第14話 推しキャラとの再会


「ハーゲット様! ここで待っていれば会えると思っていました!」


 リリたんは満面の笑みを浮かべながらそう言ってくれる。


 ペカーッと輝く笑顔も可愛らしいが、彼女からは人懐っこいワンコのような雰囲気が溢れ出た。


 彼女はヒューマンのはずだが、犬の尻尾をぶんぶんと振っているような姿を幻視してしまう。


 可愛い。


 初めて出会った時も思ったが、ゲーム内で見る活発系美少女的な服装――ショートパンツにシャツという服装も似合うが、今のようなお上品で貴族令嬢らしいワンピース姿も実に似合っている。


 要は全部似合うってことだ。


 推しキャラに似合わない服などない。これが世界の真理である。


 俺は脳内で「恋は盲目」というプラカードを掲げる自分にドロップキックをかましつつ、笑顔で幻の尻尾を振る彼女へと近付いていった。


「無事到着したのですね。よかったです」


「はい。ハーゲット様が助けて下さったおかげです」


 お互いにニコリと笑ったところで、一旦会話が途切れてしまう。


 いかん、相手の言葉を待ちすぎてしまった。


 せっかく会えたのだから、こちからから積極的にいかないと。


「「 あの―― 」」


 しかし、今度は声が重なってしまう。


 俺達はお互いに笑い声を漏らしてしまい、リリたんから「どうぞ」と先を譲られた。


「自分は男爵家の人間ですので、もっと気安く呼んで頂ければ」


 あわよくば「レオン君」とか「レオ」って呼ばれたい。言葉遣いもタメ口がいい。


「実は私も……。あまり堅苦しい人付き合いは苦手で……」


 上目遣いとモジモジのコンボ、好き。


「お互い、と、友達みたいに……。か、会話したいな?」


「分かった。俺もあまり堅苦しい言葉使いは苦手だから助かったよ」


「うんっ! こうやって話せる方が嬉しいな、レオ君っ」


 レオ君っ! レオ君っ! レオ君っ!


 脳内で彼女の声が反響し、暴れ回る。


 それはまさしく凶器だった。


 いや、これはモヒカン肩パットな男が火炎放射器を片手にバイクへ跨っているような。


 ヒャッハー! と叫びながら脳内を暴れ回り、俺の脳細胞を消毒していくのだ。


 このまま脳内を綺麗にされて別人化してしまいそうになったがグッと耐える。


「ありがとう、リリさん」


「……リリって呼んで?」


 脳内で暴れ回るモヒカン男が増えた。


 今度は肩にロケランを担いでやがる。


「……リリ」


「うん、レオ君」


 お互いに名前を呼ぶと、数秒の間見つめ合ってしまった。


 可愛すぎる。マイヒロイン、可愛すぎ。


 爽やかな春の風に流れる長い髪を見ていると、青春ラブコメ系アニメに入り込んでしまったのではないかと思えるほど。


 俺という人間が悪役として生まれたことを忘れてしまいそうになる。


 ……今すぐ抱きしめたい。


 けひっ!!


「ところで、レオ君はどこかへ出かけるつもりだったの?」


「ああ、そうだった。学園の授業で使うペンとかを買いに行くつもりだったんだ」


 忘れかけていた外出目的を口にすると、リリたんは顔をパッと輝かせる。


「私も一緒に行っていい? おすすめのお店を教えてあげるよっ」


「本当? 助かるよ」


 冷静さを保ちながら言うが、内心ではドッキドキだ。


 だって、これってデートじゃね? リリたんとデートじゃね?


 ふひ、ふひ!


