第3話 ハーゲット家 2
「母様! 僕に魔法を教えて!」
シオンの腕から抜け出し、今度は母親――エリスの足にしがみつく。
――エリス・ハーゲット。今年で三十三歳になる魔法使い。
元々平民だった彼女は魔法使いとしての才能に恵まれていることを自覚すると、傭兵として生計を立てることを決意した。
孤児だったこともあり、身一つで生きていく傭兵は身軽で楽だったのもあるのだろう。
ただ、この選択は将来の旦那との出会いに繋がることになる。
たまたま依頼で一緒になった父アンドリューと意気投合し、二人はパーティーを組んで行動することに。
そこから徐々に仲間が増え、傭兵団『鷹の剣』は次第に功績を積み上げていき、遂に団長であった親父が爵位を得るほどの戦果を上げたのだ。
そして、かねてより恋人関係にあった二人は結婚。領地で可愛い息子を産みましたとさ。
今は夫を支える妻として家を守ってはいるが、傭兵魔法使いとして活躍していたのは事実。
魔法について教えを乞うなら彼女以外にはいない。
「え? 魔法?」
「うん、魔法! 僕、魔法使いたい!」
俺は子供らしく母親の足にしがみついたまま、おねだりするように彼女を見上げた。
すると、後ろからむにゅっと頬を優しく摘ままれる。
「あら、坊ちゃん。さっそく浮気ですか。この浮気者。女泣かせ」
むにゅむにゅと頬をいじくってくるのはシオンだった。
そんな彼女の行動に母様はクスリと笑って、しゃがみながら俺と目線を合わせてくる。
「シオンよりもお母さんがいいの?」
「シオンからも習うけど、母様からも習う」
俺はどっちも、と二人の間で答えた。
「欲張りね。将来、女の子を泣かせちゃだめよ?」
彼女は俺の前髪をかき上げておでこにキスをした。
そして、優しい母親として微笑むのだ。
「魔法、教えて?」
俺に魔法の才能は無いかもしれないが、無いなら無いなりに活用していきたい。
使えるものは全て使ってやる。
「うん、いいわよ」
母様は俺と手を繋ぎ、庭に作った花壇の前へ連れて行く。
「魔法ってのはね、魔法陣を構築することで発動させるのよ?」
母様は黄色い花に手をかざすと、小さな青い魔法陣を作り出す。
魔法陣からは緩やかな水が放たれ、花壇の土を濡らしていく。
「どう?」
「おおー」
ここで俺が目撃したのは、魔法陣に『文字』が書かれていたということ。
魔法陣は二重円。その中心に恐らく魔法名を示す文字が描かれているのだが、全くもって知らない文字だった。
「母様、魔法陣の中に文字がある。読めないよ?」
「魔法陣を構築する文字は『魔法文字』と呼ばれていてね? 私達が使うログレス王国文字とは違うのよ」
そして、前世で使っていた文字とも違う。
「魔法を使うには魔法文字の習得が必要なの」
「ふぅん……」
ここまでの情報は設定資料集にも書いてあった通りであるが、肝心の『魔法陣を構築する方法』が不明だ。
前世には魔法なんてものはなかったし、バリバリの科学技術世界だったし。
魔法なんて映画やテレビ、ゲームの中にしかなかったからなぁ。
「そもそも、どうやって魔法陣を構築するの? 構築するのも魔法文字が必要なの?」
「おっ、良いところに気が付くわねぇ」
母様は「さすが、私の息子」と俺の頭を撫でた。
「魔法陣を構築するには『魔力を練る』行為が必要よ。魔力を練ることができれば、
母様の言う「空の魔法陣」とは、文字の入ってない状態の魔法陣を指す。
要は魔力で魔法陣の基礎形となる二重円を作る、ということ。
「魔法を使うには、まず空の魔法陣を意識せずに構築できる練習からね」
これは初期の魔法訓練に用いられる基礎訓練の一つでもあるようだ。
「空の魔法陣をちゃんと作れるようになったら、その中に文字を入れていく練習をするの。そうするとスムーズに魔法陣を構築できるようになるからね」
なるほど。
基礎訓練と応用訓練ってところか。
「魔力を練るってどうやるの?」
「私達人間の体には魔力を貯める器官があるの。そこから必要な分の魔力を取り出すのだけど……。説明しても難しいわよね」
八歳の息子には難しい話だと判断したのか、彼女は俺の小さな手を優しく包み込む。
すると、握られた俺の手に温かい感触が生まれた。
同時に淡い青色の光まで見え始めたのだ。
「どう? 何か感じる?」
「……なんか、温かい。温かいのが手の先から腕の中に入っていく感じ」
「そうそう。それが魔力よ」
