第18話 悪役貴族の青春学園生活(絶望編) 2


 朝が来た。


 早朝ランニングと筋トレを終え、飯を食い、制服に着替えてと変わらぬルーティーンをこなしているのだが……。


「行きたくねえ……」


 鏡の前で頭を抱えそうになった。


 どうしてこうなった。


 どうして勇者と実技授業を受けなきゃならんのだ。


「はぁ……。仮病で休みてえわ」


 でもなぁ……。一日一度はリリたんの声を聞かないとなぁ……。


 ガキの頃は我慢出来ていたけど、リアルで生なリリたんボイスを味わってしまってはもう無理だ。


 一日でも欠かせば全身に蕁麻疹が出て吐血して血便出て死ぬだろうな。


 もうジャンキーだよ。


 俺はリリたんボイスジャンキーだ。


「……何度か付き合えば向こうも飽きるかな?」


 むしろ、それを願うしかないか。


 ため息を吐きながらも鞄を小脇に抱え、机の上に置いてあった鍵を取る。


 またしてもため息を吐きながら部屋を出ると――


「ん? あ、おはよう」


「あっ、あっ……。お、おはよう、ございます」


 部屋を出たタイミングがお隣さんと重なった。


 相変わらずオドオドしている子だなと思いつつも、どうしても顔に注目してしまう。


 ……どう見ても女の子にしか見えないんだよなぁ。


 でも、制服は男子用のズボンを履いているし、そもそも男子寮に入寮しているし。


 性別は男で間違いないんだろうけど、彼の顔を見る度に脳がバグりそうになる。


「――っ」


 俺が顔を見すぎたせいか、彼は鞄を抱えて小走りで去って行ってしまった。


 悪いことしちゃったな。


「はぁ……」


 ネガティブな考えを抱くと、余計に気分が憂鬱になってしまった……。



◇ ◇



 憂鬱な気分のまま教室に入ると、既に席に着いていたリリたんが笑顔で迎えてくれた。


「レオ君、どうしたの? なんだかいつもと違うね?」


 彼女の前では普段通りの自分を装っていたはずなのだが、些細な変化が顔に出ていたのかもしれない。


 可愛くて気が利く彼女はその変化を感じ取り、心配そうに表情を歪める。


「ううん、何でもないよ」


 ああ、マイヒロイン。僕の癒しよ。


 この憂鬱な気分を感じ取ってくれるなんて、君はどれだけ良い子なんだ。


 と、そんなことを考えながら席に着くと――斜め前方向に座っていた勇者が顔を向けて微笑んでやがる。


 実技授業が楽しみで仕方ないって顔だ。


 誰のせいでこんな気分になっていると思ってやがる。心底ムカつく勇者様だぜ。


 ――一度本気出してボッコボコにしてやろうかな?


 いや、いや! ダメだ! ダメダメ!


 この考えだけは絶対にダメ! 下手に勇者をボコって『魔王を倒すには君の力が必要だ!』って事態になったら最悪も最悪。


 王都にリリたんを残して旅立つ、なんて人生は絶対に避けなければならない。


「ん? どうしたの?」


 最悪のルートを想像しながらも、リリたんの顔を見つめてしまった。


 こちらの視線に気付いてニコリと笑う彼女は、いつ見ても天使だった。


「いや、今日も制服姿が似合っているなって思って」


「え~。なにそれ」


 恥ずかしそうに笑う君も好きだよ。


 ……ああ、俺のストレス値がどんどん下がっていくのがわかる。


 ちゅき♡


 授業二コマ分ほどリリたんに癒してもらい、遂に問題の実技授業の時間がやって来た。


 実技授業に関してだが、生徒は前衛系と後衛系に分かれることとなる。


 剣術や体術を得意とする生徒は講師見守りの元で模擬戦を行い、魔法を得意とする生徒は魔法使いである講師の元で魔法を発動する練習。


 どちらも野外訓練場で行うのだが、魔法側の授業は最初の数十分ほど講義を受けたあとは自主練となる。


 都度、自習中に質問があれば講師に問う感じ……なのだが、魔法側の講師はとんがり帽子を深く被って毎回居眠りしている。


 たぶん、やる気がないだけだ。


 そういう背景もあって、講師の目が無くなった魔法使い達の視線は自然と模擬戦を行う生徒達の方向に。


 毎度熱い近接戦闘を繰り返す模擬戦に釘付けとなっていき、結局は堂々と見学する生徒達が大盛り上がりするのがお馴染みとなっていた。


 毎回、何かしらの大会が行われているような雰囲気だ。


 本日も講義を受け終わった魔法使いの雛達が友人や恋人を応援する声を上げるのだが……。


「レオ君っ! がんばれー!」


「リアム! 負けたら承知しませんわよ!」


 模擬戦用のサークルに入って勇者リアムと対峙すると、後方から二人の声が聞こえてきた。


 チラリと後ろを窺うと、リリたんとマリア嬢が肩を並べる姿があった。


「お互い、応援に応えたいね」


 そうだね。


 可能なら爽やかに笑うその顔をぶっ飛ばしたいよ。


「過去のことは忘れて! 僕には遠慮しなくていいからね!」


 俺を気遣って言っているんだろうが……いや、待てよ?


 向こうはまだ俺がトラウマを抱えていると思っているんだよな? となると、これを活かす方向で動いた方がいいんじゃないか?


