第29話 勇者覚醒
「ま、魔物だァー! みんな、逃げろォー!」
時間が巻き戻り、再びブラックベアの襲撃が始まった。
傭兵を追うブラックベアの数は五頭。ここは変わらない。
太い腕と鋭利な爪で傭兵が三枚おろしになるのも変わらない。
「レオ、僕はみんなを助けたい」
リアムの正義感溢れるセリフも。
――恐らく、ここからが重要だ。
前回はここで俺がブチギレ、魔物を全て倒してしまった。
リアムが勇者の力を覚醒する前にイベントを強制的に終わらせてしまったのが問題だった……はずだ。
確実ではないが、確実に最も近い推測はこれしかない。
正史ルートをどれくらい逸脱するとダメなのだろうか?
戦乙女を差し向けた女神様がどの程度でブチギレるのか、どの程度のラインを越えてしまうと『
このあたりはまだ不明であるが、検証するのはもうちょっと覚悟を決めてからにしたい。
さすがに戦乙女との連戦は避けたいからな。
戦乙女と張り合えることは判明しているが、次は
タイマンだったからやれたものの、あれに二体、三体と襲われたら……。
さすがに詰む。
故に今度こそは大人しくしておこうと思う。
リアムの力を覚醒させ、正史ルートへの進行を邪魔しない。
「……まずはみんなが逃げる時間を稼がないとだな」
俺は周囲の状況、リリたん達の位置を確認しながらリアムに告げる。
ここは頼れる友人ムーブ、一言ボソッと的確な提案をするのが正解だ。
たぶん。
「そうだね。足止めしよう! 僕が前に出るから、レオはみんなを守ってくれ!」
内心「戦乙女がまた来るんじゃ?」とドキドキしながら、魔物へ向かって行くリアムの背中を見送った。
「リアム!」
「マリア! 援護してくれ!」
抜刀したリアムがブラックベアと戦闘を開始しつつ、後方からはマリア嬢の魔法よる援護が始まった。
あ、いい! いいですよ! ゲーム内と同じ演出!
「リリ、俺の後ろに!」
「う、うん……」
俺も人生で一度は言ってみたいセリフと人生で一度は経験してみたいシチュエーションをセットで体験。
へへへ。やり直しも悪くないかも。
「ハァッ!!」
ブラックベアと戦うリアムも順調。
二頭を惹きつけつつ、マリア嬢の援護射撃を活かしながら立ち回る。
残り三頭は傭兵達と講師達が相手していたが――一頭が包囲網を抜けた!
「グオオオッ!!」
講師達の隙間を抜けた一頭が俺達の元へ。
涎を垂らしながら大口を開けて突っ込んでくるが……。
ここで盛大にぶっ殺しちまったらまた戦乙女が降臨しかねない。
「ぬぅん!」
というわけで、殺さないようかる~い力で押し返す。
続いて、黒毛の生えた頬を撫でるように。さわ~っと撫でるように手を添える。
「???」
ブラックベアも困惑しとるわ。
そりゃそうだろ。
殺意剥き出しで突っ込んで行ったら「アカンで」と言わんばかりに頬を撫でられているんだから。
帰りなさい! と意を込めて睨みつけると、困惑する様子を見せるブラックベアが「グ、グオ?」と鳴いた。
そして、くるりと俺に尻を見せつけて戻っていくではないか!
なんということでしょう。
魔物にも人間の意志が伝わったのです。
目と目で心が繋がり合い、俺の意志を汲み取ってくれたのです。
このブラックベアが可愛く見えてきた。
魔物ってペット化できないのかな?
ゲーム内にペットシステムは存在しなかったけど、ブラックベアをペット化したら可愛くて心強い相棒になるんじゃない?
「ファイアランス!」
「グオーッ!?」
なんて考えていると、シャルの放ったファイアランスがブラックベアの尻に突き刺さった。
「鬼畜!」
「え!?」
シャルはすっごく驚いていたが、まぁ、これが一般人の行動だよね。
魔物は人間を食う凶悪な生き物なわけだし。
さて、尻にファイアランスを受けたブラックベアは死亡したわけだが、残りの個体はどうだろう?
状況を改めて確認してみると、傭兵達と講師達は二頭相手に苦戦中。
リアムの方は……。
「ハァァッ!!」
「グオオオ!?」
たった今、一頭を仕留めたところみたいだ。
ただ、結構ボロボロになってるな。
何度か爪が掠ったのか、腕からは血を流している。
マリア嬢も必死に援護しているみたいだが、初めての実戦なのか息が荒い。
普段の授業で見せる優雅で冷静な彼女らしからぬ姿だ。
「う~ん……」
ここでリアムの方に手を出すと危なさそうだし、彼が覚醒しないと意味が無さそうだし……。
「……チッ! 援護しにくいぜ!!」
ここは手を出したくても出せない感じを演出しておくか。
「判断に迷うぜ!!!!!」
とりあえず、めっちゃアピールしておこう。
あとでサボッてたって言われないように。
「ど、どうしよう! 下手に魔法を撃ったら人に当たっちゃうかも……!」
「それね!!」
リリたん、ナイスアシスト!
彼女の困惑っぷりに全力で乗っかる。
これならサボッてたって言われないでしょ!!
「だったら……!」
すると、妙にやる気を見せたシャルが魔法陣を構築していく。
完成した魔法陣から顕現したのは、細い形に変化したファイアーボールだ。
ファイアランスよりも小さく短いが、剣の刀身状になった火の魔法と言えば伝わりやすいだろうか?
