第12話 推しキャラ登場!


 停車していた馬車に近付くと、やはり魔物に襲われていた。


 騎士っぽい人達が剣を片手に応戦するのは熊型の魔物。


 サイズはそこまで大きくないが、赤い毛を纏う魔物の名は……。確かレッドグリズリーだったかな?


 王都周辺に生息する魔物の一種であり、成体となった個体は戦闘訓練を積んだ騎士でも苦戦するって親父が言ってたっけ。


 成体になった個体は三メートルを超えるという話だが、馬車の護衛らしき人達と戦う個体は一メートル半くらいの大きさしかない。


 まだ成体には至っていない個体なんだろうけど、とんでもないパワーで人を薙ぎ払ってふっ飛ばしてやがる。


「助けは必要ですかー?」


 やや遠めの位置から叫んで問うてみると、護衛の一人がこちらに振り返る。


「傭兵か!? すまない、協力してくれ!」


 顔には必死な表情が張り付いている。


 しかも、護衛としてのプライドを即捨てての助力要請。こりゃマジで必死なんだろうな。


 俺はその場にリュックを下ろし、全速力で駆けだす。


 狙うは熊の顔面。


 剣を構える護衛達の間を突き抜け、グオオと鳴く熊に向かって飛び――


「オラァァッ!」


 熊の顔面に衝撃波付きの蹴りを叩き込んだ。


 しっかりと顔面を捉えた瞬間、衝撃波の爆発が発生。


 熊の顔面からは強烈な爆発音が鳴るものの、着地しながら確認すると顔の半分しか吹き飛んでいない。


 しかも、恐ろしいことに顔の半分がぶっ壊れてるにもかかわらず、この熊さんはまだ動いてやがる。


 一撃入れた俺を道連れにしようと大きな腕を振り上げるのだ。


「これで死なないかぁ」


 実家の山に生息するワイルドボアなら一撃で殺せる威力なのだが、やや威力が足りなかったらしい。


 もう少し魔力を注いでも良かったと反省。


 やはり、生息している魔物の質も田舎とは違うのかね。


 都会に住む魔物は良いモン食ってるから強いのか?


「シッ!」


 そんなことを考えつつも、相手の攻撃が振り下ろされる前に熊の顎へアッパーをぶち込んだ。


 二度目の衝撃波は完全に頭部を破壊し、熊の体は腕を振り上げた状態でフラフラと揺れる。


 そのまま数秒揺れたあと、ズシンと地面に倒れていった。


「ふぅ」


 倒れる熊の死体を見送りながらも、頭の中で「都会では威力を少し上げるべし」と反省。


 相手の懐に飛び込んで戦うしかない俺は一撃必殺が望ましい。


 故に衝撃波の魔法陣構成はかなり重要であり、威力調整には特に気を遣わなければならない。


 一撃で倒せない場合に備えてのイメージトレーニングも重要だ。


「あの、よろしいか?」


「え? あ、申し訳ない」


 声を掛けられて我に返った。


 振り返れば、先ほどまで必死な表情を貼り付けていた護衛騎士達の顔には、困惑の表情が貼り付いている。


 ただ、その中でも俺に声を掛けてきた男性は、眉間に皺を寄せながらも真剣な表情を向けていた。


「助力して頂き感謝する。貴殿は傭兵か?」


「いえ、自分はアンドリュー・ハーゲット男爵の息子。レオン・ハーゲットです」


 母様から習った自己紹介術――見知らぬ人に身分を問われたら貴族であることを強調するように、という教えをしっかり守る。


 すると、今度は男性の表情が驚きに変わる。


「ハーゲット家のご子息!? アンドリュー氏の!?」


 いや、これは驚きを通り越してテンションアゲアゲって感じになったぞ? どういうこっちゃ?


「父をご存じなのですか?」


「もちろん! 過去に戦場でお父上の活躍を目にしました! そうか、だからこんなにも……!」


 どうやらこの人は親父のファン? らしい。


 彼はテンションが高いまま「あれだけ武勇を見せたのだから、貴族位を賜るのも納得!」みたいな感じで親父を褒め称え続ける。


「隊長」


 褒め言葉が止まらない男性は、部下と思われる人に肘で突かれるとようやく正気に戻った。


「ハッ!? 申し訳ありません、取り乱しました」


 苦笑いを浮かべながら謝罪する男性は、続けて自分達の所属を明らかにし始める。


「我々はアルガス家の騎士でして――」


 ……アルガス?