「俺はド田舎貴族だからさ。王都に来たのも初めてで……」


「私は何度か来たことあるよ。だから、私に任せてっ!」


 肩を並べて歩くリリたんは、俺がよく知るリリたんになっていた。


 人懐っこい笑顔を見せながらワンコのように元気よく振舞い、積極的にお喋りしてくれて、よく笑う。


 ――今、俺は猛烈に感動している。


 ゲームの主人公を操りながら疑似体験していたイベントを生身で体験しているのだから。


 俺をこの世界に転生させてくれた女神様に感謝したい。


 今なら女神様のケツにディープキスしてもいい。


「そういえば、明日は試験があるよね? レオ君は自信ある?」


 彼女の言う試験とは入学後に行われるクラス分け用の試験だ。


 平民学生は入学試験時の成績を元にするようで、明日の試験は『貴族科』に属する貴族家の学生だけが対象となる。


 試験は筆記と実技。


 筆記は常識問題と学力テストだが、実技試験は魔法や剣術など、この世界には欠かせない戦闘に関わる能力を評価されることになっている。 


 これら二つの点数を総合し、上位順からAクラス、Bクラスとクラス分けされていくとの話だが。


「筆記はそこそこ自信があるんだけど、実技がなぁ……。俺、中級魔法使えないから」


 懸念点は実技の方だ。


 魔法の才能に重きを置かれて評価されるとマズい。


 俺は確実に底辺だし。


「私も実技が自信ないよ~」


 苦笑いを浮かべるリリたんだが、実のところ彼女には魔法の才能がある。


 トップレベルとは言えないが、中堅以上の実力を持った魔法使いなのだ。


 実際、ゲーム内では主人公と同じAクラスだったしね。


 こんな可愛い顔をしながらも、確実にエリート街道を行く人材ってわけだ。


「同じクラスになれたらいいね」


「そうだね」


 いや、絶対に同じクラスになりたい。同じクラスになって甘い学園生活を送りたい。


 お互いに明日の健闘を誓いつつ、リリたんと共に東区へと歩みを進めた。


 東区に入ってからはリリたんに先導してもらい、彼女がおすすめする店を何軒か回った。


 正直、最初は貴族向けのクソ高い店を回るのかとビクビクしていたのだが、予想に反して彼女が案内してくれたのはどれも中流階級向けの店ばかり。


 貴族御用達の商会が扱う商品よりも安く、平民でも背伸びすれば手が届くレベルだ。


 商家の人間や豪商の身内が利用するレベルと言えばいいだろうか?


 これなら道中でぶっこ抜いた血まみれの魔石を売って軍資金を作らなくてもギリギリ済みそう。


「貴族向けの商会は確かに良い物を売ってるけどね? あっちは無駄にゴテゴテしてるっていうか……」


 曰く、貴族向けの商会で扱う商品はとにかく豪華だそう。


 ペン一つとっても「最高級〇〇の素材を使用しています!」とか「贅沢に宝石を散りばめちゃいました!」とか、そういった余計な付加価値を乗せてくる。


 リリたんとしてはあまり好ましくなく、話を聞いていると彼女は『機能美』を優先するようだ。


「長く使う物だしさ。豪華さよりも使った時の感触を重視した方がよくない?」


「すっごいわかる」


「ふふ。私達、気が合うね」


 イ、イきそう……。


 ――その後、数軒回って目的の物を買い揃えることができた。


 このまま寮に帰ってもいいのだが、そんな選択肢はつまらない。


「リリ、歩き疲れたでしょう? どこかでお茶でも飲みながら休憩しようか?」


「うんっ」


 リリたんにおすすめのカフェを教えてもらいつつ、そこでケーキと紅茶を堪能することに。


 本当はコーヒーが飲みたかったんだが、この国にコーヒーって無いらしい。


 別の国にはあるのかな? 今度調べてみよう。


「レオ君の領地ってどんなところ?」


 ケーキを堪能している間、話題に挙がったのはそれぞれの領地について。


「ド田舎だよ。畑と山以外なんもないし……」


「うちも似たようなものかなぁ」


 リリたんは控えめに実家を評価するが、アルガス伯爵領は銀が採掘される鉱山を所有している。


 王都ほど大きくはないが実家の隣領よりも大きく、鉱山都市として国内五指に入る発展ぶりを見せていたはずだ。


 これまでの買い物では機能美を重視し、安物でも良い物は良いと判断する姿を見せてきたが、実際はすごいお金持ちの家に生まれたお嬢様である。


「領地ではどんなことをして過ごしてたの?」


「小さな頃は体を鍛えて……。最近だと親父と一緒に魔物を狩りに行くことが多かったかな?」


 オークの群れから親父を救うことで頭がいっぱいだったからね。


 今思えば、子供らしい遊びをした記憶がない。


 ただひたすらに体を鍛えているか、シオンに腹筋を触られていた思い出しかねぇ……。


「そっかぁ。だからあんなに強かったんだね?」


「むしろ、魔物を倒す以外に取り柄がないとも言えるね」


 ははは、と力無く笑うと、リリたんはブンブンと勢いよく首を振った。


「そんなことないよ。おかげで私は助けてもらえたんだし!」


 前のめりになりながらも力強く言ってくれるリリたん。


 彼女にそう評価されるだけでも、ここまで頑張ってきた甲斐があるってもんだ。


「そ、それにね? す、すっごくカッコよかったし……」


 更に彼女は頬を赤らめながらも、恥ずかしそうに笑う。

 

 ――オイオイオイオイ!

 

 これは確実にフラグ立ってんじゃない!? リリたんとの恋人フラグが立ってんじゃない!?


 初めて死亡フラグ以外のモンがおっ立ったんじゃねえか!?


