第19話 悪役貴族は見た!


 実技授業以降、勇者リアムとのコミュニケーションが激増してしまった。


 何故かと問われれば――自身の思惑は外れ、勇者からお友達認定されてしまったことが一つ。


 もう一つはリリたんがメインヒロインの一人であるマリア嬢と仲良くなったから。


 後者に関してはゲームのシナリオ通りとも言える。


 学園パートが始まったら、勇者(プレイヤー)・マリア嬢・リリたんの三人は仲良しグループとして学園生活を送ることになるからだ。


 シナリオという運命に沿った状況が半分出来上がりつつも、そこに俺という存在が加わることで新しい状況が生まれた……と、考えていいのだろうか?


 実際のシナリオだと、次のイベントまで訓練コマンドを消費しながら二人の女性キャラクターと交流を深めていくんだけどね。


 多少変わった運命シナリオは、俺の人生にどう影響を及ぼすのだろう?


 これから次第だと思うが、何度も言うように勇者パーティーに組み込まれるのだけは避けたい。


「次の大きなイベントは……。課外授業の時か?」


 一人トイレへ向かう途中、じっくりと今後のシナリオについて思い出す。


 学園パート序盤で起きる大きなイベントは『入学後の試験』と『課外授業』の二つだ。


 直近で起きるであろう課外授業とは、貴族科全体で行われる『野営訓練』である。


 要はキャンプだ。


 王都から少し行った場所にある森の入口でキャンプを行い、将来的に体験するかもしれない野営の過酷さを知りましょう――という趣旨の元に行われるのだが、キャンプ中に魔物が出現するのが『課外授業』イベントである。


 課外授業には元傭兵・元騎士や魔法使いが帯同しているものの、彼らでも倒すのが難しい魔物が出現。


 現場が混乱する中、主人公である勇者はみんなを守るために勇気を振り絞って戦う。


 凶悪な魔物と戦い、窮地に陥ることで力の一部が覚醒。勇者の力が覚醒したことにより、凶悪な魔物達を殲滅。 


 後に起こる『光の剣を抜く』というイベントに続く重要なシーンである。


「シナリオ通りなら、このイベントは必ず発生するよな」


 このイベントにおいて重要なのは「出しゃばらないこと」だろう。


 下手に勇者を助けて目立つのも避けたいし、勇者が苦戦する魔物を軽々と倒してしまうなど言語道断。


 俺は大人しくリリたんとのキャンプを堪能すればいいのだ。


 戦闘になど関わらず、魔物が現れたらリリたんを抱えて逃げてしまえばいいのだ。


「よし、この方向で――」


「おい、聞いてんのか!?」


 方向性を決めた時、真横にあった階段の上から怒声が聞こえてきた。


 何事かと思い様子を窺ってみると、階段の踊り場には二人の生徒の姿が。


 下からではよく顔が見えないのだが、一人は背が小さな生徒みたいだ。


 もう一人の怒声を上げたと思われる生徒は背が高く、体格差を存分に発揮して相手へ迫っている様子。


「お前は俺の言うことを聞いておけばいいんだよッ!!」


「う、うっ、ぐす……」


 う~ん? イジメか? イジメの現場に遭遇しちまったのか?


