第35話 覚醒チュートリアル 2


 覚醒勇者パワーによって吹っ飛ばされた俺の体は訓練場の壁に激突した。


 衝突時にはかなり大きな音が鳴り、同時に壁の一部が弾けて大量の土煙が舞う。


 自分でも派手に飛んだな、と思えるほど。


 しかし、あまりにも派手だったせいか模擬戦を見学していた生徒はざわめき始め、一部生徒からは悲鳴が上がってしまう。


「ギャー!! 死んだー!! 生徒が死んだー!!」


 生徒達が上げた悲鳴の中には、魔法を教える講師――外見からはちびっこ魔法使いにしか見えないミミモ先生のひっどい悲鳴まで混じる。


「ああー! 生徒が死んだらクビになるー! 適当に教えて昼寝してるだけで稼げる理想の仕事がぁー!」


 なんて酷い人なのだろうか。


 可愛い生徒の心配よりも自分の心配が優先とはね!


 でも、安心して! 授業中に昼寝していることを学長に詰められても「生徒の自主性を養っている」と言い訳していた貴女の職は守られます。


 何故なら死んでいないから!


「びっくりした~」


 土煙が晴れ、汚れたケツを手で払っている俺の姿が露わになると、生徒達からは安堵の声が漏れる。


「あ、あの子生きてる!? しかも、無傷!?」


 ミミモ先生は目をひん剥きながら驚きの声を上げた。


「あの子は魔法の才能がカスだったはずなのに! どうやってあの衝撃を防いだの!?」


 いや、魔法の才能がカスなのは自覚してるけどね? 先生に言われちゃうと傷付いちゃうよ?


「……筋肉、ですね」


 ミミモ先生の疑問に答えたのは、俺と頻繁にマッスル交流を行っているアーノルド先生だ。


「き、筋肉……?」


「そうです。ミミモ先生。彼が日々育てている筋肉さくひんは中級魔法のシールドに匹敵するのです!」


 さすがアーノルド先生だ。よく分かっていらっしゃる。


 俺はサークルの中に戻りつつも、彼に筋肉アピールをした。


「ナイス筋肉!」


 むんっ。


「ナイス筋肉センキュー!」


 むんっ。


 俺達は互いに筋肉アピールをしつつ、上腕二頭筋とバキバキな腹筋で通じ合った。


「だ、大丈夫なのかい?」


 俺を吹っ飛ばしてしまったリアムは心配そうに顔を歪める。


 ふぅ……。筋肉言語が通じない人種は可哀想だな。


「大丈夫だ。あの程度で死ぬほどヤワじゃないし、そんな筋肉に育てていない」


「いや、筋肉だけじゃ……」


 まだ心配を続けるリアムに対し、内心同情してしまった。


「とにかく、心配はいらない。どんどん来てくれ!」


 俺が拳を構えると、リアムはハッとなる。


「……そこまでの覚悟なんだね」


 なにが?


「じゃあ、遠慮なくいくよ!」


 何だかよく分からんが、模擬戦を継続してくれるならいいや!


 リアムは再び超スピードで迫って来ると、先ほどと同じように剣を横へ振り始めた。


 それはもう見た。通用しないぜ。


 その証拠に今度こそ腕でガードしてみせる。


 気を抜けば吹っ飛びそうになるが、威力を既に知っていれば問題ない。


 脚の筋肉に力を入れ、大地と両足を縫い付けるかの如く耐える。


 ザザザッと横に体が多少流れてしまったが、それだけだ。


「――!」


 リアムの顔には驚愕の表情が浮かぶ。


 耐えた。もう対応したのか、と。


 俺はニヤリと笑うと、リアムの腹にチョンと軽いジャブを放った。


 挑発するようにね。


 それでもムッとしないのはリアムが優しいからだろうか? それとも驚きの方が大きいのかな?


「ま、まだまだ!」


 リアムによる三度目の攻撃はスピード主体。


 超スピードで翻弄し、俺に攻撃の隙を与えないつもりなのだろう。


 だが、リアムはスピードに気を取られているせいか一撃が先ほどよりも軽い。


 超スピードと言えども目で追えれば問題はなく、一撃も軽ければどうってことはない。


 むしろ……。


「パターンが読みやすい」


 まだ力の使い方に慣れていないせいか、同じような動きが多すぎる。単調だ。


 動きを見切った俺は手を伸ばし、超スピードで動いていたリアムの服を掴んだ。


 ビリッ!