 家名を聞いた瞬間、俺の心臓が大きく跳ねた。


 同時にキャビンに描かれた紋章へ顔を向けてしまう。


 どういうことだ? 設定資料集にあったアルガス家の紋章と違うじゃないか。


 い、いや、それどころじゃない! 今は紋章なんて気にしている場合じゃない!


 彼は「アルガス家」と言ったんだ。


 アルガスって!!


「お嬢様を王都までお送りする途中でして」


 男性は馬車のキャビンに顔を向ける。


 も、もしかしてェェェッ!! あ、あの中にはァァァッ!?


 ドッドッドッドッと心臓の音がどんどん大きくなっていく中、ゆっくりとキャビンのドアが開いて――


 現れたのは、白いワンピースを身に付けながら不安そうな表情を見せる金髪の美少女。


 ――リリ・アルガス。


 リリ・アルガスだ。


 ゲーム内では元気で人懐っこいワンコ系キャラ。


 日常では長い金髪をポニーテールにまとめ、元気いっぱいなサブキャラクター。


 しかし、主人公へ恋心を抱いて以降は、ふとした瞬間に「乙女」な姿を見せてくれるのだ。元気な姿とは打って代わり、頬を赤らめながらもじもじしちゃうタイプ!


 永遠の推しキャラ。


 しゅきしゅき大好きマイ・ヒロインが今、俺の目の前に……!


「あ、あの。助けて頂き、感謝致します。わ、私はアルガス家の三女、リリ・アルガスと申します」


 ――彼女が声を発した瞬間、俺の顔面には強烈な風圧が当たった気がした。


 そして、一瞬で絶頂しそうになった。


 前世で毎日欠かさず聞いていた声。毎日俺に希望と活力をくれた声。


 女神に等しい――いや、女神以上のリリたんボイス。


 出社前と就寝前に聞かないと体調不良に陥るほどく声は、数年ぶりに俺の脳を刺激する。


 しかも、生声。


 俺の脳が「生声入りましたー!」と認識した瞬間、脳内には高純度の『ニトロセリン』が充満していく。


 現実世界で彼女の姿を見ることすら超刺激的なのに、生声も同時となると刺激が強すぎる。ものすごく強烈だ。


 彼女の声は俺の脳を容易く焼く。


 ニトロリリセリンによる効果でジワジワと脳細胞が焼けていく感触を感じ、今にも絶頂をキメながらアヘ顔ダブルピース付きで意識が飛びそうになった。


 しかしッッッッ!!!


 ここで絶頂気絶を決めるには惜しいッッッッ!!!


 せっかくリリたんと出会えたという幸運。彼女を助けたという絶好のシチュエーション!!!!


 イけないッ! こんな絶好のチャンスでイッてられないッッッ!!


 俺は唇をガッと噛みしめ、気合で意識を繋ぎとめた。


 そして、ふぅと息を吐き――


「ご無事でしたか、美しいお嬢さん」


 自分でもすっごいダンディな声出た!!!


 クールでカッコいい、ダンディな自分を演出!! これは決まったでしょう!! これにはリリたんもびしょ濡れでしょう!!??


 リリたん!!! どうカナ!!!???


「あ、あ……。け、怪我はありません」


 オドオドしてるリリたんも可愛い!!!!


 回想モード、チャプター三十五の女子お泊り会シーンのパジャマ姿みたいに髪を下ろしているのも相変わらずバチクソ可愛いね!!!!


「怖かったでしょう。もう魔物はいませんからね?」


 超絶ハイパー下心ゼロ安心安全紳士な俺は、ニコリと笑いながら彼女の不安を取り除こうと努める。


 すると彼女は精一杯の笑顔を作って言うのだ。


「あ、ありがとうございます。窓から見ていましたが、お強いのですね」


 イきそう。


 リリたんに褒められてイきそう!!


