第9話

 いちこと帰るのは久しぶりだった。

 いちこはバスで、私は自転車だから、一緒に帰るのはバス停までだけど、いちこはくだらない話をダラダラと続けながら、絶え間なく私に笑顔を向けていた。

 いちこの笑顔をいつまでも守りたかった。いつまでもこの平穏に浸っていたかった。だけど、言わずにはいられない。

 

「いちこ……」

 

「どうしたの?」

 

 早速いちこの顔から笑いが消えた。

 

「私も今日はバスで帰ろうか?」

 

 私だっていちこが心配だから。相手の顔を見てみたいってのもあるけど……。

 いちこに相応しいかは見極めたい。本当は粗を探したい。

 真顔になっていたいちこが再び笑顔になっていた。

 

「大丈夫だよ。ななちゃん自転車ないとバイトできないでしょ。そんなに心配しなくても、もう気にしていないから」

 

 いちこ。私は伊達にいちこの親友をしているわけではない。嘘をついていることくらいいちこの様子を見ればすぐに分かるんだから。私に遠慮しているんだな。そんなことしなくてもいいのに。まあ、私も深く踏み込んだりはできないから、似たもの同士みたいなものではある。

 

「……そっか。じゃあね、いちこまた明日」

 

「バイバイ」

 

 自転車を漕ぎながら、可愛く手を振っているいちこを、サッと振り向いて確認する。

 ああ、もうバスがいちこの前にきている。今から彼と会うんだな。いや、話なんかしないから、会うなんて表現は正しいのだろうか。でも、私は彼と会って欲しくはないかな。

 いちこの乗ったバスが、自転車を漕いでいる私を悠々と追い抜いていく。

 横目でバスの中を確認する。いちこはいつも入り口正面に座っている。入り口には大きな窓がついているから、いちこの姿がよく確認できた。でも、いちこは私には気づいていない様子だった。じっと正面を見つめていた。そんな姿を見せられたら、嫌でも思ってしまう。いちこの視線の先には彼がいるんだと。

 考えたくなかったけど、それ以外にあんな熱中して正面を向いているなんて説明ができない。

 今日もし私もバスに乗っていたら、彼のことを許せたのだろうか。きっと許しはしないだろうな。私といちこの楽しい日々を奪ったどこの誰かも知らない人間を。

 彼なんていなくなればいいのに。

 

 次の日。朝、珍しくいちこと靴箱で会った。

 昨日のバスのことを楽しいそうに話すいちこの顔を見てはいられなかった。

 そんな笑顔私にだって滅多に向けないくせに。

 なるべく平常心でいるようにしていたけど、顔や態度に出ていなかったかな。鈍感ないちこのことだから、気づいてはいないのだろうな。

 本当は今日はバイトだけど、休んで部活に行こう。そうでもしないと、いちこが私の元からいなくなってしまう。私といちこの時間は誰にも譲らない。

 

「いちこ。今日もバイト休みだから、部活、行こうか?」

 

 何でもないことなのに、いちこは目を輝かせていた。

 

「ななちゃんまた来てくれるの? 最近部のみんな参加してくれないから、寂しかったんだ」

 

「……そうなんだ」

 

 いちこごめん。美術部をそうしたのは私なんだ。1年生があまり入らないように、睨みをきかせて、先輩たちが参加しにくいように圧力をかけたのも私なんだ。

 昼休みに美術部の部長、名前は何だったか。忘れたからいいや。とりあえずそいつを人気のつかない階段に呼び出した。

 

「先輩。私、今日も部活行くんで、美術室には来ないでください」

 

「ど、どうして行ったらいけないの?」

 

 物分かりの悪い先輩を壁に押しつけて、壁を拳で殴る。

 

「先輩には何も関係ないことなので詮索しないでください。ああ、それとも先輩が無許可でバイトしていること、彼氏に連れられてパチンコ店に入り浸っていること教師にバラしてもいいのですか?」

 

 そう言いながら先輩に写真を見せる。

 これは私がバイトをして、美術部に入っていなければ撮れなかった写真だ。美術部に誘ってくれたいちこに感謝だ。

 

「そんなに人を脅して何がしたいの? あんたもどうせお金が目的なんでしょ」

 

「先輩さっきも言いましたが、詮索するならこの写真をばら撒きますよ」

 

「分かったわよ。でも、私だって最後の文化祭が迫っているの。悠長になんてしてられないの」

 

「大丈夫ですよ。それも今日までなので」

 

 同じことで何回もは脅せない。それに脅していることがいちこにバレたら、親友どころか友達さえも嫌がるかもしれない。

 もうそろそろ潮時だ。

 部長は3年だから、部活に来るのももう終わる。それからはいちこが部長になるから、2人だけの部室にいつだってできる。あとは私のバイトを減らさないとな。

 約束通り、部長は部活に来なかった。いちこと2人きりの部室だ。

 

「いちこ。例の彼、盗撮とかしていない?」

 

 いきなり茶化して悪いけど、揶揄わないと私の心がもたない。

 

「し、してないよ! 親友を犯罪者に仕立て上げないでよ!」

 

 その反応はしている人の反応だぞ。

 まあ、私は親友だから、いちこがそんなことをしないってのは分かっている。

 

「いやあ、犯罪ならもう犯しているから、ついでにそれくらいはしているかなって」

 

「するわけないでしょ!」

 

 さすがのいちこもここまで言われたら怒るか。ごめんないちこ。でも、私だって、そこそこは怒っているんだよ。私以外の、しかも男と仲良くなるなんて。簡単に許せるものじゃないよ。私たちの付き合いはそんな簡単なものじゃないだろ。

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