「あ」


『キャーッ!』


 掴んだ瞬間、リアムの服が破れて片チチが露わになってしまった。


 その瞬間、イケメンの片チチを見た女子達から黄色い声が上がる。


 誰よりも早く声を上げたマリア嬢は、顔を真っ赤にして両手で目を覆い隠し……てない。指の隙間からガッツリ見てる。


「ごめん」


「ううん。大丈夫。続きをやろう」


 謝罪するも、リアムはニコリと笑って戦闘継続。


 リアムはスピードとパワーのどちらかに偏った攻撃はよろしくないと悟ったらしく、一撃に重さが戻ってきた。


 全て受け止めてやろうと思ったが、微妙に良い攻撃が見えてしまうと自然に俺の足が動いて回避行動を取ってしまう。


 俺が攻撃をガードせず、足で避ける度にリアムが嬉しそうにするんだ。


 それが何だか嬉しいような、ムカつくような……。何とも言えない微妙な感情を抱いてしまう。


「レオ」


 リアムは俺の名を呼びながら距離を取った。


「僕はね、すごく嬉しいよ」


「何が?」


「僕は……。他人からすれば幸運に思えるかもしれないけど、この力に戸惑っていたんだ。他人との距離を作る力になってしまうかと思ってた」


 勇者の力は凄まじい。


 凡人共は無条件に憧れ、嫉妬する。自分も同じ力があれば、と妬まれる。


 他人と開いたは溝を作り、リアム・ウェインライトには真に対等な存在がいなくなってしまう――ってところだろうか?


 勇者だけに限らず、強い主人公あるあるみたいな話だ。


「でもね、そんな心配は必要なかったんだ」


 リアムは心底嬉しそうに、剣先を俺に向けて言葉を続ける。


「レオ、そろそろ君も本気を出してよ。僕なら受け止められるって分かっているでしょう?」


 ほほう? 何とも生意気な坊ちゃんだ。


 しかし、ここがベストタイミングかもしれない。


 覚醒した力のチュートリアル役を完遂するなら、俺も本気を見せてリアムを本気にさせないと成立しないように思えた。


「ああ、分かった」


 ……本当に本気出していいのかな? 七割くらいにしておいた方がいいんじゃ?


 覚醒した力を使ったんだからチュートリアル自体は成立してるんじゃ?


 迷ううううう!! どうすればいいんだぁぁぁ!!


 ――よし、決めた!


 七割! 七割でいきます!


 俺は拳をグッと溜め、七割の速度で接近する。


「―――ッ!!」


 よし、よし! リアムも反応できてる!


 一気に接近した俺は溜めていた拳を解放! いつもの弱々しい攻撃ではなく、七割を遵守して!


「ふぅぅん!」

 

 七割ボイスを吐き出しながら拳を繰り出すと、同時に反応したリアムが木剣を振った。


 拳と剣は衝突し、リアムの木剣は折れて宙を舞う。


 しかし、俺の拳は最後まで止まらない。


 この瞬間、俺の目に映るものがスローモーションになった。


 ゆっくりと突き進んでいく拳、その拳を見ながら驚愕するリアムの顔、リアム越しに見えるリリたんとマリア嬢、シャルの驚く表情。


 コマ送りのように俺の拳は突き進み、拳の行方はリアムの綺麗な顔に――といったタイミングで、リアムの手にある紋章が光った。


 スローモーションだった光景は終わり、赤い閃光が視界いっぱいに広がる。


「め、目がああああ!!」


 赤い閃光をモロに見てしまった俺は大悶絶!


 目を抑えながらも無様に地面をのたうち回る!


 失明したんじゃないかと心配したが、徐々に視力は戻ってきてホッと一安心。


「……リアム?」


 失明未遂をぶちかましてくれた張本人はどうしているのかと顔を向けると、彼は自身の手を見つめながら驚いていた。


「ま、まだ先があるのか」


 まだ先がある、と彼は言った。


 恐らく、これはゲーム内でレベルと同時に覚醒の力によって上昇するステータス量が増加していくことを指しているのだろう。


 つまり、七割の力を出した俺と戦ったことでリアムのレベルが上がった、みたいな感じだと思う。


 現実世界にレベルの概念なんざ無いから……。精神的に成長したってことだろうか?


 それによって覚醒した力も少しだけパワーアップし、ギリギリで俺の拳を回避したのだと思う。


 いや、回避したと言えるのか? 単なる目潰しじゃない?


「……やっぱり、レオはすごいよ」


「何が?」


「レオと友達になれて良かった。君と出会えてよかった!」


 満面の笑みでそう言われてしまった。


 リアムが女の子だったらな、と思うセリフだ。


 しかし、チュートリアル自体は成功だろうか?


 戦乙女が降臨していないし、やられ役の代役は果たせたのだと思う。


「レオ、これからもよろしくね?」


「……ああ」


 ただし、リアムからの信頼も上がってしまったように思える。


 将来、勇者パーティーの一員として誘われても断れるような理由を本気で考えておく必要がありそうだ……。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る