彼はそれを放つと、講師と傭兵の間をすり抜けてブラックベアに衝突。
シャルのカスタマイズ化ファイアーボールを受けたブラックベアが怯み、その隙に傭兵がトドメを刺す。
「馬鹿じゃーん!?」
「ええ!?」
ばかばかばか! なに自分の長所を活かして状況に合わせたカスタマイズを実現させてんだよ!
ここはリアムの覚醒を待つのが正解なんだよ!
迂闊に手を出してみろ! 今度はお前が戦乙女に狙われちまうぞ!?
「シャル、水だ! 水の魔法にしろ!」
「み、水!? 火じゃなくて!?」
「火属性が人に当たったら大問題だろ!」
「で、でも、水属性だって当たったら骨折しちゃうよ?」
そりゃそうだ。
魔法の水圧で人間の骨なんざ一撃よ。
「もっと、こう、平和な魔法を使え!」
「こんな状況で!?」
というわけで、シャルには母様直伝の『お花に水やり魔法』を使わせた。
空からシャワシャワと緩い水が降り注ぎ、無意味に講師達と傭兵達の髪を若干濡らすのだ。
「これ意味ある!?」
困惑するシャルはスルーしつつも、とにかくこれで時間は稼げるな。
リアムはどうだ!?
全部お前次第なんだからね!?
「くっ……!」
「リアム!!」
顔を向けた途端、リアムが吹っ飛ばされてマリア嬢から悲鳴が上がった。
彼は剣を支えに立ち上がるが、魔物の攻撃をモロに喰らったらしく、彼の左腕がぷらんと垂れている。
折れたか。
そして、リアムと対峙するブラックベアは次の一撃で仕留めると言わんばかりに鳴き声を上げた。
「僕は……!」
歯を食いしばり、剣を構えるリアム。
「リアム、逃げて! 逃げなさい!!」
悲鳴を上げるように叫ぶマリア嬢だが、リアムは彼女の声を無視して間に立つ。
ヒロインを守るため、ボロボロになっても諦めない。
死ぬことを恐れず、愛するヒロインを守るために戦い続ける。
完璧なシチュエーションだ。
そろそろ来るんじゃない!?
「僕は、負けないッ!!」
リアムが叫んだ途端、リアムの手がカッと光った。
手の甲に『勇者の紋章』が浮かび上がったのだ。
覚醒の瞬間だ!!
「うおおおおおッ!!」
勇者の力を覚醒させたリアムは一瞬で魔物の背後へ回り込む。
そのスピードはまさしく瞬間移動。
人生の中で最も速い相手だった戦乙女を超えるスピードだ。
「ハァァァッ!!」
剣を振ればブラックベアの頭部を一刀両断。
パワーも人外の域に達する、まさしく勇者に相応しい力!
ブラックベアの頭部を両断したリアムだが、覚醒した勇者の力はこれだけじゃない。
「いけええええ!!」
空中で剣を振ると、風の斬撃が発生。
斬撃は地面を抉りながら進み、講師達が相手するブラックベアの体を真っ二つにしたのだ。
これぞ、ゲーム内でも存在していた勇者固有の力。
魔法を剣に付与させ、それを斬撃として飛ばす『属性斬撃』スキルだ。
平凡な魔法剣士は剣に属性を付与させるのが限界だが、勇者はそれを遠距離攻撃としても活用できる。
特に弱点属性が多い風の斬撃には俺もお世話になったっけ。
ランス系より魔力消費コストが安い上、風と斬撃の属性が乗る。
風属性が弱点の相手には二倍ダメージ、斬撃にも弱い相手なら四倍ダメージと、主人公らしい優遇されたスキルだ。
もちろん、このスキルを覚えるのは『課外授業イベント』で。
つまり、リアムが勇者として覚醒したことの証拠である。
「な、なにあれ!?」
「リ、リアム君が……」
あんぐりと口を開けて驚くリリたんとシャル。
あっ、俺も驚いたフリしなきゃ。
俺は大袈裟に口を開け、目を点にする演技を見せつけた。
……誰も俺を疑っていない。
リアムの覚醒より自分の才能に驚いちまうね。
舞台俳優としても食っていけそうだぜ。
「うっ」
力を覚醒させたリアムはブラックベアを殲滅したものの、慣れない力に体が負けて倒れてしまう。
「リアム……!」
それを慌てて受け止めるのはマリア嬢。
ボロボロになりながらもヒロインと仲間を守ったリアム、彼を膝枕しながら熱い視線を送るヒロイン。
ここでスチル! スチルが出ます!
「…………」
ゲーム内に差し込まれるスチル通りの結果になったおかげか、空から戦乙女が降臨してくる気配はない。
……やはり、勇者のイベントを邪魔するのがトリガーか?
勇者の成長や魔王討伐に至るまでの過程に邪魔が入るとバグ扱いされるのか?
となると、問題は――正史ルートで起きる俺の魔物化を阻止すると、再び戦乙女が降臨してくるのだろうか?
あれも勇者の心を揺さぶり、同時に人間側にも魔王の手先がいることが発覚するイベントだし……。
もう一つ。
俺は横にいたリリたんの顔を見た。
彼女の死も勇者パーティーを奮い立たせるイベントの一つだ。
学友だった彼女が殺され、晒されることで勇者パーティーはより強く魔王へ憎しみを抱くこととなる。
物語後半に起きる俺とリリたんが関係するイベントは、勇者にとって重要なイベントであることは確かだろう。
……俺が求める幸せは、女神に否定されるってわけだ。
女神の想定する未来には無いってわけだ。
「……だから、どうした」
だとしても、俺は現実にするぜ。
戦乙女が何体降臨しようと蹴散らせるだけの力を身に着けてやる。
女神が相手になろうと、ぶっ飛ばせるだけの力を身に着けてやる。
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