして編集部まで持ってきてくれたら、報酬にプラスして百万円支払いますよ」


 ぱしゃん。


 その言葉を聞いたサキは、思わず持っていた紙とペンを床に落としてしまった。


「ひゃ、ひゃくまんですってー!? そ、それ、本当なんですかー?」


「ええ。うちの社長は都市伝説が大好きですから。ツチノコを発見したら、相応のお金を出してもいいといっています」


「最高でーす。せんせー、すぐに準備して捕まえにいきましょー」


「まあまあ、落ち着いてください、鷹野さん。九十九さん、うちに寄せられた目撃情報とかの詳細は後からメールで送りますね」


「よろしくお願いします。では、借用書を書きますね」


 借用書を受け取った望月編集長は事務所を後にした。

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