22. サリアの悩み(※sideラウル)
「二人で会って、どんなことを話すんだ? 君と彼女は」
その質問には特に深い意味はなかった。相容れなさそうな二人がどのような会話をしているのだろうかと、ただの興味本位で尋ねたに過ぎない。
しかし私の質問を聞いたロージエは、途端に気まずそうな顔をする。
「……」
「……どうした?」
「っ!! あ……、い、いえ。……その……、こ、こんな話を聞かせてしまったら、ヘイワード様がご不快な思いをなさるのでは、と……不安になりまして……」
(……?)
まるで見てはいけないものを見てしまったかのように、ロージエは私から目を逸らし、急にオドオドしはじめる。
「一体何だ? 君とサリア嬢の会話の内容が、私を不快にさせるものだと……? 私の悪口でも話しているのか」
軽口のつもりでそう言ったのだが、ロージエはますます暗くなり、完全に俯いてしまった。
「……へ、ヘイワード様の悪口などでは、ありません。……むしろサリアさんは、ヘイワード様のことをいつも、素敵なお方だと褒めていらっしゃいます……」
「……そうか」
その情報は別に聞かなくてよかったな。
喜びを微塵も表さない私の態度が気になったのか、ロージエはおそるおそる私に尋ねる。
「……う、嬉しくは、ないのですか。あんなに可愛いサリアさんに、素敵と言われても……」
「ああ。別に」
きっぱりとそう答えると、何故だかロージエはほんの少しホッとしたような顔をした。
「……そうですか……。あ、あの、サリアさんがよく話しているのが……、……実は、ヘイワード様の、そのご婚約者様のことなのです」
「……ティファナ嬢の?」
私が聞き返すと、ロージエはまた視線を逸らしながら小さな声で、はい……と呟いた。
「その……、サ、サリアさんは、義姉となられたそのティファナ様から、あまり優しくしてもらえないそうで……。そのことをずっと悩んでいるのです」
「……と言うと?」
会話の流れで、いつの間にかサリアの悩みを聞く羽目になったしまった。正直あまり興味はない。時折目にするだけのあの小娘だが、察しはつく。ティファナが優しくしないと愚痴を零しているのは、おそらく自分のあの不作法ぶりをティファナから咎められたり、改めるよう説教されたりしているのだろう。それならごく当然のことだ。サリアの立ち居振る舞いは、侯爵家の令嬢として到底相応しいものではないのだから。
しかしロージエが口にしたのは、それとは少し違うものだった。
「サリアさんが言うには……、ティファナ様は初対面の時からサリアさんにとても冷たかったと。あなたたち母娘はお金目当てで私の父に取り入ったんでしょう? などと、自分たち母娘が悪人であるかのように決めつけられ、それ以来いつもひどいことばかり言われているそうなんです」
「……。……ふ、まさか」
ロージエのその言葉を聞いても、私の心は微塵も揺れなかった。私はティファナを愛しているわけではないが、今ロージエから聞かされたサリアの発言が虚言であることは信じて疑わなかった。それほど私はティファナの人間性に信頼を置き、その逆にサリアの言動は、一切信用できないと感じていた。
ふいに、先日観劇に出かけた際の彼女との会話を思い出す。これまでは彼女への苦手意識もあり、あまり踏み込んだ内容の会話をすることがなかった。互いに渋々夫婦になり、どうにか表面上上手くやっていくしかないのだろうと諦めていた。けれどあの日、美しい歌劇を見て同じように良い感想を持った私たちは、その高揚した気分のままに、これまで触れてこなかった内容の会話を交わした。元々王太子殿下の婚約者候補であったティファナが、その夢破れて我がヘイワード公爵家に嫁いでくることに後ろ向きな気持ちを持っているのではないかと思い込んでいたが、ティファナは逆に、我々の結婚に対してとても前向きな思いを持ってくれていた。
しっかりとした自分の考えを持ち、どうにか私との距離を縮め良き夫婦になろうとしてくれているその姿に、初めて心を動かされた。彼女とて、本当は私に対して好意的な気持ちは持っていなかったはずなのに、それでも婚約が決まるとすぐに気持ちを切り替えて、私との溝を埋めようとしてくれていた。彼女のその思いに、私もようやく応えていこうという気になってきたのだった。
だが私の反応を見たロージエは、少しムキになって言い募る。
「ほ、本当なんです! サリアさん、お母様がティファナ様のお父上と再婚されて以来、そのことでずっと悩んでいて……。いつもご両親の見ていないところでひどい意地悪をされているそうなんです。早く母親と一緒にこの屋敷を出ていきなさいよと怒鳴って突き飛ばしてきたこともあるって……」
「はは。くだらない。ティファナ嬢はそんなことをする女性じゃないさ」
「っ! で……ですが……っ、サリアさんは本当に悩んでて……っ! あんたなんか大嫌いよとか、下品な貧乏人にこのオールディス侯爵家と関わりを持つ権利はないわとか、ほ、他にも……っ、」
「ブライト君」
おそらくは自分の友人を庇いたい気持ちが強いのだろう。必死に言い募るロージエの言葉を、私は遮った。
どう伝えようか。サリアは信用に足る人間ではないと私は思っている、だから君が彼女から聞かされたというそれらの話も信用しない。そう言えば、ロージエは友人を侮辱されたように感じ、不快な思いをするだろうか。
(……わざわざそんなことは言わない方がいいな)
「……私も君も、彼女たちのそれらのやり取りを直接自分の目で見たわけではない。そうだろう? 君が友人であるサリア嬢を心配する気持ちは分かるが、私は自分の婚約者であるティファナ嬢のことを、そんな陰湿な人間ではないと思っている。ティファナ嬢に接し、彼女の人柄を知るほどにそう思えるよ。だから、まぁ……、君がサリア嬢から聞かされたそれらの話は、一応頭に入れておくに留めるよ。もしも何か今後気にかかることがあれば、またその時に考えよう。……さぁ、そろそろ食事を済ませて戻らなければ」
ロージエの皿にまだ料理がたくさん残っていることに気付き、私はやんわりと急かした。しかしロージエは、俯いたまま微動だにしなくなった。
「……ブライト君? どうした」
「…………とても、信頼しあっておられるのですね。ヘイワード様と、ティファナ様は……」
「……っ、」
そう言いながら顔を上げ私の方を見た、ロージエのその縋りつくような瞳に、突然私の心は激しく揺さぶられた。その頼りなげな、まるで私が受け止めてやらねば泣き崩れてしまいそうなか弱さの滲む姿に、何故だか私の鼓動が高鳴る。
動揺を隠しながら、私は考えた。……ティファナと信頼しあっている。それはどうだろう。……いや、信頼しあっていると言えるような関係性ではない。今はまだ。
ただ、ようやくわずかに彼女との心の距離が縮まりつつある、そんな程度だ。
これからもっと互いを知っていきたいという、前向きな気持ちにはなってきたが。
「……彼女の人となりをある程度知っているというだけさ。ほら、早く食べなさい」
何故だか必要以上に落ち込んでしまったらしいロージエに、私はそう促したのだった。
つい先ほどの訳の分からない動揺は、ティファナについて考えている間に随分収まっていた。
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