第28話 課外授業 3
時が止まり、そして空から落ちてきたと思われる黒い戦乙女。
両目を黒い布で覆い隠しているものの、布越しに物凄い威圧を押し付けてくる。
……いや、この場合は殺気と言った方がいいかもしれない。
「
そう呟いた戦乙女は、握っていた槍を構える。
「ば、バグ? バグってなんだ――」
状況を上手く理解できない俺の口からは、自然と困惑の言葉が漏れる。
しかし、相手は答えてくれなかった。
代わりに見せたのは、瞬間移動に似た超スピード。
一瞬で俺の目の前まで移動した戦乙女は、脇に引き絞った槍を俺目掛けて――殺す気満々の一撃を放つ!
「うおわあああああ!?」
放たれた槍に対し、限界まで背を仰け反らせて回避した。
額にチリッとした感触と自慢の前髪が数本ほど宙を舞ったがね。
しかし、この時ほど「鍛えていてよかった」と思ったことはない。
幼少期の頃から毎日トレーニングを積んでおいて良かった。シオンのスピードに目と体を慣らしておいてよかった、と心底思った。
「は、話を!」
態勢を戻すと、戦乙女の二発目が飛んでくる。
今度は横に飛びながら回避し、すぐさま懐に向かって飛び込んだ。
「聞かせろッて、のッ!!」
理不尽すぎる襲撃への怒りを拳に乗せる。
自分でも絶好の間合い、絶好のタイミング、それらを活かした一撃を叩き込む。
「…………」
だが、槍で防御された。
革のガントレット越しに拳がジンと痺れる。
槍はこの世の物とは思えないほど硬く、そして返答も返ってこなかった。
「チッ!!」
俺の反撃を防御した戦乙女はすぐさま攻撃の姿勢を見せ、再び怒涛の連続攻撃が始まった。
「おっ、とっ、ゲェ!?」
こっちが隙を見せれば、その隙を縫って殺しに来るのだ。
なんとか反応してギリギリで躱すも、二の腕に槍先が掠って制服とシャツが破けた。
しかし、避けた先を読むかの如く戦乙女の攻撃は続く。
槍を左右にステップしながら避け続けるが――
「ウッ!?」
咄嗟に右腕を大きく上げると、脇腹の真横を槍先が通り抜けた。
今のは本当にギリギリ。
服の脇腹が裂けたのは勿論、肉も掠って血が出てしまった。
「…………」
怒涛の手数と超スピードな動きを続けているにも関わらず、相手は息が切れる様子も見えない。
対し、こっちは一瞬でも選択を間違えればあの世行き。
スリリングな戦いだ。
未だ殺されていない自分を褒めてやりたいね。
「まぁ、死ぬつもりはないんだが、なッ!!」
当然だ。
俺はリリたんと出会ったのだから。
リリたんと爽やかでフルーティーでふわふわな学園青春ファンタジーを過ごしているのだから。
死ねるはずがない。
リリたんと結婚して幸せな家庭を築き、娘二人と息子一人の子宝を誕生させるまでは。
あとはたくさんの孫に囲まれながら、リリたんの膝の上で死にてえ!!
「だからよッ!! 悪いが、お引き取り願うぜッ!」
渾身の一撃を槍に叩き込む。
ガツンと受け止められ、そこから戦乙女と攻守交替。
向こうの蹴りを回避した直後、脇に溜めた槍が突き出される――が。
「目が慣れてきたッ!!」
突き出された槍に左拳の甲を当て、僅かに槍の軌道を逸らす。
左拳の革ガントレットが擦れ、ジリジリジリと嫌な音を立てながらスライドしていく。
だが、入った!
相手の間合いに潜り込んで――
「ふんぬっ!!」
利き足で力強い一歩を踏みしめながら、セクシーなくびれボディに一撃!