「レオン殿、もしかして貴殿も王立学園に?」


 イきそうになった瞬間、野太い男の声で我に返った。


 いかんいかん! リリたんの前で絶頂したら人生終わる!


 別の意味で死亡フラグが成立しちまうよォ!


「ええ。自分も王都へ向かう途中でして」


 乗り合い馬車に乗れなかったんで、走ってここまで来たんですよぉ! なんて語ってみせると、男性は「走って!?」と驚愕の声を上げた。


 後ろにいた部下の一人なんてドン引きするような表情を見せやがる。


 何よ、おかしいわけ!?


「は、走ってここまで……。それは大変ですね。あ、それなら!」


 可愛い可愛いリリたんも恐怖心が薄れてきた様子。


 まだぎこちないが、笑顔を見せながら自分の馬車に手を向けた。


「もしよろしければ、お礼も兼ねて馬車に乗っていきませんか?」


 相乗り!? リリたんと相乗りイベント!?


 早くも未経験のイベントが発生したことにより、俺は今にも「ヒャッホー!」と叫びそうになったが……。


 脳内に住む『冷静さ』を司る俺がポンと登場して「ちょ、待てよ!」と制止してくるのだ。


『お前、相乗りしてイかない自信ある?』


 確かに。冷静さを司る俺の言う通りだ。


『ここは後に活かすべきなのでは?』


 なるほど。


 引くことも大事ってことだな。


 敢えて乗らず、俺が「いえ、トレーニングも兼ねているので走って向かいます」と言ったらどうなるだろう?


 リリたんは『わぁ! すごく熱心な人! 向上心のある人って素敵! しゅきしゅき♡』と内心思うんじゃないだろうか?


 双方のメリットを天秤にかけた俺の答えは――乗らない、という選択肢に決定ッッッ!!


「いえ、自分はまだまだ強くならねばなりません。トレーニングも兼ねて、このまま走って行きますよ」


 クールに「フッ」と笑いながら前髪を手でかき上げ、なるべく自然に腕の筋肉をアピールした。


 どうだ? これにはびしょ濡れでしょう?


「そうですか……」


 あっあっ、リリたんシュンとしないで。


 選択肢を間違えたかもしれない俺は、脳内にいた冷静さを司る自分に飛び膝蹴りをかましつつも、大慌てで言葉を続ける。


「王都までもうすぐですし、街が近くなれば魔物との遭遇頻度も減ります。それにアルガス領の優秀な騎士からお嬢様を守る機会を奪うわけにもいきません」


 助力はしたが、しなくても彼らは守れた。それは彼らを見るだけで分かる、と騎士達をヨイショしておいた。


 慌てて出た言葉であるが、これはこれで使えそうじゃないか。


 騎士をヨイショして好感度を上げておけば、将来彼女と恋人になって……。


 ぐふ、け、結婚なんてことになれば、リリたんのお父様を説得する際に借りを返してくれるかもしれないし。


「お気遣い感謝致します」


 ほうら! 騎士の人達もプライドがあるからね! 他人の家、それも俺みたいなガキに「任せろ!」なんて言われたらイラつくだろうよ!


 騎士には丁寧に接しろって教えてくれた母様、ありがとう!!


「また学園でお会いしましょう。その際はお声を掛けてもよろしいですか?」


「は、はい! 是非!」


 ああ、勝ったな。


 俺はそう確信した。リリたんの表情を見てね。


 こりゃもう人生勝ち組ですわ!


「では、お嬢様」


 騎士の一人がリリたんを促すと、彼女は別れを惜しむように俺へ振り返った。


「ハーゲット様、また学園で」


「はい。お気をつけて」


 手を振ってくれたリリたんに微笑みを返すと、彼女はキャビンの中に入っても窓越しに手を振ってくれる。


 ああ、可愛い。


 騎士達は馬に跨り、出発! と大きな声を上げた。


 リリたんを乗せた馬車は王都へ続く街道を進み始め、その姿を見送っていると――


「学園で会いましょうね! 絶対ですよ!」


 リリたんは窓を開けて手を振りながら、再会の約束を再び口にしてくれたのだ。


 イぎゅぅぅぅぅぅ!!!




※ あとがき ※


ここまで読んで下さりありがとうございます。


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