24. 上の空
改善を図るどころか、ラウル様との関係は悪化していく一方だった。彼の私に対する憎しみの視線は日を追うごとに鋭くなり、もはや話しかける勇気も出ない。
そんな中、また王妃陛下主催の茶会が開催されることとなった。王妃陛下はだいたい毎月一度は何かしらの茶会を開いておられる。呼ばれる面子は毎回全員が同じメンバーというわけではないけれど、私やカトリーナはほぼ毎回招かれていた。
その茶会の席につき、王妃陛下とご婦人方のお話に相槌を打ちながらも、私の頭の中は別のことでいっぱいだった。
(……今、この王宮の執務室で、ラウル様もお仕事をされているのかしら)
会話を交わすことがないから、彼が毎日どこで何をしているのかも分からない。王宮に出仕しているのかもしれないし、ヘイワード公爵領のどこかで別のお仕事をなさっているのかもしれない。
(夫婦なのに、毎日どこで何をしているかも分からないなんてね……)
結婚式の日以来、何度も何度も頭の中で繰り返されてきた疑問が、また私の頭を占領する。なぜ。どうしてこんなことになってしまったのだろう。私は彼に対して後ろめたいことなど何一つしていないはずなのに。ここまで徹底的に嫌われてしまった理由は、一体何なのか。
(お屋敷に帰ってこない夜も、もう何度もあった。お仕事なのかしら。……それとも……)
サリアの言葉が脳裏をよぎる。
『もしかしてロージエと……!? やだぁ不潔よ! 信じられないっ! 許せないわ、あの二人ったら……! お義姉さまが可哀相。本当に可哀相だわ、新婚なのに……!』
(……っ、馬鹿馬鹿しい……。彼はヘイワード公爵家の嫡男なのよ。とてもお忙しいのはちゃんと理解してる。屋敷に帰ってこないからって、どうして職場の女性と一緒に過ごしていることになるのよ)
そう自分に言い聞かせ、無様に揺れる心を戒めてみても、あの日のラウル様のひどく狼狽した様子もまた、私の脳裏に焼き付いている……。
「……、ティファナさん……?」
「ティファナさん!」
(……え? ……あっ!!)
────しまった…………!
いつもより強い口調で私を呼ぶカトリーナの声で我に返ると、長テーブルにずらりと座った貴婦人やご令嬢方が一斉に私の方を見ていることに気付いた。近くに座っていらっしゃる王妃陛下も、訝しげな顔をして私のことをジッと見つめている。
「どうなさったの? さっきから何度も話しかけていたのに……。珍しいわね、あなたがこんなに上の空でいるなんて」
「……っ、た、大変申し訳ございません……っ」
頭から大量の冷水を浴びせられたような感覚を味わう。私ったら、王妃陛下から話しかけられていることにも気付かずにラウル様のことばかり考えてしまうなんて……!
「す、少し、気にかかることがございまして……。物思いに耽っておりました。大変失礼をいたしました、王妃陛下。お許しくださいませ」
背中に冷や汗を浮かべながら、私はしどろもどろで謝罪した。ボーッとしているところをこの場にいる全員に見られてしまった。誤魔化しようがない。
「まぁ……。そうなの? 一体何がそんなに気にかかっているの。何か悩み事?」
「……っ、いえ……、その……」
どうしよう。突っ込まれてしまった……。
当たり障りのない言い訳を必死に考えていると、カトリーナがすかさずフォローを入れてくれる。
「ふふ。ティファナさんは本当に完璧主義なんだから。ヘイワード公爵令息様と結婚してまだ日が浅いのに、公爵領の仕事について早く完璧に覚えたいからと寝る間も惜しんでお勉強なさってるんですのよ、彼女。相変わらず真面目で、見ていて時々心配になります。体を壊さないように、あまり根を詰めすぎないでね、ティファナさん」
(カ、カトリーナ……)
「まぁ、そういうことなの? あなたは昔から本当に努力を惜しまない人だったものね。ふふ、でも大丈夫よ。あなたの聡明さを持ってすれば、きっとあっという間に何でも覚えられるわ。もう争う相手もいないのだから、のんびり構えていたらいいわよ」
「は、はい、王妃陛下。ありがとうございます」
王太子殿下の婚約者候補だった時のことを仰っているのだろう。あの頃と違ってもう公爵令息の妻となったのだから、自分のペースでのんびりやりなさいと。
カトリーナの機転にも王妃陛下のお優しさにも、心が救われるようだった。
(ありがとう、カトリーナ……)
紅茶を飲むふりをしながら向かいに座るカトリーナの方に視線を送ると、目が合った彼女はニコリと微笑み、口角を上げた。
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