「始め!」


 最近、お互いに筋肉を称え合っている男性講師が開始の合図を告げた。


 先に飛び出したのはリアム。


 遠慮するなと言っておきながら、向こうも向こうで遠慮がない。


「ハァァッ!!」


 初手から全力全開っぽい上段からの一撃を振るってきたが、俺は難無くバックステップで回避する。


 しかし、回避されるのは織り込み済みだったようで、リアムは間髪入れずに間合いを詰めてきた。


「フッ!」


「おっと」


 横薙ぎの一閃は腹をヘコめる感じでギリギリ回避。


 続けて、勢いを殺さずに放たれた下段からすくい上げるような攻撃も横へステップして回避。


 この瞬間、リアムに僅かな隙が出来た。


 対する俺は既に踏み込む準備が出来ている。


 ――ここで一つ、演技を入れておこう。


 俺はスムーズな流れでリアムの懐に入り、魔物を殺す時と同じ本気レベルの殺意を抱く。


 イケメン死すべしっ! リア充死すべしっ!


 今の自分は棚に上げて、前世で感じていた劣等感からの怒りを思い出しながら脇に拳を引き絞る。


「――ッ!!」


 潜り込んだ瞬間、リアムの顔が歪むのが見えた。


 そうだ、その顔が見たかった! ゲヒヒ!!


 完璧な潜り込み、完璧な溜め――だが、楽しむのはここまで。


「…………」


 引き絞った拳を繰り出すも、俺はリアムの腹にチョンと当てるだけに留める。


 拳が当たった瞬間、リアムは大きくバックステップして距離を取った。


「……まだ怖いのかい?」


 顔に汗を浮かべるリアムは、服の袖で拭いながら問うてくる。


「…………」


 今回も何も言わない。


 弱々しく笑うだけ。


 否定も肯定もしないでいると、リアムは「大丈夫だよ」と爽やかな笑みを浮かべた。


 何が大丈夫なのかは分からんが、向こうは納得してくれたらしい。


「もうちょっと時間があるみたいだね。このまま続けて慣れていこう!」


 ……お優しいねぇ。


 正直、騙していることに罪悪感を覚えそうだよ。


 ただ、こればっかりはしょうがねえんだ。許してくれよな。


 内心で謝罪しつつも、リアムとの模擬戦を続けた。


 数十分後、終了の合図が告げられる。


「今日もナイス筋肉!」


「先生もね」


 最後は男性講師に自慢の上腕二頭筋をアピールし、向こうも自慢の広背筋をアピール。


 互いに目で「いいね!」と賞賛しつつも、サークルの外へ向かった。


「レオ君っ! お疲れ様!」


 リリたんからタオルを受け取り、顔の汗を拭いていく。


 汗を拭い終えると、タオルはリリたんに回収されてしまった。


「洗って返すよ?」


「ううん、大丈夫だよ」


 使用済みのタオルを畳むリリたん。良いお嫁さんになるでしょう。


 でへっ。


「貴方、リアムと対等に戦えるなんて。そこそこ強いようですわね」


 リリたんとのラブラブタイム中に声を掛けてきたのは、なんとメインヒロイン様である。


 侯爵家の令嬢である彼女の言葉遣いと態度は偉そうに見えるが、声音は本気で驚いているようだ。


「それは……。どうも」


 もうちょっと媚びた声にしておいた方が良かったかな? 


 でも、リリたんの前だからな。カッコつけたいな。


「自己紹介がまだでしたわね。私の名前はマリア・レイエス。レイエス家の長女ですわ」


 よろしく、と笑う彼女からは実に高貴な雰囲気が溢れ出る。


 ――彼女は正しくお嬢様って感じのキャラクターだ。


 俺としてはあまりタイプなキャラクターではなかったのだけど、前世では人気が高いキャラクターでもある。


 人気の理由はギャップだろう。


 リアムと恋人関係になると甘々でデレデレなキャラになるんだが、それがたまらんと言う人が多かったっけ。


 逆にリアム以外の他人に対してはやや高圧的って感じ。


 しかしながら、他人に対して「侯爵家の生まれである私を知っていて当然でしょう?」という態度を出さないところは好感が持てる。


 ……ゲーム終盤で敵として登場した俺を容赦なく風の魔法で斬り刻み、更には「王国の恥じ」「クズ」「ゴミ」と罵声を浴びせるんだけどね。


「ねぇ。せっかくだし、お昼は四人で食べない?」


「あら、よろしいのではなくて? そろそろリアムにもお友達を増やして差し上げたいところでしたし」


 リアムの提案に対して、マリア嬢は「ふふん」と鼻で笑いながら肯定した。


 そうだ。学園パート中のマリア嬢は主人公に対して世話焼きお姉ちゃんタイプなんだっけ。


 これもまたギャップを強めるスパイスの一つなんだろうな。


「レオ君、行こう?」


「あ、うん」


 勇者パーティーのメンバーと交流を持つのは危険だが、リリたんに誘われちゃ断れねえ。


 授業終了後、食堂に向かって四人で歩いていると――


「レオ、また戦おうね?」


「……うん」


 馴れ馴れしく名前を呼ばれながら再戦を約束されてしまった。


 今後もトラウマ作戦で誤魔化すとして、授業とは別に本気で戦う場も用意しなきゃな。


 実家暮らしの時と比べて、現状じゃ物足りねえよ。


 ……そろそろ、魔物でも狩りに行ってみようか?


 三人の背中を眺めつつも、自分が経験値を積む方法について考え続けた。

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