今、彼女は俺の体に魔力を流し込んでいる状態だという。
この温かい感触が魔力の正体であり、この感触を目印にして体から魔力を放出することが最初のステップ。
「…………」
人間には魔力を貯める器官があると言っていた。
前世の体には備わっていない、この世界の人間にしか備わっていない臓器があるのだろう。
そこから魔力を放出するって仕組みだと思うのだが……。
俺は体の中にある臓器を探るように意識して、手に感じた温かさを見つけようと集中する。
すると、驚くくらい簡単に見つかった。
心臓の少し下に熱を感じる。この熱を体外に排出するように意識すると、魔力が体内を移動する感覚が走った。
たぶん、これはこの世界に生きる人間の体に備わった機能の一つなのだろう。
「わぁ! レオン、上手い上手い!」
どうやら成功だったらしく、手を繋いだ母様に俺の魔力が流れ込んだみたいだ。
母様は俺を抱きしめると、さすがは私の息子と褒めてくれた。
「レオンは魔法使いとして大成しちゃうかもね?」
……いいや、ないよ。
それは息子を愛する母親の甘い幻想だ。
幻想を夢見て笑う母様の笑顔を見ていると、胸が締め付けられる。
こんなにも自分を愛してくれる人が狂うところなど見たくないと強く想った。
――今、俺の人格は前世の記憶があるせいで『混ぜ物』状態になっている。
しかし、レオンとして家族への愛を抱いているのも事実なのだ。
「……母様、僕は強くなるよ」
「ん? 強くなるの? どうして?」
「母様を守るため。シオンも、父様も。みんな守るため」
これは本音だ。
今、レオンとして生きている俺の本音。
幸せな家族を、優しく息子を愛してくれる家族を失いたくないから。
「レオンが母様を守ってくれるの?」
「そうだよ。僕が守るの」
そう言うと、彼女はフフと小さく笑って俺を抱きしめた。
「嬉しい。じゃあ、レオンが私を守るれるようになるまで、私が貴方を守ってあげる」
優しくて温かい。人のぬくもりとは違う、母親特有のぬくもりだ。
こんな感触を感じたのはいつ以来だろう?
母って存在はどんな世界でも偉大な存在なのだと改めて思った。
「おーい! 帰ったぞー!」
庭で抱きしめられていると、新たな人物が登場した。
俺と同じ濃い茶の髪を持つムキムキマッチョマン。領主であり、俺の父親であるアンドリュー・ハーゲットだ。
身長は高く、腕や脚は丸太のように太い。厳つい顔の頬には傷跡が残っている。
巨大な剣を背負い、肩には大きな魚が入った籠を下げる姿はまさに傭兵って感じだ。
「魔物退治のついでに魚採ってきた。今夜は魚料理にしよう」
そう言って籠を下ろすと、俺達の元へやって来る。
「どうした? レオンと庭で遊んでいたのか?」
「この子が魔法を教えて欲しいって」
「私には戦い方を教わりたいと」
母様とシオンが説明すると、親父はニッと笑った。
「そうか、レオンは強くなりたいのか」
「うん。強くなる。父様を守れるくらい」
俺は宣戦布告するように言ってやると、俺を見下ろしていた親父の顔にはニカッと笑顔が浮かぶ。
そして、彼は俺の体をヒョイと抱き上げた。
「そうか! 俺まで守ってくれるのか! さすがは俺の息子だ!」
親父はガハハ! と笑って――俺を真上に放り投げた。
「んおおおおお!?」
めっちゃ高い! 今の俺、屋敷の屋根まで浮いてる! 二階建ての屋敷より上にいるゥ!
「ひゃあああ!?」
重力に負けた俺は悲鳴を上げながら落下していき、ぼすんとごつくて硬い腕の中に戻った。
「もう、アナタ! 子供を放り投げるのは止めてっていつも言ってるわよね!?」
「馬鹿筋肉マン! 何してんの!? 坊ちゃんを殺す気!?」
「え、あ、す、すまん……。つい……」
女性陣にガン詰めされる親父は、俺を抱きながらシュンと小さくなってしまった。
子供一人を空高く放り投げられるほどの力を持った男も女には弱い。
これが世界の真理だ、と俺は新しい知識を得た。
「もう! これだから馬鹿は!」
親父は俺をシオンにひったくられ、妻である母様からは「早く魚を運んで!」と尻を叩かれる。
「わかった! わかったから!」
だが、親父の顔は幸せそうだった。
これがハーゲット家の形。家族の形なのだ。
「さぁ、坊ちゃん。お魚を焼いて食べましょうね」
「うん」
俺が守ってみせるさ。
必ず。
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