強烈なボディーブローを腹に叩き込み、同時に衝撃波による一撃を見舞う。
拳には確実な手応えが伝わってきた。
殺しちゃいないが、重い一撃を叩き込めた。確実に相手へダメージを与えられたという実感がある。
その証拠に、初めて相手が後ろへ大きく下がったのだ。
「…………」
相手は痛がる素振りを見せない。
腹の肉が抉れてんのにね。
しかし、傷口の様子がどうもおかしい。
「……青い血?」
抉れた腹から流れる血の色が青いのだ。
天使の羽を生やした戦乙女様は確実に人間とは違う、生物的にも決定的な違いのある『何か』なのが窺える。
……まぁ、相手が生き物なのかどうかは置いといて。
まず気にしなきゃいけないのは、俺を「バグ」と呼んだことについてだ。
バグと呼ぶ理由は何となく察することができる。
この世界は愛するゲームと同じ世界、あるいは酷似した世界である。
ゲームには始まりがあり、過程があって、エンディングを迎えるものだ。
その過程で製作者の意図しない現象が起きること、それをバグと呼ぶ。
それを同じだと考えれば、この世界には『歩むべき歴史』があるのではないだろうか?
つまり、ゲームのエンディングと同じく『勇者が魔王を倒す』という歴史だ。
正しい歴史をプレイヤーに見せる、正史ルートのエンディングってやつだ。
それと同じ歴史を歩むことを、この世界を創造した『女神』が予め運命付けているのではないか?
……俺にはそれをぶち壊した自覚がある。
課外授業イベントでリアムが勇者の力を覚醒させる前に、フラグとなる魔物を全て殺してしまったから。
つまり、製作者の意図しない行動をとってしまった。
女神のシナリオを捻じ曲げてしまった。
だから、女神様が怒って戦乙女を差し向けた。
俺をバグと見做し、排除しようとした――という推測が一つ。
「だが……」
この推測が正解だとしたら、一つ不可解なことがある。
それはこれまで歩んできた俺の人生だ。
俺という『レオン・ハーゲット』は悪役として死ぬ運命だった。
幼少期に故郷がオークに襲撃され、親父が死に、母親は狂気の教育ママになってしまう。
現状ほどキラキラした生活は送れず、暗くてネチっこい悪役人生を歩むはずだった人間だ。
しかし、今の俺はそうじゃない。
正しく悪役としての人生を歩んでいない。
これは女神様のシナリオに反していないのか? って疑問だ。
いや、まぁ、レオン・ハーゲットの人生なんざ世界の歴史全体に比べたら砂粒くらい小さく、影響を与えないと思うよ。
勇者が勇者として覚醒しない方がずっと重いと思うが、本来悪役である人間が勇者と仲良しこよしすることも「バグ」と呼んでいいんじゃないか?
こっちに関しても、戦乙女様を差し向けるべき状況なんじゃないの?
「なぁ、どうしてだよ?」
答えは返ってこない。
まぁ、今回やらかしたことで、遂に女神様の目をつけられちまったとも言えるが……。
「まぁ、いいさ」
俺はニヤリと笑う。
「怒れる女神だろうが何だろうが、俺の幸せ人生計画を邪魔するやつはぶっ飛ばすだけだ」
悪いが、俺は死なないよ。
死亡フラグは全部殴り折って、リリたんと添い遂げるんだからな。
だから、今俺が持つ全てをぶつけさせてもらうぜ。
「ああ、愛しのリリたん!」
俺はギリギリで槍を回避して、戦乙女の顎にアッパーを叩き込む。
直後、側面に飛んで蹴りを回避。
戦乙女が履く黒パンティをチラ見しながら脇腹にワン・ツー! またまた横に飛んで、今度は後頭部にハイキック!
完全に相手の攻撃を見切った俺は、吹っ飛ぶ戦乙女の尻を観察する余裕まである。
さすがは女神様が造形せし戦乙女だ。ナイスバディ。尻も良い形である。
「だが、愛嬌が足りない。リリたんのようなワンコスマイルを見せないお前に価値はない」
全体的に黒色ってのも気に入らねえ。
戦乙女と言えば白。清楚で純血乙女をイメージした白がメインカラーであるべきじゃないのか?
黒なのは懲罰部隊的な感じ?
