11. そんな君だから(※sideアルバート)

(……駄目だ。とても立ち直れそうにない)


 このままではマズい。どうにか平常心を取り戻さなければ。きっと今俺は、ひどい顔をしているだろう。


 怪訝そうな兄の元を辞して、俺は王宮の外に出た。




 呆然と歩きながら、気付けば俺は庭園に向かっていた。……幼い頃、ここでティファナと遊んでやったり、二人でお喋りを楽しんだものだ。ティファナはこの庭園が好きだった。花が好きで、青空が好きで、鳥が好きで……。子どもの頃のティファナはいつも笑顔で、天真爛漫だった。


(可愛かったな、本当に)


 ティファナを得ることなどとうに諦めきっていたはずなのに、余計な期待を持たされてしまった。目の前にほんの一瞬チラつかされた餌があまりにも魅惑的だったせいで、それを得られなかった落胆が大きい。


(立ち直れるかな、俺……)


 特大のため息をつきながら、重い体を引きずって庭園に向かう。


 花々の香りが鼻腔をくすぐるところまでやって来ると、ふいに前方に、華やかなドレスを着た二人の令嬢の姿が見えた。


「……っ、」


 また心臓が、大きく跳ねる。


 後ろ姿を見ただけで、それが誰なのか俺には一瞬で分かった。

 愛おしさに、息が止まる。


 こちらを向いていた令嬢が、いち早く俺の存在に気付く。例のエーメリー公爵家の、カトリーナ嬢だった。王太子の婚約者。

 彼女の雰囲気の変化で、背後に誰か来たと気付いたのだろう。ふわりと長い髪を靡かせながら、ティファナがこちらを振り返った。


「……ティファナ……」

「……お、お兄様……っ!」


 お兄様。

 久しぶりのその呼び方に、胸の奥が甘く疼いた。……可愛い。咄嗟に出てしまったのだろう。いかん、頬が緩みそうだ。


「アルバート王弟殿下、ご機嫌麗しゅう」


 すぐさま完璧なカーテシーを披露するカトリーナ嬢。それを見たティファナも、慌ててカーテシーをしてくれる。元気にしていたかと問えば、はい、殿下、と、美しい笑みを浮かべて返事をするティファナ。


「その節は、母の葬儀にご参列いただき本当にありがとうございました。わざわざ足を運んでいただき、父も感謝しておりましたわ」

「……君の大変な時にそばにいないなんて、俺には考えられないからね。何を放り出してでも飛んでいくよ、そりゃ」


 我ながら、何とも女々しいことだ。先ほどのショックを引きずっている上に、久しぶりに愛しいティファナの姿を目にしたためか、つい自分の気持ちをほのめかすような言い方をしてしまった。


 想いを伝えたい。しかしそれは、決して叶わない。


「……婚約したんだってね、ティファナ。ヘイワード公爵令息と。……おめでとう」

「あ、ありがとうございます、アルバート様」


 言いたくもなかった祝いの言葉を無理矢理口にすると、ティファナがはにかむように微笑んだ。明確に、心臓に鈍い痛みが走った。


(……それにしても……、)


 ティファナとカトリーナ嬢の二人と当たり障りのない会話を交わしながら、頭の中を一つの疑問がよぎる。


(仲が良いことは知っていたが、今でもこうして二人きりで親しく会話をしているとは……)


 正直、少し意外だった。いくら幼少の頃から親しくしていた友人同士とはいえ、ティファナは王太子の婚約者争いという人生をかけた大きな戦いで、このカトリーナ嬢に敗れたのだ。実際は能力の拮抗する二人が、家柄において勝敗をつけられた、といったところではあったが。

 あれほど死にもの狂いで努力してきて、それでもこのカトリーナ嬢とエーメリー公爵家に負けてしまったのだ。わだかまりは、少しも残っていないのだろうか。

 まだ幼さの残るあの頃、「私が王太子殿下の婚約者になることは、両親の悲願ですから!」と言って俺に笑顔を向けたティファナのことを思い出しながら、俺は素直に尋ねてみた。


「……君たちは相変わらず仲が良いんだね。驚いたよ。こう言ってはティファナに失礼だとは思うのだが……、正直、あれほど長年王太子の婚約者の座を巡って戦ってきた仲だというのに、カトリーナ嬢が選ばれた後もこうして親しくしているのは、すごいことだと思うよ。同じく候補者だった他家の令嬢方ならば、きっとこうはいかないだろう」


 俺の言葉をキョトンとした顔で聞いていたティファナは、カトリーナ嬢と顔を見合わせてクスクス笑った後、眩しいほどの笑顔を俺に見せた。


「たしかに私は負けてしまいましたけど、それとこれとは何も関係ありませんわ。カトリーナは私にとって、誰よりも大切な親友ですから」


(…………っ!)


 その屈託のない真っ白な笑顔は、俺の心の真ん中にストンと刺さった。


(……あ……、マズい……)


 ティファナの純粋な笑顔に、再び俺の心臓が暴れ出し、あっという間に顔に熱が集まってくるのが分かった。俺は慌てて二人から目を逸らし、くるりと背を向ける。


「はは。それはよかった。安心したよ。……じゃあ、また」


 さっさと歩き出した俺の背中に、二人から声がかけられる。


「ご機嫌よう、アルバート王弟殿下」

「ご機嫌よう、お……、アルバート様」


 振り返らずにヒラヒラと手を振る。こんなみっともない顔は見せられない。


 なんて健気で、可愛いんだろう。

 辛い思いをしただろうに。嫉妬心が微塵も湧かないなんてことは、ないはずなのに。

 それでも逆恨みもせず、わだかまりも残さず、大切な友人を変わらず大切だと言い切れる。


 ティファナ、そんな君だから、俺はどうしようもなく惹かれていくんだ。


 これ以上君を愛してしまったら、俺はどうすればいい。


「……はぁ……。勘弁してくれ……」


 少しでも気持ちを落ち着けようと向かった庭園で、俺の心はますます乱れる羽目になったのだった。






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