 どんな野郎がイジメられているのか? と興味本位に顔を確認してみると――ありゃま、お隣さんじゃないか。


 背の高い男子生徒に胸倉を掴まれ、壁に押し付けられているのは隣の部屋に住む女の子みたいな男性生徒である。


 このまま見て見ぬフリをして素通りすることもできるが……。


 イジメはよろしくないよな。


 俺は決して正義の味方ではなく、勇者でもない。


 しかし、お隣さんがイジメに苦しんでいる中、自室でスヤスヤと眠れるほど神経も太くない。


 俺は繊細な人間なんだ。


 それに隣で首吊り自殺でもされちゃたまんねえしよ。


 ここは一丁、助けてやるか。


 俺は階段を上がっていき、お隣さんに迫る男子生徒へ声を掛けた。


「ヘイヘイ、下まで声が響いてるぜ?」


「あ? なんだ、お前?」


 声を掛けると、邪魔された男子生徒は俺を睨みつける。


「あっ……」


 そして、迫られていたお隣さんは俺の顔を見て小さく声を漏らした。


 彼は無言で俺に「助けてほしい」と言わんばかりの目線を送って来る。


「この歳になってイジメなんざカッコ悪いよ。今の時代、イキるよりもスマートに物事こなす方が女にモテるんだぜ?」


「はぁ? 何言ってんだ、お前? 俺はイジメてなんていねえよ!」


 そうは言うがね、どう考えてもイジメ現場にしか見えない構図じゃないか。


「た、助けて……」


 その時、お隣さんがか細い声を上げた。


「ほらぁ!」


「お前! 何言ってんだ!」


 俺はここぞとばかりに指摘してやると、男子生徒は急に慌てだす。


 男子生徒はお隣さんの胸倉を再び掴みつつも、顔をズイと近づける。その後は脅しめいた文句でも言うのかと思ったが、何も言わずにお隣さんを睨みつけた後に手を離した。


「フン! どけ!」


 終いには俺の肩を突き飛ばしつつも、階段を下って行ってしまう。


「大丈夫か?」


「う、うん……」


 お隣さんに声を掛けると、彼は弱々しく頷いた。


 そして、やや乱れていた服装を直すと……。


「た、助けてくれてありがとう……」


 上目遣いで礼を言われた。


 どう見ても悪漢に襲われそうになっていた女の子にしか見えねえよ……。


「嫌なら嫌って言った方がいいぜ?」


 イジメられる側は怖くて声を上げられないと思うがね。


 最悪の状況から脱するには本人の強い意志も必要になると思う。


「学園や実家に伝えたらどうだ? 何とかしてくれるかもよ?」


 続けて訴える先を口にするも、お隣さんは弱々しく首を振る。


「……無理なんだよ」


 一言だけ言い残し、彼はトボトボと階段を下って行ってしまった。


「……どうしようかね?」


 デリケートな問題に首を突っ込んでみたものの、こういった問題は筋肉で解決できない――


「いや、出来るか」


 イジメ男子をボッコボコにして「二度と近付くんじゃねえ!」と脅迫すりゃ解決か? まぁ、お隣さんが望めばだが。


 それにボッコボコにしたことで実家に影響が出るかもしれないしなぁ。


 これはあくまでも最終手段かな。


「おっと、トイレトイレ」


 そんなことを考えつつも、俺は迫る尿意に抗いながらトイレへ駆け込んだ。



 ◇ ◇



 本日の放課後はお一人様。


 リリたんは実家関係の予定がある、とのこと。


 勇者リアムとマリア嬢は暇そうにしていたが、こちらから積極的に「放課後、屋台巡りでもしない?」なんて誘うのは問題外である。


 ということで、この機会を利用して『課外授業イベント』の予習をすることに。


 野営の練習じゃなく、襲って来る魔物の方ね。


 王都周辺に生息する魔物については既に調べてあるものの、実際に戦ってみないと魔物の強さはわからない。


 リリたんとのデート代稼ぎも含め、王都の外をブラつきながら魔物狩りを行ってみたのだが――


「う~ん。どれも強いとは言えないなぁ」


 王都周辺に多く生息するのは鹿の魔物だ。


 枝分かれした鋭利な角を武器に人へ襲い掛かる魔物だが、強さとしてはワイルドボアよりも弱い。


 次点で遭遇しがちなのは熊の魔物。


 リリたんの馬車が襲われていた時に倒したアレ。レッドグリズリーと呼ばれる熊の魔物だ。


 こちらはワイルドボアより強いとは思うが、苦戦するほどではない相手だ。


 まぁ、毎晩寝る前に脳内で繰り広げたイメージトレーニングの実戦には持ってこいな相手なのだが。


「イベントに登場する魔物は見当たらないなぁ」


 俺は両手を真っ赤に染め、腰には血の滴る魔石入りの革袋をぶら下げながら王都近郊を徘徊し続けた。


 しかし、目的の魔物は見つからない。


 探しているのは黒い毛並みを持つ熊の魔物、ブラックベアという魔物だ。 


 レッドグリズリーよりも体は小さいのだが、全体的に筋肉質でマッシブな感じ。


 一言で言えば、ムキムキのクマさんである。


 そちらも強さを明らかにしてやろうと夕方まで外を探し回ってみたが一度も遭遇することはなく。


「仕方ない。今日は帰るか」


 たった今ぶっ殺した鹿の魔物から魔石を抜き取り、相変わらず両手血まみれの状態で王都方向へと歩きだす。


 たまに遭遇する旅人がギョッとするが、気にしてたらこの世界で生きていけないね。


 もちろん、王都に入る前に手は洗ったよ。


 血まみれの状態で王都を歩いたら絶対捕まるからね。

 

 イベントに登場する魔物と戦うことはできなかったが、デート代稼ぎの点だけ見れば上出来だ。


 今日ぶっ殺した分の魔石を売れば……。平民の平均月収よりちょい上くらいの金額にはなるかな?


 次にリリたんと出かけた時は、ちょっと高級なレストランでも誘ってみようかな。 


 ムードのあるシチュエーションを演出して、その後は……。


『レオ君……』


 乱れたベッドの上、シーツで体を隠しながら赤面するリリたんの姿が脳裏に浮かんだ。


 デュフ。


 思春期の男子らしい妄想を思い浮かべながらも、魔石の入った麻袋をブンブン振り回しながらルンルン気分で寮へ戻り、自室の鍵を開けようとした時――隣の部屋のドアが開いた。


 ほんの数秒、部屋から出てきたお隣さんと目が合う。


 すると、彼はモジモジと体を動かし始めて、意を決したような表情で口を開いた。


「あ、あの……。少しお時間もらえますか?」


「え?」


「ひ、昼間のことで……。ちょっとお話が……」


 と、彼の部屋に誘われてしまった。


 俺はイジメっ子男子生徒の殺害依頼でもされるのだろうか? なんて考えつつ、彼の部屋にお邪魔することにした。

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