「なんか冷徹で冷酷な感じがしてイヤッ!!」
振り返った戦乙女の顔面に膝蹴りを叩き込み、着地した直後に腹へ衝撃波付きの一撃をぶち込む。
まだまだ続くぜ。
腹の肉は脆いって分かってるからな。
俺は徹底的に腹を狙い続ける。
相手に攻撃の隙を与えないほど、怒涛のラッシュを続けていった。
「ふぅ、ふぅ、これで、どうだッ!!」
最後は力を振り絞って、全力全開魔力も盛り盛りな高威力衝撃波付きの一撃を腹に叩き込んだ。
あー! しんど!
もう無理! もうキツい! さすがに疲れたし、魔力も枯れそう!
ただ、己の限界に挑戦した甲斐もあったようだ。
徹底的に狙いまくった戦乙女の腹はボロボロのズグズグになっており、もはや人の肉体とは思えないほどの状態になっていた。
映像だったらモザイクが必要なレベル。
う"ー! って顔を逸らしたくなる感じ。
こうなってはさすがの戦乙女様も堪えたようで、槍を杖のようにしながら辛うじて立っていた。
「……深刻なダメージを検知。肉体の損傷率が八十パーセントを超えました」
そうでしょう、そうでしょう。
それにしても君、機械みたいな話し方するね? まるでシステムが搭載された人形みたい。
ファンタジー系の物語にも稀に登場するオートマトン? 機械人形的な? それに近い要素を感じる。
ただ、この推測は正しかったのかもしれない。
深刻なダメージを負ったという戦乙女は、自らの体に自身の手を突き刺したのだ。
「ゲェー!?」
超絶グロシーンの直後、体内から取り出したるは虹色に光る宝石。
魔石に似た光る物体を自身の体から抜き取って、それを空に掲げたのだ。
「……リ・テイクの申請を開始」
ぶつぶつと呟くと、空に掲げる虹色の宝石が強く光りだす。
眩しすぎて手で光を遮らないといけないほど強く。
「おいおい、何をする気だ!?」
どう考えてもヤバそうな状況だが、止めるには遅すぎたようだ。
「承認を確認。実行――」
戦乙女が虹色の宝石を握り潰すと、世界から光が消えた。
◇ ◇
――! ――君!
「レオ君!」
「ハッ!?」
世界から光が消えた直後、気付くと俺は濡れた皿を握っていた。
「レオ君、大丈夫?」
隣には心配そうに俺を見つめるリリたんの姿があって……。
「あ、え?」
キョロキョロと周囲を見回し、自分の状況を確認すると――時間が戻っている?
槍が掠って破れた服も元通りになっているし、体に出来た擦り傷や切り傷も無い。
完全完璧パーフェクトボディ。
しかも、腹の中にはたらふく食った食事の満足感もあるし、少し遅れて脳みそが『リリたんの料理最高だった!』という幸福感まで発し始めるのである。
……リリたんの作った夕食を食った直後、彼女と二人で使用した皿を洗っていた時まで時間が戻っているのか?
「どうしたの? 急に黙っちゃったけど……」
「あ、いや、なんでも……」
なんだ? 何が起きた? どうして時間が戻ったんだ?
戦乙女が最後に見せた行動は、時間を巻き戻すための儀式か何かだったのか?
だとしたら……。
この時間まで時間が巻き戻ったということは、再び勇者の覚醒をやり直すつもりか?
「……もしかして、私の料理が合わなかったとか?」
「え!? 違う、違う!」
リリたんから悲しそうな声が聞こえてきた瞬間、俺は思考の海から緊急脱出した。
拭きかけの皿を置き、リリたんの肩に手を置く。
「美味かった! 毎日食べたいってのは本当!! 毎朝、毎晩、リリのエプロン姿が見たい!!」
「あ、あっ、う、うん……。あ、ありがとう……」
あまりにも熱を込めて言ったせいか、リリたんの顔がみるみる赤くなっていく。
「みんなの前で熱い告白とはやりますわね」
俺達のやり取りを見たマリア嬢がクスクスと笑う。
「ぼ、僕だって作れるよ!? これからたくさん練習するよ!?」
何故かシャルが張り合ってくる。
――いつも通りだ。
確実に時間が巻き戻っている。
ということは、ここから講師達から眠る前の注意事項を聞いているタイミングで~?
『ま、魔物だぁー!』
ほらぁ!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます