第29話 思い出の裏庭

「さっ、もういいでしょう。二人で抜けませんか。リューン様」

「はっ?」


 いい具合に、挨拶回りが済んで、お酒も進んだ頃……。

 アルカは、すっかり愛想笑いを身につけたリューンにそう切り出した。

 青白花祭の宴は、明け方まで続く。

 そんなことに、疲労困憊の八十歳の彼を付き合わせたくない。

 リューンは二つ返事で了承して、そっと抜け出したアルカについて来たが、少し不安そうだった。

 アルカも正直心配だったが、自分で誘った手前、どんと胸を張るしかなかった。


「平気ですよ。リューン様。領主なんかいない方が皆、寛げるものですから」 

「まあ、そうかもしれませんけど」


 リューンが微妙に納得しながら、渡り廊下を真っ直ぐ進むアルカに続く。


「何処に、行くんです?」

「リューン様を、お部屋にお送りしているんです。随分と無理をなさったと思いますので、部屋で休んでください。八十歳の御身では、夜の宴会は疲れますし」

「えっ、あ……」

「そのお姿、魔法で若返って下さっているんですよね? 皆の手前、魔導師に年齢は関係ないと仰ったのでしょうけど、でも、私はちゃんと分かっています。ここ最近、おかしかったのは、私がリューン様を無理させてしまったからですよね? 本当に申し訳なくて、私、今日は謝罪したくて」

「いや、違っ……。て、まあ、そうきますよね。大丈夫です。はい」


 リューンが暗い声で、ぼそぼそと言った。

 先程の鋭さは、何処にいったのだろう。


(ああ、リューン様は体力切れなのよ。早く部屋に帰して差し上げないと)


 アルカは慣れない靴で早歩きになる。

 その袖をリューンがそっと引いた。


「あの、アルカさん。私を送ったら、その足で宴会に戻ろうなんて考えていませんよね?」

「そんな、まさか」

「考えているようですね」


 真顔で断言されてしまった。


(バレバレなのね)


 最後まで皆と付き合わないと、立場上まずいと思ったのだが……。


「それは駄目です。君が戻るのなら、私も戻ります」

「どうしてですか?」

「あちらには、君の弟妹がいます。また変なことを言ってくるに違いありません」

「変な……こと?」

「ドリス殿はミスレル国王の命令。ヒルデ殿は私が間に入ったことで、安易に借金が出来なくなったことに対する腹いせ。各々目的があって、サウランにいるんですから」

「はっ、何ですか。それ?」


 ――ミスレル国王の命令?

 ――借金?

 そんなこと、アルカは知りもしなかった。

 単純に、二人は姉のことを嗤いに来たのだと思っていたのだ。


「特にドリス殿の方は、ミスレル国王の命令で私を探らなければならないようですが、どうやら探るのも面倒らしく、私達が離婚してしまえばいいと、めちゃくちゃな理屈で動いているようです」

「我が義弟ながら、そこまでするなんて。でも……そんなことまで、どうして、リューン様はご存知なのですか?」

「えっ……と」


 リューンが陰鬱な表情で、頬をかいている。


「それは、君が言っていた私の「孫」が知らせてきたからですよ。あれは情報収集能力だけは長けているんです。今も少々頼み事をしているところです」

「そうなんですか。あの子にそんな凄い力があるなんて」

「別に、凄くはないですけどね」


(やけに辛辣ね?)


 どうもリューンは、あの少年に対して印象が悪いようだ。

 ……まあ、窓に逆さ吊りになって、笑っているような子だ。普通ではないのだろうが……。

 でも、リューンと近しい関係なのは、正直羨ましい。


「魔法……私も習ったら使えるんでしょうか?」

「なぜ?」

「何となく……ですが」

「君は、習う必要もないものですよ」

「……」


 速攻で断られてしまった。


(才能なし……か)


 自分が役立たずなような気がして、アルカは少し悲しかった。


「どうしました?」

「いえ、何でもありません」


 しかし、アルカが悄然としていることを、リューンは見抜いていたらしい。


「アルカさん。部屋に戻る前に、少し寄り道をしても良いでしょうか?」

「えっ?」

「さあ、いきましょう」


 有無をも言わさない勢いで、リューンは強引にアルカの前を先導して行ってしまった。


「待って下さい。リューン様はお疲れなのに、大丈夫なんですか?」

「見くびらないで下さい。私は疲れてなんかいません」

「そんなはず……」


 先ほど、微かに触れた手が熱かったのだ。

 絶対、早く戻って休んだ方が良いのに、彼は渡り廊下から外れて、ずんずん庭の小道を歩き始めている。

 秘密の小道。

 アルカには、彼が目指している場所がすぐに分かった。


「庭?」

「そう。君が幼い頃から、悲しいことがある度に逃げ込んでいた……裏庭です」


 リューンは慣れた感じで、四阿の長椅子に腰掛けた。

 アルカは迷ったが、リューンが手巾を広げて置いてくれたので、隣にちょこんと座ることにした。


「せっかくの青白花祭なんですから、お花見をしないと」

「お花見……ですか。誰かとここでお花見なんて、不思議な気持ちですね」


(昔、祈祷師に魔物が封じられてるとか、言われて、使用人は皆、寄りつかなくなってしまったから、いつも私ここには独りでいたのよね)


 頬を撫でる微風。

 辛いことがあった時、いつもアルカは一人でここを訪れていたが、今は違う。

 リューンと二人だ。

 ランプすら用意していなかったが、月明かりが程よく庭全体を照らしてくれて、目を凝らさずとも、すべてが見えた。


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