「あ、そ、そうだ! 他には!? レオ君の領地って美味しい物とかある!?」


 恥ずかしくなったのか、リリたんは慌てるように話題を変えた。


 ふふ。可愛いね。リリたん、可愛いね。


 その後もお喋りを続けて――というか、ここから怒涛の質問攻めが始まったと言うべきか。


 リリたんから領地のことや家族に関することなどを聞かれて、逆に俺も同じ質問を返す流れが続く。


 ――リリ・アルガス。


 アルガス家の三女。


 二人の姉は既に嫁いでおり、三女のリリは上の姉と十歳も離れている。


 遅く生まれた子ということもあって、家族から……特に父親からは溺愛されて育った。


 貴族令嬢としての教育を受けているものの、本人は元気に外を駆け回っちゃうタイプ。


 魔法の訓練よりも体を動かす方が好きなようだが、家の教育方針もあって剣術や体術などの訓練は経験していない。


 愛情たっぷりに育てられた彼女は人懐っこい性格を持つ活発な女の子となった。


 ――ここまではゲーム内で語られる情報と設定資料集に記載されている内容と同じ。


「私、甘い物が好きで……。新しいデザートはつい食べちゃうんだぁ」


 特に砂糖たっぷりなドーナッツが大好き。


 本人曰く、本気を出せば百はいけるという。


「小さな頃から外で遊んでいたせいもあって、私服はあまり女の子っぽくないかも。お母様からも、もう少し令嬢として相応しい服を着なさいって怒られちゃってたんだ」


 現在は道中でも着用していた白ワンピース姿であるが、これでも無理をしている方だと語る。


 彼女の母は「王都に行くならドレスを着なさい」と言っていたようだが、渋りに渋って白ワンピース着用までレベルを落としたという。


 普段はもっと動きやすい服を着る、と恥ずかしそうに語る彼女だが、実際にゲーム内で出てきた私服姿もショートパンツ姿が多かった。


 髪もそうだ。


 髪も普段はポニーテールだが、今日のように下ろしていることも本人は「なんか違うな?」と感じるそうで。


 他にも好きな色は青、嫌いな食べ物はナス、紅茶には砂糖を入れない派……などなど。


 ――こうして現実の彼女とお喋りを続けることにより、より細かな情報を得られたのは大きい。


「恥ずかしがらなくてもいいんじゃない? リリならどんな髪型も服も似合いそうだよ?」


「えへへ……。そ、そうかな?」


 むしろ、俺はショートパンツ姿の方が好き。


 女の子全開のワンピース姿や夜会に着ていたドレス姿も好きだけどね。


 どんなリリたんもちゅき♡


「レオ君は? 自分の中で何を重要視してる?」


「俺? そうだなぁ……。筋肉かな?」


「筋肉?」


「うん。実家で強くなろうと考えた時も、まずは筋肉をつけようと思ったからね」


 筋肉を鍛えて物理で殴る。その上に魔法をチョイと盛る。


 死亡フラグを折るための基本的な考え方であり、今までずっとブレずに続けてきた考え方だ。


 この世界で生き抜くには少なからず力がいる。力が必要になるシーンが前世の世界よりも圧倒的に多いしね。


「戦いにおいて、己の体こそが一番の武器だよ」


 ムキィ……。


 カッコいいセリフと共に筋肉アピール。


 シオンならびしょ濡れ間違いなしの必殺コンボだ。


 リリたんにはどうかな? と彼女の表情を窺うと――彼女は俺の上腕二頭筋に釘付けだった。


「ちょ、ちょっと触ってみてもいい?」


「どうぞ」


 ムキィ……。


「わっ! かたぁい!」


 リリたんが俺の腕をツンツンしてくれてる。


 イきそう。



 ◇ ◇



 楽しいお喋りタイムを堪能していたのだが、気付けば空の色が茜色になってしまっていた。


「あっ、もうこんな時間!」


 あと二時間もすれば寮で最初の夕飯が始まる時間だ。


 俺達は慌てて席を立ち、夕日に照らされた王都を歩きだす。


 因みに支払いは俺がしたよ。


 お茶代くらいはサッと払っていいところを見せないとね。


 母様にナイショで「女に使え」って余分にお金をくれた親父、ありがとう! 愛してるぜ!


「長々とお喋りしちゃってごめんね」


「いや、楽しかったよ」


 俺が「また喋ろう」と提案すると、彼女は嬉しそうに笑ってくれた。


 女子寮の近くまで彼女を送り、そこでお別れ。


「また明日!」


「うん、また!」


 寮に帰って行く彼女の背中を見送ったあと、俺も男子寮へと向かった。


 まだ慣れない豪華なエントランスに入ると、昼間と違ってそこそこ生徒の姿が見られる。


 まだ学園が始まっていないこともあって、みんな私服姿なのだが……。


 どいつもこいつも金持ちの匂いがしやがるぜ。


 キラッと宝石っぽいワンポイントが光る上着にスカーフなんて巻いちゃってさぁ。


 まさに貴族家出身ですって感じの恰好だよ。


 寮の中で過ごす時はあんな恰好をしなきゃならないのだろうか?


 俺はシャツにズボン、欲を言えばタンクトップと下着姿で過ごしたい派なのだが。


「面倒くせえな」


 思わず感想を漏らしながらも自室に向かい、ドアに鍵を差し込んだタイミングで――右隣にある部屋のドアが開いた。


「あっ、こ、こんばんは……」


 俺と目が合い、オドオドしながら挨拶を口にする住人。


 挨拶を返そうにも一瞬固まってしまった。


 その理由は、隣部屋の住人が「女の子」にしか見えなかったからだ。

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